iPhone 17 Pro を裸で使い続けたい Apple 信者の最終結論
前回の note で「Apple 信者が考える iPhone ケースって必要ですか?問題」という記事を書いた。あれから数ヶ月、iPhone 17 Pro を手に入れた。そして、38年間 Apple 製品を使い続けてきた人間として、初めて本気で悩んでいる。
Steve Jobs が自慢げに掲げた iPhone を思い出す
2007年、Steve Jobs が初代 iPhone を発表したとき、彼はあの小さな長方形を高く掲げて、まるで自分の子どもを見せるかのように誇らしげだった。あの頃の iPhone は、背面がツルリとした一枚のアルミニウムとガラスで、そこにはカメラの出っ張りなんてものは存在しなかった。
Jobs はいつも「デザインとは、どう見えるかではなく、どう機能するかだ」と言っていた。iPhone の背面は、手に持ったときの感触、ポケットに滑り込むときの気持ちよさ、机に置いたときの安定感。すべてが計算されていた。
iPhone 17 Pro を手にして最初に思ったのは「このカメラモジュール、デカくなったな」ということだった。iPhone 17 世代からカメラ周りのデザインが大きく変わって、背面の存在感がかなり増した。裸で机に置くとカメラ部分が干渉してカタカタする。これは気になる。
Jobs が今のこの iPhone を見たらどう思うだろうか。カメラの性能を追求した結果、背面の美しさが犠牲になっている。いや、Apple のデザインチームだってそのことはわかっているはずだ。わかっていて、それでもカメラ性能を優先した。それはそれで正しい判断だと思う。だが、裸族としては困る。

ケースをつけたくない理由は変わっていない
9月の恒例行事。Apple の新しい iPhone が出たら買う。これはもう条件反射みたいなもので、1988年に Macintosh Plus を手に入れて以来、この会社の製品を買わないという選択肢は私にはない。
だが、ケースは付けたくない。前回も書いたが、人類が苦労してせっかく小さく作ったものにカバーをつけて大きくしてしまうことは悪だ。この信念は変わっていない。
とはいえ、世の中の大半の人はケースを使っている。電車の中で周りを見渡せば、iPhone を裸で使っている人は本当に少ない。
ただ、最近面白いのは、クリアケースがすごく売れていること。透明なケースの中にステッカーを挟んだり、推しの写真を入れたりするのが流行っていて、つまりは「ケースは付けたいけど、iPhone 本体のデザインは見せたい」ということだ。みんな心のどこかでは、Apple が作った美しいデザインを隠したくないと思っている。
でもケースを付けると、どうしても手に持った時のサイズ感が大きくなる。どんなに薄いケースでも、iPhone 本来の横幅やグリップ感は変わってしまう。これがケースの宿命的なデメリットだ。
21万円もする iPhone 17 Pro を完全に裸で持ち歩くのは、さすがに心臓に悪い。とくにあのカメラモジュールが机でカタカタする感じは、精神衛生上よろしくない。しかし、ケースで iPhone のシルエットを太らせるのは、それ以上に耐えられない。

「側面を覆わない」という思想
この矛盾を解決してくれるのが「バックパネル」という考え方だ。
iPhone の背面だけを覆い、側面は一切カバーしない。ケースと呼ぶのもはばかられるような、極めてミニマルなプロダクト。
これの何がいいかというと、iPhone の側面を素手で触れるということだ。
iPhone の側面には Apple のエンジニアが計算し尽くしたカーブがある。指の引っかかり、持ったときのバランス、ボタンを押したときの触感。ケースはそのすべてを覆い隠してしまう。バックパネルは、その体験を殺さない。背面のカメラモジュールだけを守りながら、Apple が設計したグリップ感をそのまま手に残してくれる。

この「必要なところだけ守る」という設計思想が、ものすごく Apple 的だと感じている。Apple は昔から「やらないことを決める」会社だ。Mac mini M4 のポートが最小限なのも、Magic Mouse の底面にしか充電ポートがないのも、すべて「余計なものを足さない」という美学から来ている。好き嫌いはあるが、その一貫した姿勢には敬意を払っている。

