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歳を重ねた茂兵衛の「仁義」が胸に響く――『三河雑兵心得18 退き口仁義』Audible感想

研修講師、手話通訳士の横山熊太郎です。

AIを活用しながら、シニア向けの情報や、書籍やガジェットの紹介などをしています。

※この記事には、シリーズ前巻までの展開に関する内容が含まれます。


18巻まで来ても、ますます面白い

井原忠政さんの人気歴史小説「三河雑兵心得」シリーズ。その第18巻となる『退き口仁義』を、Audibleで聴きました。

ここまで長く続いているシリーズでありながら、面白さは少しも衰えていません。それどころか、戦場を駆ける痛快さだけでなく、歳月を重ねた登場人物たちの変化や、人と人とのつながりが物語に厚みを加え、ますます目が離せなくなっています。

本作の舞台は、天下分け目の関ケ原の戦いが決着へ向かう時期です。小早川秀秋の寝返りによって西軍が総崩れとなるなか、島津隊は徳川家康の本陣近くを突破して退却を開始します。

突然の敵中突破に激怒した家康は、島津義弘の首を取るよう茂兵衛たちへ命じます。しかし、相手は決死の覚悟で退却路を切り開こうとする薩摩武士たちです。さらに茂兵衛には、大坂城に残る毛利家との交渉という厄介な役目まで降りかかります。Audible公式作品ページ

相変わらず、家康からの無茶ぶりが止まりません。

そして茂兵衛もまた、今日もその無茶ぶりに応えようとするのです。

大切な甥を失った茂兵衛

本作の茂兵衛を語るうえで忘れられないのが、大切な部下でもあった甥の死です。

茂兵衛は、長い戦いのなかで多くの死を見てきました。戦国の世を生きる武士である以上、仲間を失うことも、自分が誰かの命を奪うことも避けては通れません。

それでも、身近な人の死に慣れることなどできないのでしょう。

大切な甥を死なせてしまったという思いは、茂兵衛の心に深く残っています。立場が上になれば、自分の判断によって動く人間も増えます。その分、背負う責任も重くなります。

若いころの茂兵衛であれば、悲しみや怒りをもっと直接的に表していたかもしれません。しかし、今の茂兵衛は、喪失を抱えながらも自分の役割から逃げません。

死を乗り越えたというより、その悲しみを胸の内に抱えたまま歩き続けているように感じました。

そこに、長く戦場を生きてきた男の強さと哀しさがあります。


歳を重ね、思いやりが深くなった茂兵衛

シリーズ第1巻の茂兵衛は、喧嘩のはずみで人を殺め、村を出奔した18歳の若者でした。夏目次郎左衛門の屋敷へ奉公し、武士としての歩みを始めたものの、いきなり主君・家康へ弓を引く側に立たされるという波乱の出発でした。井原忠政さん公式サイト・シリーズ紹介

あの若者が、数々の戦をくぐり抜け、多くの出会いと別れを経験し、今では人を率いる立場になっています。

腕が立つようになっただけではありません。茂兵衛は歳を重ねるにつれて、人への思いやりが深くなりました。

部下を単なる駒として扱わず、それぞれの事情や感情に目を向ける。自分の立場を守ることだけを考えず、相手が生き延びるための道を探す。若いころから根っこにあった情の厚さが、経験を経て、より静かで深いものになっています。

戦場での勇ましさはもちろん魅力ですが、今の茂兵衛のよさは、それだけではありません。

強くなったからこそ人に優しくできる。多くの死を見てきたからこそ、目の前の命を軽く扱わない。

第18巻の茂兵衛からは、そんな円熟した人物の魅力が伝わってきました。

家康の無茶ぶりは今回も健在

「三河雑兵心得」シリーズの面白さの一つが、家康と茂兵衛の関係です。

家康は毎回のように、簡単には片づけられない役目を茂兵衛へ命じます。今回も、島津義弘を追撃するだけでは終わりません。大坂城に居座る毛利家を相手に、難しい交渉まで任されます。

