AI時代だからこそ「身体を使う仕事」を持つ。デジタルに依存しすぎない働き方の設計【AI時代の仕事とnote】
この記事では、海底ケーブルという物理インフラに関するニュースをきっかけに、AI時代の働き方や生存戦略を考えます。画面の中で完結するデジタル特化の仕事だけでなく、あえて身体性や現場の手触りがある仕事を少し組み合わせることで、仕事の足場や依存先を分散し、無理なく働き続けるための視点とバランスの取り方を整理しています。
先日、Forbes JAPANの「ミサイルも封鎖もいらない海底ケーブル切断、米国を含む西側は後手に回る」(Ariel Cohen、2026年9月2日公開)という記事を読みました。
国際通信の95%以上が海底の光ファイバーケーブルを通っていること、そして各地の海域でそのインフラが損傷や安全保障上の脅威にさらされている現状について論じられた記事です。
最初は「もし海底ケーブルに何かトラブルがあったら、海外発のAIサービスが一時的に止まって仕事に困るのかな」といった、ごく個人的で手元寄りの関心から読み始めました。画面に向かってキーボードを叩いている時間が長いと、つい目の前のブラウザの向こう側ばかりが気になってしまいます。
しかし、実際に読み進めてみると、AIツールへの影響といった小さな話ではありませんでした。
銀行、クラウド、物流、行政、企業活動など、現代の社会そのものが巨大なデジタル網の上に載っており、そのすべてが海底に敷かれた物理的なケーブルや電力網、データセンターによって支えられているという事実です。
ネタリエの綿樽 剛です。
はじめましての方は、こちらに自己紹介をまとめています。
普段は「ネタリエ」という屋号で、個人事業主や小さな商売を営む方々のnote発信サポートや、記事の整理・業務設計のお手伝いをしています。
この連載「AI時代の仕事とnote」では、生成AIが普及していく中で、私たちがどのように仕事や発信の足場を整えていけばよいのかを考えています。
今回は、遠い海の底のニュースから感じた違和感を入り口に、AI時代における「仕事の足場」と「身体性」について考えてみたいと思います。
海底ケーブルの記事を読んだ
私たちが普段使っているインターネットは、あまりにスムーズにつながるため、まるで空気のように「何もない空間に自然と漂っているもの」として扱ってしまいがちです。
ですが、元記事で指摘されている通り、大陸間を行き交うデータのほぼすべては、海深くに敷設された光ファイバーケーブルという、紛れもない「物質」の中を光の信号として通っています。
事故であれ意図的な損傷であれ、物理的なケーブルが損なわれれば、どれほど高度なデジタルサービスであっても一瞬で不安定になります。
安全保障の専門的な議論や地政学的な対立をここで論じたいわけではありません。また、「だからバックアップを取ろう」という防災の話をしたいわけでもありません。
ただ、「私たちが頼り切っているデジタルの世界は、想像以上に生々しい物理世界の上に載っているのだ」という事実に、強い引っかかりを覚えました。
デジタルは物理世界から独立していない
「クラウド(雲)」という言葉からは、どこか実体のない、重力や場所から解放された自由な世界を連想してしまいます。
AIも同様です。まるで画面の向こうの仮想空間に知能が存在しているかのように感じられますが、実際には広大なデータセンターがあり、莫大な電力が消費され、通信基地局があり、海底ケーブルが結ばれています。
デジタル化が進むということは、物理世界から離れて身軽になることではなく、むしろ「巨大で複雑な物理インフラへの依存度を極限まで高めること」でもあったわけです。
目に見えないからといって、物質から自由になったわけではない。この当たり前の前提を、私たちは日々の便利さの中でつい忘れてしまいます。
そしてこの構造は、個人の仕事や働き方を考える上でも、まったく同じことが言えるのではないかと考え始めました。
仕事についても同じことを考えた
私はこれまで、Webライターとして長く働いてきました。
場所に縛られず、移動時間をかけず、自宅のデスクでパソコンを開けば仕事が成立する。遠方のクライアントともテキストやオンラインミーティングだけでやり取りができる。この働き方は、自分にとって非常に相性が良く、大きなメリットを感じてきました。
今でもこの働き方を手放すつもりはありませんし、AIツールも日々の調査や下書きの整理に積極的に使い続けています。
