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第2回:自治体基幹系システムでSaaSが厳しい理由

以下の続編です。

この業界におけるSaaS化の限界

ここまでガバクラの現状と課題について整理した。
コスト問題の文脈では、国はその原因として「モダン化がされていないから」「SaaS的な活用がされていないから」という説明をしている。果たして本当にそうなのだろうか。
最近になってガバメントクラウドの新たな枠組みとして公共SaaSというものが出てきた。とても良い方向に向かっていると感じているし、支払いスキームの改善もされている。先般のパブリックコメントには多くの意見も寄せられた

何度も言うが大切なのはその使い方・使われ方であり、盲信的にクラウドを利用すれば良いと言うものではない。
ここでは、SaaS的な利用で自治体基幹系システムのコストは下がるのかについて考えてみる。

結論:市場構造的に無理がある

私は、自治体基幹系システムでSaaSは厳しいのではないかと感じている。市場構造的に無理があると思うのだ。
ここでいう市場構造とは、自治体基幹系システムを取り巻くステークホルダーとその関係性や、自治体や事業者の人事異動サイクルといった、この市場におけるあらゆる構造的課題点のことを指している。

超要約すると次が理由だ。

  • パイが小さすぎる(AAAカップくらい)

  • 業務特性がSaaSにマッチしていない

  • 運用ベンダは無くならない(無くせない)

SaaS化の定義

まずは言葉の定義から。
本記事でいうSaaS化とは「マルチテナント型のアプリケーション提供形式として、複数の自治体でアプリケーションを共同利用し、かつ利用者(自治体)はインフラ基盤などを意識しなくて良い利用形態(もしくはシステムアーキテクト)」であり、その効果として、運用経費の削減やBPOなどにより、利用者はより負担なくサービスの維持・向上が見込めるソリューションとする。

市場構造の深掘り

自治体基幹系システム界隈の市場構造について整理する。

ステークホルダー

地方自治体:システム利用者。現在では政令市等の一部を除き殆どがPKG利用をしている。

開発ベンダ:PKGを開発するベンダ。システム構成(スペック)からアプリケーション開発までを一元的に行い、PKGとして販売している。FNHなどの大手から単一業務開発に特化した企業など、大小様々な規模の企業がPKG開発をしている。

運用ベンダ:開発ベンダが開発したPKGを自治体に導入し運用するベンダ。「開発ベンダの直営」「開発ベンダとは別事業者」の2パターンに大別され、必ずしも開発ベンダ=運用ベンダではない点に注意。多くの場合は、開発ベンダの系列企業や地元企業(地場ベンダ)などが担っている。

庁内ネットワーク事業者:自治体庁舎内のネットワーク保守を行う事業者。

ガバメントクラウドの運用管理補助者:ガバメントクラウドを利用するにあたり、接続回線・NWの運用や、アプリケーション構築・運用などを行う事業者。運用ベンダ(ASP)が兼ねることもあるが、専門性の高い事業者を調達することもある。
また後述の通り自治体システムは複数システムを組み合わせて導入することもあるため、複数の運用管理補助者が乱立することも。
またガバクラにおいてNWアカウントは単独利用調達するのがベストプラクティスであるため、個々の自治体がNW事業者を捕まえて運用管理補助者契約をする。

開発ベンダと運用ベンダの関係性

前述の通り開発ベンダと運用ベンダは必ずしも一致しない。実際に自治体にシステムの導入・構築・運用保守を行うのは運用ベンダであるため、例えばA社製システムは、全国津々浦々の運用ベンダによってそれぞれの自治体向けに構築されているのが現実だ。本記事では、この運用ベンダの存在に着目する。

開発ベンダが全国の自治体に対して導入・運用までを直販で行うことは現実的ではないので、このように、開発側と導入(現場)側でレイヤーが分かれるのは当たり前っちゃ当たり前の話だ。

自治体業務はオールインパッケージでは回らない

自治体基幹系業務は、ほとんどの自治体においてオールインパッケージでは回らない。メインどころの住基・税・福祉などはパッケージ化されていることもあるが、特定業務に特化したシステムもあり(戸籍や生活保護、収滞納など)、基本的に大多数の自治体は、複数のパッケージ等を組み合わせて自治体業務を遂行している。

パイが1741のレッドオーシャン

ところで、自治体基幹系システム市場におけるお客様は誰だろうか。言わずもがな、自治体である。となると上限が1741で頭打ちだ。
SaaSが成り立つ大前提として規模の経済性が重要だ。開発ベンダが複数いる状態でSaaS化する際に、シェアの奪い合いしか見えない未来のためにSaaS化する投資判断をしづらいよねと思う。
また忘れてはならないのは運用ベンダの存在彼らがいるから全国津々浦々の自治体でシステムの安定稼働ができている。結局、SaaS化する(=アプリケーションの共同化する)単位は運用ベンダ単位にしかならない構造上の問題があり、その単位では集約効率が出せないのだ。

