見出し画像

2-1.自分自身の信頼を獲得し、主体性を発揮できるようにする

※前回のページ


はじめに

フロイトの「構造論」をベースに
自分自身の信頼を説明します。
初めに断っておきますが、
私はフロイトの理論を深く研究
したわけではありません。

私の経験と今まで調べたものを総合して、
こういう見方で用いたら説明がつくな、
ということで用いています。

フロイトの構造論

心理学者のフロイトの前に
哲学者のアランの幸福論の一説を紹介します。

悲観主義は「感情」によるものであり、
楽観主義は「意志」によるものである

「悲観主義が絶対にダメ」
というつもりは全くありません。

楽観主義一辺倒も私は嫌いです。

私の掲げる理想は

悲観的に準備して楽観的に行動する

です。

楽観と悲観を意識的に使い分けるためには、
自分自身のことをよく知って、
自分自身と信頼関係を獲得することが求められます。

自分自身の信頼?
ピンとこないと思いますので、
フロイトの構造論を用いて説明したいと思います。
フロイトは人間の心を
イド(エス)、自我(エゴ)、超自我(スーパーエゴ)
に分類しました。

フロイトによる心の構造

イド(エス)

無意識的な領域に属し、
本能的な欲求、衝動、欲望の源泉です。
「快楽原則」に従い、
即時的な満足と快感を求めます。
生存や繁殖に必要な基本的な欲求も司ります。
※ミスチルが好きなのでイドではなく
 エスと表現していきます。

自我(エゴ)

現実原則に従い、エスの欲求を現実的に調整し、
外部世界と調和を図る役割を持ちます。
エスと超自我の間の葛藤を調整する
仲介者の役割を果たします。
意識的な認識、思考、意思決定に関わります。

超自我(スーパーエゴ)

社会の規範、道徳、倫理観を
内面化した心的構造です。
「道徳原則」に基づいて、
エスの欲求を禁止・抑制し、
罪悪感や理想の追求をもたらします。
親や社会からの影響を受けて形成されます。

現代社会ではエスが抑制され、
超自我が強まる傾向が強いです。
この状態は人格に上下意識を生じさせます。
こうなると自分に厳しいのが他人にも飛び火し、
知らないうちに息苦しい世の中の構成員となります。

そして、ほかの人のエスも抑制され…
という悪循環に陥ります。
こちらを断ち切るのが人間共通の原則※に基づく
「意志」です。

※人間共通の原則(1-1を参照)

  • 自分の人生の責任は自分にしか果たせない

  • 現代社会において人は一人では生きていけない

この原則に沿うには、
まずは自分自身の「エス」と向き合うことが
大事になります。

理性と本能が信頼関係を結べるようにする

本能は「もう一人の自分」であり、
理性から見たら「他人」です。
ですので、7つの習慣における「公的成功」である、
第4~6の習慣を、6⇒5⇒4の順で用います。

公的成功の習慣を用い、本能を理解する

動機観を確認する

こちらは第六の習慣:相乗効果を発揮する
に該当しますが、理性と本能に信頼関係を
結ばせることで、
自分の中で相乗効果を発揮する状態にします。

理性=自我(超自我)
本能=エス

としていますが、人格への意識の違いで
信頼関係を結べるか否かが変わってきます。
構造論の図を自作の図とならべると
以下のようになります。

自我とエスの関係

理性と本能の関係性を縦から横へと
変える必要があります。

さて、エスをマズローの欲求段階説で
さらに詳細化します。

エスの構造(マズローの欲求段階説)

ここは5段階すべてを把握する必要はなく、
エスには欠乏欲求成長欲求の二つが
あるんだ、でよろしいです。

上下意識の場合、エスは抑制され、
欠乏欲求が非常に強くなり
成長欲求は発生しません。
それどころか
自分が満たされない問題で他人に不機嫌を
ぶつけるようになります。


上下意識は欠乏欲求状態になる

さらに、土台崩壊時には、
抑圧されたエスも暴走し、理不尽な自由観で
他人を責めるようになります。

土台崩壊時に行きつく考え


意識的にエスの声を聴こう
となった場合、
エゴはエスの声を聴いて、
他人の権利を侵害しない範囲での
自由を行使するよう努めます。

エスの要求を叶える際に「スーパーエゴ」の
道徳観が更新されていきます。

そうすることで、エスの欠乏欲求が解消され、
はじめて成長欲求が生まれだします。

自我とエスが対等な関係になる

動機には内発的動機付けと外発的動機付け
の二種類がありますが、それぞれ
内発的動機付け:成長欲求
外発的動機付け:欠乏欲求
が元だと考えても差し支えないかなぁ、と考えています。
自分軸で生きられるか否かはここにかかっています。

こちらのパラダイムの違いは
以下のようになります。

動機観

先入観の確認

先入観を知るには認知バイアスと認知の歪み
の二つの観点を知ると、
振り返りの際に評価がしやすくなります。

一番大事なのは
自分の認知は

  • バイアスがかかっているだろう

  • どこかしらゆがんでいるだろう

という認知バイアスでいることです。

認知バイアス
認知バイアスには様々なものがあります。
このサイトはカタログ的に紹介しているので、
どんなバイアスがかかっていそうかを考える際の参考に
されるとよいです。

正常性バイアス
確証バイアス
権威バイアス
後知恵バイアス

などは、あらかじめ知っておいて
損にはならないです。

ただ、他人のバイアスは気づきやすいですが、
自分がかかっているバイアスに気づくのは
結構難しいです。

認知の歪み
認知の歪みとは
物事を極端に偏った形で解釈する思考パターン
のことを指します。
「認知の歪み」で検索すれば色々出てきますが、
たいてい10個のパターンが挙げられていますね。

認知バイアスとは何が違うの?
と長いこと考えていたんですが、
認知バイアスは認知全体が範囲で、
認知の歪みは自分を責める認知に特定している、
なのかもなぁ、とだんだん思うようになりました。

とりあえず、認知バイアスのパラダイムは下記のとおりですね。

先入観

理性と本能とのWin-Winを考える

理性と本能のWin-Winを考える
ですが、これはもう動機観のところで折り合いが
つく状態になれば自然とできるように
なっています。

自我が「人間共通の原則」に基づきエスと対話して、
超自我をアップデートする。
これを繰り返していけば
自分自身の信頼を獲得することが
可能になる、と考えています。

利益観

おわりに

自分の中にいる他人である「エス」と
折り合いをつけることで

対人関係をこなすのが容易になってきます。
この考え方は、初めは違和感があって
なじめないかもしれませんが、

本当にだいじだなぁ、
と思う考え方を一つ。

自分の機嫌は自分でとる

です。
これができない人は感じが悪いままです。

次は、第二の習慣です。


いいなと思ったら応援しよう!