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run_rumiko
ちゃんと悩み抜いた先に、心からしっくりくる人が待っている
悶々と悩んだ日々は、けっして無駄じゃなかった…
しっくり来ない人と付き合っていたとき、日々悶々と悩みスマホで「しっくりくるとは?」などと検索ばかりしていた。
一緒にいても、どこか肌が合わない。会話のテンポも、ふとした瞬間の沈黙も、なぜかすんなり馴染まない。ちょっとした違和感が常にあった。
「そんなに悩むなら、別れちゃえばいいじゃん」
親しい友人はあっけらかんと言った。そんな潔い決断ができるくらいなら最初から悩んでいない。私はずるい。わかってる…。だけど手放す怖さや、決断しきれず、私はただただ悶々とした日々のなかにいた。
けれど、いま振り返って思う。 悶々としていた時間は、決して無駄なんかじゃなかった。
「違和感」は、本当に心地いい相手を知るための道標
目をそらさず、真剣に悩み抜くこと。
それは心が次のステージへ進むために、必要な時間だった。
もしあの時、彼と出逢っていなければ。 あの「どこか違う」という違和感を全身で味わっていなければ。 私はきっと、次に巡り合う人の「本当にしっくりくる心地よさ」の尊さに気づくことすらできなかった気がする。
その違和感ととことん向き合い、もがき切った先にしか見えない景色がある。遠回りに見えるその悶々とした日々こそが、心から納得できる未来へとかならず導いてくれるから。
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