戦場で槍を振るう力と、敵味方の利害を読みながら話をまとめる力は、まったく別のものです。しかし家康は、そのどちらも茂兵衛に求めます。

茂兵衛にしてみれば、たまったものではありません。

それでも、ぶつぶつ言いながら最後には役目を果たそうとする姿が、実に茂兵衛らしいのです。

理不尽な命令に振り回される主人公という構図には笑いがあります。一方で、家康が茂兵衛の力量を理解しているからこそ、難題を託していることも伝わってきます。

無茶ぶりをする家康と、それに応え続ける茂兵衛。この長年の関係性が、第18巻でも物語を力強く動かしています。

「退き口」を雑兵の目線で描く迫力

歴史上、「島津の退き口」として知られる関ケ原からの撤退戦。本作では、天下を動かした武将たちの視点だけではなく、その場で槍や鉄砲を手にして戦った者たちの恐怖と覚悟が描かれます。

勝敗が決したからといって、戦が安全に終わるわけではありません。

退却する側は、生きて故郷へ戻るために必死です。追う側も、相手の決死の反撃によって命を落とす可能性があります。勝者と敗者がはっきりしたあとにも、名もなき兵たちの戦いは続きます。

死を覚悟した薩摩武士の「捨て身戦法」に対し、茂兵衛たちは大苦戦します。誰が生き残り、誰が倒れるのか分からない緊迫感があり、音声だけでも戦場の混乱が迫ってくるようでした。

有名な歴史的事件を、雑兵から出世してきた茂兵衛の目線で体験できる。それが、このシリーズならではの醍醐味です。

柏野昌俊さんの朗読がさえわたる

Audible版のナレーションを担当しているのは、柏野昌俊さんです。

この朗読が、今回もさえわたっています。

茂兵衛の豪快さと情の深さ、家康の威厳と無茶ぶり、戦場に立つ武士たちの緊張感。それぞれの人物や場面が声によってくっきりと立ち上がり、自然に物語へ引き込まれます。

歴史小説には、現代では使わない言葉や、多くの人物名、地名が登場します。目で読む場合は、名前や用語で立ち止まることがあるかもしれません。その点、語り慣れたナレーションで聴くと、物語の流れを保ったまま戦国の世界へ入っていけます。

とくに本シリーズは、戦場の緊迫した場面と、茂兵衛たちのどこか人間くさい会話との落差が魅力です。柏野さんの朗読は、その緩急を見事に表現しています。

激しい場面では息を詰め、やり取りのおかしさには思わず笑い、静かな場面では人物の心情へ引き寄せられる。Audibleで聴くからこその面白さを、今回も十分に味わえました。

茂兵衛には大坂の陣まで歩いてほしい

第18巻まで来ると、読者も茂兵衛と一緒に長い年月を歩いてきたような気持ちになります。

18歳だった若者は、戦を重ね、人を率い、家康から厄介な仕事を任される人物になりました。その一方で、身近な人を失い、老いや時代の変化とも向き合い始めています。

だからこそ、この先の茂兵衛をもっと見届けたいと思います。

関ケ原の先には、徳川の天下を決定的なものにする大坂の陣があります。茂兵衛は、そのとき何を見て、何を感じ、どのような「仁義」を貫くのでしょうか。

ここまで来たら、ぜひ大坂の陣まで頑張ってほしい。

茂兵衛にも、そして井原忠政さんにも、心からそうお願いしたいです。

戦場の迫力、家康の無茶ぶり、人間味を増していく茂兵衛、そして柏野昌俊さんの見事な朗読。シリーズを追い続けてきた人にとって、『三河雑兵心得18 退き口仁義』は期待を裏切らない一作でした。

ますます面白くなる「三河雑兵心得」。

次に茂兵衛へどのような難題が降りかかるのか、今から楽しみでなりません。


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