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『墨攻』の結末の先の物語について 森秀樹の漫画版『墨攻』(の中盤以降)

 昨日紹介した酒見賢一『墨攻』には、森秀樹作画・久保田千太郎脚本による漫画版(単行本全十一巻)があります。原作に相当する部分は物語の途中で消化し、それ以降はオリジナルストーリーで、革離の新たな戦いが描かれるのですが――今回はこの漫画版のオリジナル部分をご紹介しましょう。

原作『墨攻』の紹介記事はこちら。

 中国の戦国時代に、「兼愛」「非攻」を掲げ、侵略のための戦いではなく、守るための戦いを行った技術者集団・墨家。小説『墨攻』は、その墨者の一人である革離が、小城・梁を守るためにただ一人奮戦する姿を中心に描かれました。
 一方、漫画版『墨攻』はこの部分を単行本第四巻までで終了し、以降は革離の新たな戦いが――と書けば、原作のみご覧になっている方は、ギョッとされることでしょう。要するにこの漫画版はアナザーストーリー――梁城防衛に成功した革離が、梁から墨家の本拠に帰還する場面から新たな物語が始まります。

 墨者の里に向かったものの、その途中で次々と虫を操る謎の刺客たちに襲われる革離。そして里でも革離は罪人のように扱われ、ついには牢に閉じ込められてしまいます。すべては墨家の巨子(指導者)・田襄子を陰で操る薛併の企みと知った革離は牢から脱出、幼馴染で農耕部門担当の司路の助けも借りて、里から姿を消します。
 その後、とある村で治水工事に協力していた革離は、そこでも墨家の刺客の襲撃を受け、村の血気盛んな青年・雲荊を道連れに旅立つことになります。秦に攻め取られた韓の町を訪れた二人は、戦災孤児を集めて秦軍を密かに襲っていた男・蘭鋳と出会い、彼を助けて秦王・政を襲うのですが――影武者によって失敗。逆に政は革離に対し、次に秦が攻める趙の都・邯鄲を守ってみせよと挑発するのでした。

 しかし趙といえば、かつて梁城を攻めた敵。その懐に敢えて飛び込んだ革離は、決死の行動で趙の将軍の信頼を勝ち取ります。そして秦の都・咸陽の偵察に向かった革離たちは、そこで姉を殺された女間者・娘を仲間に加え、いよいよ邯鄲防衛に取り掛かるのでした。
 非協力的な邯鄲の人々、暗躍する秦のスパイ、そして墨家の「虫部隊」に苦しめられながらも、秦の攻撃を撃退していく革離と仲間たちですが……

 かくして、原作が戦国時代中頃を舞台にしていたのに対し、秦王・政(つまり始皇帝)が中原統一を窺う戦国時代末期を舞台とするこの漫画版は、秦王打倒のための戦いが描かれることになります。
 繰り返しになりますが、この展開自体は漫画オリジナルではあります。しかし原作で語られたように、墨家は秦に接近して天下を取ろうとしていたこと、しかし始皇帝の頃には墨家は謎の消滅を遂げていたこと――と、墨家と秦の間には不思議な因縁があるのも事実。本作はその点を題材に、物語を膨らませてみせたといえるでしょう。
 そしてもう一つ膨らまされているのは、上で述べた墨家の変質です。名利を求めず、ただ身を捨てて攻められる城を守ってきた墨家ですが、三代目巨子の頃には変質して、正反対の方向性を取ろうとしていたことが原作では語られます。それゆえに革離は一人梁城に送られたわけですが――本作ではその墨家、というよりその実質的首領である薛併(原作では滅茶苦茶あっさり殺された人物ですが……)と、革離は明確に対立することになるのです。

 正直なところ、原作で描かれたような墨家の思想が持つ一種の危険性は、墨家が別の意味で危険な組織になってしまった本作では、窺えようもありません。原作でその墨家の象徴であった革離についても、本作においては完全にレジスタンスのヒーローとなっています。
 その意味では、原作とは大きく味わいが異なる内容ではありますが、しかし原作のラストにさらりと触れられた墨家の「任」の精神――弱きを助け強きを挫く精神が、本作の革離には強く現れているといえるでしょう。
(それは、本作の脚本を担当したのが、二度に渡り『水滸伝』の漫画化を手掛けている久保田千太郎であることと無縁ではないようにも感じられます)

 そして何よりも、アクションやスペクタクル等の数々の見せ場、終盤の意外な伝奇展開、そして中盤の謎が思わぬところで活きるラストと、本作が漫画として純粋におもしろいのもまた事実なのです。

 そんなわけで、原作とはまた異なる面白さのある漫画版『墨攻』のオリジナル展開(ちなみに梁城編も結末だけでなく、展開も相当に異なります)なのですが――唯一、これはちょっとなあと思った点はあります。

 それは「虫部隊」強すぎ! という点――いやはや、物語の要所要所で大活躍しすぎて、もはや虫部隊(というか✕✕)を味方につけた方が勝ちという状態になっていたのだけは、本当にどうかと思います。
(結果だけ見ると、いや経緯も含めるとなおさら、革離ではなくて✕✕が勝者ですから……)

原作『墨攻』の紹介記事はこちら。


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