【連作掌編】『バイバイ』 第一話 バーベキュー
第一話「バーベキュー」 作:MMPP.K
『今度の休みの日、バーベキュー行きませんか?』
何気なく送ったつもりだった。
画面を閉じて、特に返事を待っていたわけでもない。
それでも、数分後にスマホが震えた。
『行く行く』
短い文字のあとに、焼き肉の絵文字がひとつ。
なんとなく、それが嬉しかった。
当日は朝から曇っていた。
天気予報では晴れだったはずなのに、空は少しだけ機嫌が悪そうだった。
保冷バッグを開けて、肉を詰める。
昨日の夜に切った玉ねぎの匂いが、まだ手に残っている気がした。
何度か手を洗っても、完全には取れない。
スマホが震えたのは、その時だった。
画面を見た瞬間、少しだけ動きが止まる。
『ごめん。熱出た』
そのあとに、
『本当にごめん』
と続いていた。
しばらく返事が返せなかった。
理由があったわけじゃない。
ただ、返した瞬間に何かが確定する気がした。
キッチンの時計の音がやけに大きい。
いつもは気にもしない秒針が、今日は妙に律儀に進んでいる。
冷蔵庫を開けて、閉じる。
何も変わらない。
「まぁ、しゃあないか」
誰に言うでもなく呟いた。
本当に体調不良なら仕方がない。
仕方がない、という言葉はこういう時のためにある気がする。
結局、そのまま友達と集まることにした。
予定通りと言えば予定通りだし、少し違うと言えば少し違う。
肉は減らなかったが、人数は増えた。
笑い声は思ったより普通だった。
焼きすぎた肉を誰かが笑いながら食べている。
そういう時間は、それなりに成立する。
成立してしまうのが、少しだけ不思議だった。
帰り道、空はもう暗かった。
スーパーの袋の中に、使わなかった食材がまだ残っている。
玉ねぎ、ピーマン、少しだけ余った肉。
冷蔵庫に入れながら、これを明日どうするか考える。
答えは出ないまま、扉を閉めた。
夜になって、スマホが震えた。
『埋め合わせするね』
そのあと少し間が空いて、
『来月観たいって言ってた映画、一緒に行かない?』
と続いていた。
覚えていたのか、たまたまなのかは分からない。
でも、その一文は妙に自然だった。
『行く』
慌てて、それだけ返した。
深く考える前に送った気がする。
送信してから少しだけ、画面を見つめる。
返事はすぐに来た。
『やった』
それだけだった。
その夜はそれで終わった。
特別な会話はなかった。
でも、何も問題もなかった。
たぶん。
スマホを置いて、天井を見る。
今日は何かがあったような、何もなかったような一日だった。
その境界が少しだけ曖昧なまま、眠気が来る。
明日になれば、たぶん普通に戻る。
そう思いながら、目を閉じた。
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