自治体基幹系システムはミッションクリティカルでなければならない。アジャイル的に開発すること自体は否定しないが、その結果、システムとしての品質を下げて良い理由はどこにもない。その点において、容易にSaaS対応アーキテクチャにシステム構成を刷新する意思決定はできないし、現状の市場構造的にもSaaS化できる集約単位は限定的だといえる。

ましてや現在進行形で成長を続ける標準仕様への対応で精一杯の状況だ。「今はシステムアーキテクチャを抜本的に変更するタイミングではない」という経営判断になるのが関の山ではないか。

自治体基幹系システムの業務特性

別観点として、自治体基幹系システムの業務特性も整理してみる。

インターネット接続なし、閉域網の制約

自治体基幹系システムは、マイナンバーを取り扱う事務のためインターネットから隔離されたネットワーク(以下、マイナンバー系ネットワーク)上で稼働することが定められている。またマイナンバー系ネットワークは、各自治体からも独立している。さらにマイナンバー系ネットワークがガバメントクラウドへ接続するには、閉域網でなければいけない。各自治体で個々にマイナンバー系ネットワークが整備されているため、他団体とのCIDR重複なんてザラに発生する
一般的なSaaSの場合は、インターネット上にシステムが公開されているためにインターネットに接続できる環境であればどこからも容易にアクセスできるという利点があるが、自治体基幹系システムの場合は、各団体ごとにネットワークが遮断されているため、仮にSaaS化しても、ガバメントクラウドまでの回線は個々で調達する必要がある。また、その際他団体とのCIDR重複をどうするかという課題が発生する。利用団体が増えれば増えるほど、この問題は複雑化する

私個人としては、せっかく国がガバメントクラウド接続サービス(LGCS)を整備するのだから、全団体のNAT・ルーティング機能を提供してほしかった。そうすれば存在価値があるのに。

業務スパイクが発生しづらい

例えば楽天スーパーセールや五輪チケット予約などECサイトにおいて発生する一時的なアクセス(スパイク)増加への柔軟な対応は、SaaSのメリットの一つだ。では自治体基幹系システムには、どれほどスパイクが発生するのか。
税や福祉など月次や年次で大きな処理はあるものの、限定的(予測可能)である。

暗号化消去の件

標準化対象の20業務データはマイナンバーを含む機微な住民データのため、他団体とのデータベース共用と構成団体が抜けた際のデータ削除要件に関して、厳密に取り扱う必要があるが、現状は法整備が追いつかず課題が残っている状況だ。
詳細は以下の記事で書かれていた。
>「1. 総務省のセキュリティポリシーガイドラインにおけるデータの消去要件」

バージョンアップのタイミング

一般的なSaaSは、インフラ管理が不要だったり常に最新版を利用できるというメリットがある。しかしそれは必ずしも歓迎されるわけではないという点に留意が必要だ。
自治体によって条例や運用が異なるため、A市ではすぐにバージョンアップしたくてもB市はまだ運用的にバージョンアップできない状態ということがよくあるのだ。SaaSを利用する団体数が増えれば増えるほど、調整は難しくなる。

運用ベンダは不要か?

※運用ベンダである私がこの話をするのはいささか烏滸がましい気持ちになるが、知り合いの自治体の方々とも議論をした結果の話であるので、そういう温かい目線で読んでいただきたい

SaaS化を目指すなら、必然的に開発ベンダも運用ベンダも淘汰していき、寡占もしくは独占市場を形成しないと成り立たなくなる。なぜなら、コスト文脈において既存の自治体クラウドの方がガバメントクラウドを利用するよりも安価に利用できる事実がすでに示されているからだ。集約効率を上げないと1741のパイを得ることはできず、そのためには同業他社は少ない方がよい。
同じものをガバクラで使うだけで高くなるし、規模の経済性を実現しづらい市場においてそもそも積極的にSaaS化開発がされるのか疑問だし、仮にそのように進んだとして、運用ベンダが不在となった世界線で、自治体業務が滞りなく回るのだろうか

抜け落ちている運用ベンダの役割

運用ベンダは、開発ベンダの下請けとしてシステムを構築しているだけなのだろうか。その役割について見てみよう。
開発元が捌ききれない受注や構築、運用保守を行うことで分権的に棲み分けて共存しているのが運用ベンダだ。そして多くの運用ベンダは、地元の地場ベンダであることが多い。地域に根ざした会社として、古くから自治体と二人三脚でやってきた、そんなベンダが多いのではないか。