ただ、世の中の空気を見渡すと、AIの登場によって、
もっとAIを使いこなせる仕事へ移ろう
すべてをオンラインで完結できるようにしよう
徹底的に場所に縛られない働き方へ純化しよう
という方向へ、一気に意識が集中しているように見えます。
しかし、海底ケーブルの話を思い返したとき、「仕事の資源をすべて画面の中だけに寄せてしまうことは、本当に安全な生存戦略なのだろうか」という小さな疑問が湧いてきました。
「画面の外」に仕事を持つ
そこで最近考えるようになったのが、「仕事の一部を、画面の外にも持っておく」という選択肢です。
ここでいう「身体性のある仕事」とは、単に体力を使う肉体労働という意味ではありません。
その場所へ実際に行かなければならない
人と直接会って対面で話す必要がある
自分の手を動かし、道具を使って物を扱う
現場の空気や汚れ、状態を自分の目で見て判断する
こうした、「現実世界との物理的な接点を切り離せない仕事」のことです。たとえば、清掃、修理、施工、対面での接客やサポート、現地調査などが挙げられます。
最近の私は、オンラインでの執筆業務を軸にしながらも、実際に現地へ足を運んで身体を動かす仕事を、現実的な選択肢の一つとして考えるようになっています。
以前の自分であれば、「せっかくリモートワークができるようになったのに、現場仕事へ戻るなんて逆行ではないか」と感じたかもしれません。しかし今は違います。
デジタルの仕事をやめるのではなく、「デジタルの仕事だけにしない」。そう捉え直すと、画面の外にある仕事が、とても確かな足場に見えてくるのです。
AIを使うか、身体を使うか、ではない
誤解のないように補足しておくと、これは「AIを使う仕事」と「身体を使う仕事」の二者択一ではありません。
どちらが優れているかという比較でもありません。
現場へ行く仕事であっても、AIやデジタル技術は存分に活用できます。
たとえば現場仕事であっても、日々のスケジュール管理、見積もりの作成、顧客とのやり取り、作業手順の記録、現場までの移動ルートの設計など、裏側の業務にはAIを使うことで大きな効率化が図れます。
つまり、
現場の役割: 自分の身体を使い、その場所の状況に合わせて手を動かす
裏側の役割: AIやデジタルツールを使って、段取りや事務作業を身軽に整える
という組み合わせが十分に成り立ちます。
「身体を使う仕事」と「AIを使う仕事」は対立するものではなく、現場の手触りとデジタルの身軽さを両立させる働き方として共存できるはずです。
自分の仕事を一か所に集めすぎない
AIがどれほど進化しても、人間が生活している以上、現場の汚れを落としたり、壊れた箇所を直したり、対面で誰かの話をじっくり聞いたりする物理的な仕事はなくなりません。
もちろん、収入源を増やすという意味もありますが、それ以上に重要なのは「自分の働く場所、使う能力、依存するインフラそのものを少し分散しておく」という感覚です。
オンラインの画面の中だけに全資源を預けていると、プラットフォームの変化や通信環境のトラブル、AI技術の急激な変化に心が過剰に揺さぶられやすくなります。
そんなとき、月のうち何日かは現地へ行き、人と会い、物を扱い、身体を動かす仕事を持っていること。
それは非効率に見えるかもしれませんが、デジタルへの依存が深まる時代において、精神的な安定と暮らしの重心を保つための、とても静かで現実的な生存戦略になるのではないかと感じています。
答えを急いで決める必要はありません。ただ、「画面の外にも自分の仕事の置き場所を少し残しておく」という視点は、これからの時代を歩く上で、持っておいて損はない選択肢の一つになりそうです。
読んでくれて、ありがとうございます。
綿樽 剛がどんな考え方で発信や記事制作を支援しているかは、こちらにまとめています。
→ 検索にも届き、人柄も伝わる。「ネタリエ」が提供する、小さな商売のnote発信サポート
【制作について】
この記事は、筆者のメモ、構成方針をもとに、AIで下書きを作成し、筆者が確認・編集したものです。
文章表現の一部にはAIの補助を使っていますが、どのテーマを取り上げるか、どこに引っかかったか、どの内容を残すか、どの内容を削るか、公開するかどうかは筆者が判断しています。
サービスの一覧と最新の案内は、公式サイトにまとめています。→ ネタリエ公式サイト
ここから先は
この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?
