見出し画像

アメリカ世:1946年8月7日(水)

密航の国場氏、軍民会議出席
沖縄住民捕虜の復員要請
お盆、アダンを供えるのは禁止

沖縄民政府
軍民連絡会議(午前9時〜)

志喜屋知事:
今度國場氏は内緒で来たが今後は正式に往復が出来る様お願ひしたい。
國場氏:
漁業をやって居るので大島や沖縄までやって来る時がある。
軍政府:
國場氏から君の計画を述べて貰いたい。
國場氏:
従来建築資材は日本から来て居たから私も沖縄に居て復興に働きたい。船は二隻有って居る。元県木社の材木もあるから之も移入したい。
一隻は一五〇トン、一隻は二十二、三トンのものである。
軍政府:
住民の住宅を請負にしたいのか。
國場氏:
民政府の意志に従ひたい。
軍政府:
個人の住宅を請負で作ることは不可能である。一般の住民が家もなく困って居る故に金があり亘りの付ける人々のみの家を作ると困ることになる。
それを了解されたい。
國場氏:
木材を民政府に寄付したい。
志喜屋知事:
◎沖縄復興案を御覧になりましたか。
軍政府:
各部関係の将校も分けてよく見て居る。経済会議に協議される。
志喜屋知事:
農業の好期は沖縄では八、九月であるから早く御願ひしたい。
軍政府:
沖縄に真珠が出たら安谷屋部長はそれを以て工芸品を作ったら如何? 土産品として大切なものである。
米国の家族が増して来るから女の嗜好品を作って欲しい。
安谷屋部長:
漆器及帽子等を始めたい。帽子も土産品に指定して欲しい。

(沖縄県公文書館より)
【参考】国場幸太郎氏の密航(アメリカ世:194681
https://note.com/minamihanashima/n/nbf1a1509bff8


フィリピンの沖縄住民俘虜復員に関する件

米国軍政本部
一九四六年八月七日
主題:沖縄住民俘虜、復員ニ関スル件
宛:沖縄知事
1.當軍政府ハ現在フィリピン島ニ抑留シテイル二名ノ沖縄住民俘虜ノ沖縄へノ復員方ニ関スル依頼ヲ受ケマシタ。
2.下記ノ身元事情ガ提出サレテイマス。
(人名黒塗り)日本ニ生ル
住所 沖縄県島尻郡具志頭村
(以下略)
3.上記両人ハ一九四四年四月、大洋水産株式会社ノ雇用人トシテ フィリピン島ニ渡リ、捕ヘラレルマデ同島に住民トシテ住ンデイタ様デアリマス。両人共捕ヘラレテカラハ ルソン島ノ第一捕虜收容所デ働イテマスガ父親ガ老齢ノタメ労働不能デス。
4.上記ノ俘虜ヲ沖縄へ復員スルコトノ適否ヲ決定スルタメ、適切ナ調査ヲナシ、且ツ之レに関スル知事ノ意見書ヲ當本部へ提出シテ下サイ。
總務部長
騎兵大佐
チャールズ・ビ・レイトン

(沖縄県公文書館「対米国民政府往復文書 1946年受領文書」より)

(1946年8月7日、みやこ新報より)
盆祭を控え平良町八月常会
盆祭を控え生活改善の一部として路傍に供物を捨てないこと、アダンを供えることを廃止、甘庶のお供えを簡略にすること、物資の節約につとめること等、町より指示するところがあり(以下略)

一律配分は不可、配給基準に拠れ

(「平良市史 第5巻 (資料編 3 戦後新聞集成)」平良市史編さん委員会編、平良市、1976、国会図書館より)
https://dl.ndl.go.jp/pid/9770038/1/36

いいなと思ったら応援しよう!