バックパネルも同じだ。「全面を守る」のではなく、「守るべきところだけを守る」。引き算のデザイン。そこに共感した。
PhoneBack との2年間
私は iPhone 14 Pro の時から、シアトルの Süti というブランドが作る PhoneBack を使っている。もう2年以上の付き合いだ。
初めて手にしたときのことは今でも覚えている。iPhone の背面にかざすと、MagSafe の磁石に引かれてスッと寄っていき、カメラモジュールを抱え込む形状に「カチリ」とはまる。この感触がたまらなかった。
接着剤もテープも一切使わない。PerfectLock と呼ばれる独自のネオジム磁石アレイだけで固定する。この「磁石だけで完結している」という潔さが好きだ。余計な補助手段に頼らない。ここにも引き算の思想がある。
2年使って思うのは、この製品は「慣れる」のではなく「忘れる」ものだということだ。つけていることを忘れる。iPhone を手に取ったとき、ポケットに入れるとき、MagSafe の充電器に載せるとき、PhoneBack の存在を意識することがほとんどない。これは最高の褒め言葉だと思っている。
Jobs は「デザインとは、どう機能するかだ」とがかつて言ったことがあるが、PhoneBack はまさにそれを体現している。見た目のためではなく、裸で使いたいという欲求と、背面を守りたいという現実を、最小限の手段で両立させている。
iPhone 17 Pro では NanoLeather の Raven Black を選んだ。ヴィーガンレザーの落ち着いた質感で、iPhone 17 Pro のアルミニウムフレームとの相性がとてもいい。


カリフォルニアの NOMAD も検討した
公平を期すために書いておくと、バックパネルの選択肢はもうひとつある。カリフォルニアの NOMAD が作る Magnetic Leather Back だ。Horween レザーの質感は確かに魅力的で、革のエイジングが楽しめるという点では PhoneBack にはない良さがある。
ただ、個人的に引っかかったのは固定方式だ。NOMAD は MagSafe の磁石だけでは固定が不十分なので、マイクロサクションという吸着パッドを併用している。磁石で付けるという美しいコンセプトなのに、補助手段に頼らなければならないのは、設計としてどこか中途半端に感じてしまった。
海外のレビューを読んでみても、ポケットから出す時にパネルがズレた、しっかり押し付けないとフラットにならない、吸着力が落ちたら湿った布で拭いて復活させる必要がある、といった声が出ていた。
磁石だけで完結する PhoneBack と比べると、私の「余計なものを足さない」という好みには合わなかった。ただ、Horween レザーの経年変化を楽しみたい人には NOMAD のほうが向いているかもしれない。ここは好みの問題だ。
日本でも買えるようになった
前回のケース記事で「日本への送料が13,000円以上もする」と嘆いたが、その後 PhoneBack は日本でも正式に購入できるようになった。TokyoTool と MP2L のオンラインストアで、¥7,920〜¥9,460(税込、材質により異なる)で買える。送料の壁がなくなったのは本当にありがたい。

38年目の結論
1988年に Macintosh Plus を買ってから、Apple の製品をケースやカバーで覆いたいと思ったことは一度もない。Macintosh Plus のベージュのボディも、iMac G4 のドーム型の佇まいも、Mac mini M4 の小さなアルミの塊も、すべてそのままの姿が一番美しい。
iPhone だって同じだ。カメラモジュールが大きくなっても、チタニウムフレームの手触りが変わっても、Apple が「こうあるべきだ」と考えて作ったその姿を、できるだけそのまま使いたい。
バックパネルは、その願いを叶えてくれる最小限の妥協点だ。
背面だけ守る。側面は触れる。ポケットに入れるときの感触は変わらない。それでいて、机に置いたときのカタカタからは解放される。
iPhone を裸で使いたいすべての人に、この選択肢があることを伝えたい。


Steve Jobs ならたぶんこのバックパネルなら許してくれるんじゃないかな?

