【連作掌編】『三日の会議』 第1話「長い会議」|時間は、気づかれないまま伸び始める
第1話「長い会議」 作:MMPP.K
コーヒーの湯気がまっすぐ上に伸びているのを見ていると、あれだけ細くて頼りないものが途中でほどけもせず形を保っていることにわずかな違和感が残りながらも、それを不思議だと断定するほどの確信もなく、ただ視線だけがそこに引き留められる。
机の端でペンが転がり、ほんの少しずつ外へと寄っていくその動きが遅く見える気がして、けれど意識を外せば普通の速度に戻るようにも思え、その曖昧さのまま視界の端に置いておく。
「――で、この件なんだけどね」
上司の声は問題なく聞き取れていて、内容も理解できているはずなのに、言葉と言葉のあいだにわずかな余白が入り込んでいる気がして、その余白を気のせいとして流すかどうか迷う程度の違和感が残る。
資料に目を落とし、文字を追うこと自体には支障がないことを確認しながら、さっきの違和感を打ち消そうとするように読み進める。
ペンが、机の端で止まる。落ちそうで、落ちない。
その状態を見たまま、ふと考える。
「仕事だ」
そう意識した瞬間、それまで曖昧だった違和感が一方向に揃い、上司の声の流れがはっきりと引き延ばされ、隣の動きが連続ではなく断続的に見え、ペンが落ちるまでの時間が明確に伸びていることを疑いようがなくなる。
コーヒーに口をつけると、さっきと同じ温度のまま舌に触れてきて、時間が経過しているという前提のほうに疑いが生じる。
時間がある。
足りているというより、余っている。
「聞いてる?」
横からの声に反応しようとしたとき、自分の返事がわずかに遅れていることを自覚しながらも、その遅れを埋める手段が見つからないまま声を出す。
「……はい」
間に合っていない気がする。
「今の、どう思う?」
内容は理解できているはずなのに、言葉に変換するまでの時間だけが引き延ばされ、そのあいだに会話は先へ進んでしまい、自分だけが一拍前の位置に取り残される。
「あー、まあいいか」
その一言で、用意しかけていた思考が宙に浮いたまま行き場を失う。
「――以上です」
上司の声が止まり。
「じゃ、次いこか」
その言葉を聞いたときに、これはもう会議の区切りだと理解した瞬間、それまで引き延ばされていた空気が一気に戻り、椅子の音も人の動きも急に速くなりすぎて、意識が追いつかない。
時計を見るとまだ四十分しか経っていないことが分かり、その数字と自分の体感が一致しないまま、周りの軽い会話だけが普通の速度で流れていく。
コーヒーの湯気が自然に揺れて、ほどけて消える。
この会議、体感で三日くらいやっている。
そう思いながらも、それを口に出すことが現実のほうを疑うことになる気がして何も言えず、ただ頷く。
席を立とうとしたとき、ふと気づく。
机の端にあったはずのペンは、まだ落ちきっていなかった。
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