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#43(雑記5)ニーバーの祈り(変えることのできるものを知る知恵と、変える勇気)

タイトル写真は、5年ほど前に新千歳空港のロイズ・チョコレート・ファクトリーに置かれていたクマちゃんです。
その1年後に行ったときは、ちょうどコロナの時期で開店時間も縮小され、店舗に併設されていたチョコレート工場も休止中でした。
その後、行っていないので、今はどうなっているのか分かりません。

札幌には妻の実家があったのですが、その当時、義父は既に他界し、義母は認知症で入院中だったので、実家の維持管理のため年に数回、札幌に通っていました。
今は義母も亡くなり、実家も処分したので、札幌に行くことはなくなりました、

当時は観光する余裕もなく、お見舞いと、掃除や草刈りをしていたのですが、働いたご褒美としてグルメは楽しんでいました。

地元で人気のある回転寿司、炭火が香ばしい十勝豚丼、うに尽くしコースの和食店など、お勧めが色々あります。

私が好きな北海道土産は、ロイズのポテトチップ・チョコ(マイルド・ビターに限る)とマルセイ・バターサンドです。
いつも自分へのご褒美として、バッグに入るだけ買って帰りました。

さて、前置きはこれぐらいにして、本題に入ります。

私は1か月ほど前から、家族の将来のため、成年後見制度の勉強を始めたのですが、読んだ本の中に、「ニーバ―の祈り」という言葉が出てきました。

この言葉の一部は、宇多田ヒカルの「Wait & See ~リスク~」という曲の中でも引用されています。
次のリンクの2:15あたりから出てきます。

「変えられないものを受け入れる力
そして受け入れられないものを
変える力をちょうだいよ」
と歌っていますね。

「ニーバ―の祈り」の全文の和訳は次のとおりです。

神よ
変えることのできるものについて、
それを変えるだけの勇気を我らに与えたまえ。
変えることのできないものについては、
それを受け入れるだけの冷静さを与えたまえ。
そして、変えることのできるものと、変えることのできないものとを、識別する知恵を与えたまえ。

これは、大木英夫(元学校法人聖学院理事長)という方が翻訳・紹介し、広く知られるようになった、ラインホールド・ニーバーの「祈りの言葉」というものです。

世の中には、自分の力ではどうしようもないことが沢山あります。
でも、変えようと思えば変えられるものもあり、それはどれなのかを見極め、それを変えようとする努力が必要ということですね。

極端には、自分のことであれば、自分の範囲で変えることができます。
もちろん、それとて容易でないと思いますが、考え方をちょっと変えれば、楽になることもあると思います。

ちょっと話は逸れるかも知れませんが、私がこれまで66年間生きてきた中で、これだけは言えるということがあります(他にも言えることはありますが)。

それは、自分のことを「不幸だ」と言っている人は、例外なく、自分自身で不幸を招き入れているということです。
私のこれまでの人生の中で、そういうことを言っている人には何人も出会いましたが、そういう人は例外なく、自分が不幸であることを他人のせいにしています。

もちろん、それもあるかも知れませんが、しょせん他人は他人、変えようと思っても限界があります。
他人が自分の思い通り、動いてくれるわけがありません。
そう思うだけでも、ストレスは減ると思います。

まずは、自分ができることをやることです。
そうやって一歩一歩進んでいけばいいのに、不幸な人というのは何もやろうとせず、愚痴ばっかり言っています。

誤解のないように言っておくと、私も他人のことを腹立たしく思うことは、もちろんあります。
考え方を変えてほしいと思うことも、もちろんあります。

しかし、他人の考えを変えるというのは、すごく難しいことです。

(ちょっと言い方がずれるかも知れませんが)他人に勝つためには、感情的、衝動的になってはいけません。
じっくり戦略を練って、長期戦で挑む必要があります。
法律や制度の壁もそのようなものですね。

話がすごく逸れてきたので、その話は別の機会に譲るとして、元に戻します。

「ニーバ―の祈り」を今回、目にして、思い出したことがあります。
記憶がかなり薄らいでいるのですが、20年か25年ほど前、NHK の「みんなのうた」だったか、それに似た番組だったと思いますが、1か月ほど流れていた曲を思い出しました。

歌詞もメロディーも、曲名もよく覚えていないのですが、次のようなストリーでした。

森を人間に開拓・破壊されたクマが怒って、里に下りて大暴れしたが、仲間の動物から、「そんなことをしても何も変えられないし、幸せになれない」と諭され、森に帰って、自分が生きていける世界で、他の仲間の動物たちと幸せに暮らしました。

今、改めて考えてみると、これはまさに「ニーバ―の祈り」そのものです。
そういうメッセージだったのだと、今になって気付きました。
その当時は、すごく悲しい歌だと思いました。

また聞いてみたいと思い、ネットで探したのですが、見つけられませんでした。
その数年後だったか、宇多田ヒカルの「ぼくはクマ」という曲が流行りましたが、それとは違う曲です。

長くなりましたので、今回はこれにて失礼を致します。
最後までお読み頂きありがとうございました。

※ ニーバー祈りの続編を次の記事に書いています。