【毒親不安】息子の一言に落ち込み、救われた夜
先日、吉本ばななさんの記事を読んで、毒親傾向がある自分の母についてあれこれ思い出すと共に
「自分も毒親なのでは?」と自問する気持ちが出てきた。
この記事を書いた翌日、たまたま、息子の抑うつ症状が強めに出たときに、こんなことを息子から言われた。
「もっと『大丈夫』と言ってほしかった」
おお。そうか。
これまで、「大丈夫」と言って安心感を与えてやれていなかったのか。
だから息子は今、長年の不安の積み重ねで苦しんでいるのか。
やっぱり、私は「毒親」の素質があったんだ。
という思考になって、涙が出そうになったり苛立ちが募ったりして
「あ、私も今、気持ちの調子が悪いな」と思っていた。
昔は、ただただ落ち込みの波に翻弄されるだけだったけれど、
「どういうことなのか、よくわからないまま落ち込んでいる」
「今は、落ち込んでいる気持ちの時だから、悲しくなったり負の思考ループにはまりやすくなっている」
と、少しだけ自分の状態を客観的に判断できるようになってきたのと、
「大丈夫と言ってほしい」という息子の気持ちは、甘えているともとれるし
イライラして口もきいてくれなかったり
「出て行け!」など乱暴な言葉で拒絶されたりするときに比べたら
「正直な気持ちを出せている」という点でよい状態でもあるから
私がそれに対して落ち込むより
「どうしてその言葉が出たのか」を知るほうが大事なのでは?と考えを変えた。
さらに翌日、息子に「どんなタイミングで『大丈夫』と言ってほしかったの?」と問うと「覚えていない」と言う。
私の記憶のなかでは、息子は私や夫の前ではほとんど常に「大丈夫」なひとだったので、こちらも特に「大丈夫だよ」と声をかけて安心させる必要がなかった。
好きだった虫とりは、とれるまでとことん粘り、つかまえるまで決してあきらめなかったし、踏切にハマった時期は何時間でも、気が済むまでじっと、踏切前で動画を撮ったり、電車が行きかう様子を眺めたりしていた。
好きなことには体力も情熱もすべてを注ぎ込む、というのは、彼の性格と言うか特性でもあるのだろうけれど、その反動でどっと疲労が押し寄せたり、空虚感が生まれたりしたことに、親が気づいてフォローできていなかったのか?
あるいは、感覚がするどく感情があふれやすく、よく泣く子だったので、そのときはなるべく抱きしめたり「大丈夫」と声かけするようにこちらも意識はしているつもりだったけれど、その部分が足りなかったのか?
あと、彼の察しがよすぎて、ただ「大丈夫だよ」と言うだけではかえって不安が募る、という傾向もあり、下手に言わないようにしていたから回数が減ってしまったのか?
などなど、答えの出ない原因探しをするのは親あるあるだけれど
大きなことで一つ、思い当たったのは、病ではっちゃけていた義父のことだった。
義父と息子は、息子が生まれてから8歳になるまで一緒に過ごした。
隣の家に住んでいたこともあり、晩ごはんは必ず一緒に食べていたし、毎日行き来をしていて、息子や娘を母家へ預けて出かけることもあった。
ただ、パーキンソン病だった義父は、まるでウルトラマンのように、身体が動ける時間と動けない時間がぱっつり分かれていて
冷蔵庫へ飲み物を取りにいこうとして、冷蔵庫のドアを開けた瞬間にスイッチが切れてしまい、突然棒切れのように倒れこんだり
トイレを済ませて立ち上がろうとしたら立てずに、そのままトイレの便座と壁の間にはさまってしまったり
朝顔を植えた鉢へ液体肥料を入れようとして、途中でスイッチが切れて鉢ごと横倒しになったり
みたいなことが、日常茶飯事に起きていた。
そして、保育所に入るころから息子は、
「じいじは動かなくなったら、お薬を飲む」と知っていて、一緒に薬を探してくれたり、どこかで倒れていたら家族へ知らせてくれたりするような子だった。
そんなとき、大人はじいじの身体を助け起こしたり、汚れ物の始末をしたり、じいじのケアに一生懸命で
心配していた息子の気持ちへ寄り添ったり
じいじを落ち着かせた後に
「大丈夫だからね」とケアするような一言を、まだ幼い息子へかけている余裕がなかったような気がする。
そんな話を息子として、息子に「安心させてやれなくて、ごめんね」と、大いなる後出しと知りつつも謝った。
息子は「いいよ、どうせ覚えてねーし」と言っていたけれど
声が低くなり、体格もすっかり良くなった彼に、幼かったころの彼の不安をぬぐうような声かけを、少しずつでも返していけたらいいなと思った。
ただ、同時に、こんな話もした。
じいじは、病気になってケガをしたり、いろんなものを漏らしたりこぼしたり、暴れたり、よくわからない言動をしたり、いろいろなことを起こしたけれど
「家族は、壊れずちゃんと続いてきたでしょう?だから、大丈夫」と。
息子には「これから先のことはわかんねーだろ!」と一蹴されたけど。
そりゃそうだ。未来はわからん。
今年、息子は「進路選択」という大きな課題を抱えている。
「選ぶエネルギーがない」
「何を選んでも大して変わらない」
という息子に
「それでも、自分の人生なんだから自分で選ぶんだよ」
とついつい言ってしまって
「わかってるよ!!」
と叱られる。そりゃそうだ(こればっかり)
それでも現時点でとりあえず、のつもりで「親にしてほしいことはないか」ときいたら
「話を聞いてくれれば、それでいいよ」
という答えが返ってきて、うっかり泣きしそうになったのは内緒だ
(noteに書いている時点で息子もどこかで読むので、内緒にならないけど)
・・・いつでも、話しにおいで。息子よ。
