「作れないから頼む」の前に、発注側が知っておくべきだったこと。
京都を拠点にアパレルメーカ再掲営んでいる民布合同会社の代表 岩崎です。現在は、文化実践のための仕事着を製造販売する「SAGYO」と、ホテルの滞在着を提案する「Némaki」という2つのブランドを中心に、4つの事業を運営しています。
2025年末に会社の住所を岡山から京都へ移し、新たな可能性を探りながら、国内の機屋(はたや)や縫製工場と直接手を取り合ったものづくりを続けています。
Némakiをローンチして1年半が経ちました。
ありがたいことに全国各地より途切れることなくお問い合わせをいただき、その多くが成約に至る状況が続いています。
Némakiは、自由度が高いSAGYOとは違い、大きな責任と金額を預かるBtoB仕事です。だからこそ、私一人で無理なく運用できる体制を今のうちに整えたいと考え、自治体の補助金を活用した業務自動化システムの構築に踏み切りました。
ところが先日、開発を依頼している方から、行政手続きの煩雑さや進め方について「このままでは開発を進めるのが難しい」と、指摘を受けてしまいました。
正直、かなり胸に深く突き刺さりました。
本来ならこちらで引き受けて吸収すべき行政の意見を、そのまま相手に丸投げし、無知ゆえの的外れな質問や指示で、相手を疲弊させていたと気づいたからです。
行政と開発者の間に立つフィルターとしての役割を、私は完全に放棄していました。
服づくりで骨身にしみた「無知の恐ろしさ」
キャリアの原点である服づくりも、右も左もわからない状態からのスタートでした。 今でこそ少しずつ構造が見えるようになってきたものの、まだまだ現場の職人さんや工場の方々に助けられ、教えてもらいながら進める日々です。
その中でずっと痛感しているのは、発注側の無知がもたらす危うさです。
構造や工程を知らない発注者は、悪気なく無茶な要求を投げて作り手を消耗させてしまうだけでなく、相手が出してくれた適正な見積もりや工数の価値を正しく理解することもできません。知識がないということは、相手の技術に対して正当な敬意を払えないということでもあります。
だからこそ、自分で完璧に作れなくても現場の構造を知ろうとし、相手と同じ言語で話そうと足掻くことが、発注者としての最低限の仁義だと学んできました。
WEB制作の発注で活きた「最低限の知識」
その教訓があったから、WEB制作を発注する段階になった時は、専門用語も何も知らないゼロベースから勉強しました。ノーコードツールではありますが、自ら触り、STUDIOで自社サイトを組める程度にはリテラシーを身につけました。
自分で手を動かして構造を理解したことで、要件の勘所だけを的確に伝えられたり、自分側が準備すべき作業を事前に確認して動けたりと、相手の安心につながるコミュニケーションができたと自分では思ってます。
結果、プロジェクトはとてもスムーズに完了したのです。
この成功体験が、発注者としての自分の基準になったはずでした。
新規開発と補助金という「水と油」
それなのに、私はまた同じ穴に落ちました。
今回依頼したのは、ノーコードの枠を超えたAPI連携を伴う自動化システムの開発。やってみなければ仕様が見えない手探りの探索型開発です。
本来なら、事前に仕様も見積もりもガチガチに固めなければならない補助金とは、根本的に水と油でした。
冷静に構造を見れば気づけたはずなのに、「補助金が使えるなら」という甘い見通しに目が眩み、APIの仕組みや開発フローを最低限理解しようとする努力を怠ったまま進めてしまった。その結果、まだ答えの出ない仕様を急かすような頓珍漢な問いを重ね、相手を追い詰める無知な発注者に逆戻りしていました。
越境して学び続けることだけが、相手への敬意
「餅は餅屋」ということわざがあるように、自分が実際にコードを書いてシステムを組めるようになる必要はありません。
けれど、相手の領域を最低限でも理解しようとしない発注は、結局は相手への甘えであり、無責任な丸投げになってしまいます。
今回の反省を胸に刻み、まずは私自身が開発の前提や基礎をゼロから学び直すことにしました。
投げ出してしまいたくなるほどの負担をかけたにもかかわらず、本音でアラートを出してくれた相手に対して、今度は私がきちんと歩み寄り、ここから信頼を取り戻していきたいからです。
外注を本当の共創にするためには、本業以外の知識にも足を踏み入れ、学び続けなければならない。
誰よりもそれを知っていたはずなのに忘れてしまっていた自分への、手痛い戒めとして、このプロジェクトを立て直していきます。

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