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公募に落ちて自由になった

北の国に旅に来ていた。
青い海、青い森のある北の果て。
その土地で生まれたバンドが好きなのだ。
知る人ぞ知る。紅白歌合戦や武道館の人たちではない。
でも本物。
10年ほど前に、ふと、どうしているんだろうと探したら、
とんでもなく、すごくなっていた。
ファンクラブに入った。
曲げずに年を重ねた彼らが好きだ。

ライブを終えてホテルに帰りネットにつなげて
大みそかに送信した公募の結果が公表されていることに気がついた。
時々、結果はいつなのかなあと見ていた。
二日前に発表されていた。
選外。
名前のひとつもなく、2回検索かけた。

小さな神様と、おしゃれな鎌倉のホテルに泊まって
ぎりぎりで出した作品だった。

出したものを時々見直すと
ずいぶん湿気があって、書くことに重さがあって
気取っていて。
泥道でまだ車輪がすすまない自転車をこいでるみたいな
そんな感じがあったから。

落胆をしたというよりも
そりゃそうだよねと
結果を5か月も待った重さから解放されて
肩の荷がおりた。
わたしの、格闘していた世界もこの5か月で
軽く明るくなった。わたしは、ひとりになった。

わたしは書く人になりたい、の?
書くことを仕事にしたいは、あるね。
もっとも、別の面では、私はすでに書きながら仕事はしてはいる。
別の面では、人の心を揺り動かすかもしれない、仕事をしている。
小説家という冠をつけたいの?
いや、忘れてはならない。
わたしは、健さんから「僕ノコト、小説ニ書イテ、イイヨ」と言われた
その約束を果たしたくて、その小説を、多くの人に読んでもらいたくて
ふたたび情緒を扱う文章を排出しはじめたのじゃないか。

書くことが習慣になった。
移動中に書く、ライブが始まる前、スタンディングして待ってる間に書く。
わたしは、いつでも、どこでも、書いている。
ところで、いまだって、七戸十和田を通過した新幹線の中だ。

何者になろうとして、かくあるべきと思って
人生失敗したばかりじゃないか、わたし笑
大事な、書くということを、何も商業の枠、誰かの枠
常識の枠にはめこまなくたって、いいじゃない。

受験対策のように、公募対策して、勝ち負けすること、ない。

それで、わたしの気分は解放されて。
ひとまず旅先でアクセスできた自分の書いた「作品」を、
深夜、次々にアップしたのだった。

それで、「作品」のマガジンを増やしました。

わたしは、
知人友人から、書きましたと渡されるマガジンやら小説集やら
いただいて持ち帰っても最後まで読ま(め)ない。
重くて受け取れ切れないから。

だから、誰かの文章、大量な文章。
誰かに届いたら、
それはもうラッキーなことで。

むかし、あったよね。
ガラスの小瓶に手紙が入っていて、ぷかぷか浮いているのを、拾って。
心がつながる。

なので。

わたしは、ネットの海に、えいやと投げてみようと決めました。
どこかの、誰かに、届いたらうれしいです。


あしたは、わたしの誕生日です。
ありがとう。


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