ところで自治体職員には避けて通れない永遠の課題がある。人事異動だ。
通常3年程度で異動となり、システム知識だけでなく業務知識さえも蓄積できないまま次のローテーションを迎えることもあると聞く。職員数も限られている中小自治体にとっては、引き継ぎすらままならないこともあるとか。
この状況を影で支えているのが運用ベンダだ。

「動かぬ原課」としての役割

運用ベンダの役割は、環境を構築して「はい、おしまい」と言う訳ではない。業務SEと呼ばれる、各業務に精通しているSEがいるのだ。彼らは毎年法改正対応やそれに伴うシステム改修のテスト、職員さんからの問い合わせ対応をしたりしているため、総じて業務の知見が高くプロフェッショナルである(ことが多い)。
また一般的にベンダ側の体制として、自治体ほど異動がある訳でもないため、構造的に「職員よりも業務に詳しいSE」が爆誕する。

人事異動の弊害

知人の自治体職員は、業務SEに頼ってしまう原因として次の話をしてくれた。「ここ10年ほどで一気に制度が複雑化しており、にも関わらず職員は減らされていく。ノウハウが蓄積せず、引き継ぎすらままならない。もはやゼネラリストを求める時代ではないにも関わらず、ジョブローテーションの名のもと、定期人事異動がある。自治体側の体質的な問題も多いと思う。」

中には、「俺、来年いねーから。」マインドの職員も少なからずいると聞く。「とりあえずベンダに聞いて!」という引き継ぎもあるとか。面倒ごとや翌年度以降持ち越し案件は運用ベンダに丸投げしてしまう問題も潜んでいるようだ。

業務知識が組織に定着する前に異動してしまうため、長年の知見がある「動かぬ原課」に相談することが多くなるとのこと。

実際に私も業務SEを長年しているが、もはやシステムの質問ではなく、運用や法解釈の相談などを受けることもしょっちゅうだ。なので「動かぬ原課」最前線の私の感覚としては、現状の複雑な制度のもとでは、職員とSEで二人三脚していかねば、中小規模自治体は回らないのだと感じる

必要なのは制度のモダン化なのかもしれない

少し横道に逸れるが、制度の複雑化をなんとかしなければ自治体業務って改善しないのではないかと思ってしまった。スパゲッティコードならぬスパゲッティ制度。
まぁ、政治の絡みがあるんだよね。児童扶養手当と特別児童扶養手当とか、ほんともう!と言うお気持ち。

「動かぬ原課」は運用ベンダしかできない?

現状は、なかなか代替できないものと感じる。運用ベンダを淘汰したところで自治体業務が回らなくなっては本末転倒だ。
コールセンター化することで捌ける件数は増えるが質は落ちるし、どうしても現場にいないとプロフェッショナルの育成も難しい。

ただ将来的には、(今後の風向き次第だが)近いうちにAIによってかなり代替されていくものとも感じている。ただし、住民情報や過去の問い合わせ情報を食わせる必要があるため、おそらくパブリックにはデータを置けない。プライベートでAIを構築するための法整備や条例整備、コスト評価もしなければならない。おそらく肌感覚としては「運用ベンダの保守の一環」の方が安い。

こうした視点も、市場構造の転換を論ずるには必要なのではないか。

市場構造の再構築と事業転換の可能性

このように、SaaS化してコスト効率を上げるためには市場構造の再構築は必須だ。ただしそれによって全体としてみた時のトータルコストが上がるようなことがあってはいけないし、不便になってもいけない。某事業と同じ轍は踏めないのだ

方向性としては良いと思うことも、戦略レベルがその程度の解像度で意思決定した結果、現場はとんでもないことになるというのが日本の公共政策のお決まり。
(ってさっきモスでJKが話してた←)

昨今見る自治体基幹系システムにおけるSaaS論も、SaaSであることが目的になっていないだろうか。キラキラとしているふわっとした未来を餌に食い付かせた結果、大惨事になっているのがガバメントクラウドだ。
同じ手法で我々は騙されてはいけない。しっかりと判断する必要があるし、戦略レベルで同じ認識を持っていてもらいたい。

このような検討の結果、どう事業転換していくのか、初めて議論の土台に乗るのではないだろうか。

統括

全2回に渡り、標準化・ガバメントクラウドでコストが増加する原因と、コスト削減の手段としてSaaS化が有効なのかと言う話をしてきた。

一番言いたいことは、クラウドは手段であって目的ではないと言うことだ。
酒と一緒、使い方次第で薬にも毒にもなるのだ。
ここを履き違えてしまっているのが全ての原因だと感じている。

これから先どうするかについては、まずは国は間違っていたことはしっかり認めることからだと思う。
アメリカだって、潔く認めている。

議論はそこからではないか。

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