二人で、もう一度
【はじめに】
この話は、「私はわがままに生きる」の続きです。
自分の足で生きていくと決めてから、初めて彼に会いに行きました。
以前の私は、ただ守られることでしか自分の居場所を見つけられませんでした。
けれど今は、誰かのためではなく、自分の意志で彼の隣に立ちたいと思っています。
戻るのではなく、新しく出会い直す。
そんな私たちの、再会の記録です。
『近いうちに帰ります。』
たった一文を送信して、肺の空気をすべて吐き出すように深く呼吸した。
「会いたい」とも「寂しい」とも書かなかった。言葉を削ったのは、今回の帰郷が、誰かに縋るためではなく、自分の意志で決めたことだからだ。
返信は、すぐに来た。
『分かった』
少しの間があって、
『迎え行く。日にち教えて』
それだけ。けれど、その飾り気のなさが、今の私にはひどく心強かった。
縛られていない。けれど、待たれている。その距離が、今は心地いい。
祖父母の家を出る朝、胸のうちは驚くほど静かだった。
この家で過ごした時間、私はよく笑い、よく食べ、よく喋った。母の前で消していた感情は、枯れてなどいなかった。
私は、もともと、こうだったのだ。
飛行機の中で思う。
これは、以前の場所へ「戻る」旅じゃない。
私はこれから、彼を、そして彼との未来を、自分の足で「選びに行く」のだ。
到着ロビー。
人混みの中で、彼はすぐに見つかった。
かつて、壊れかけていた私を命懸けで救い出してくれたとき、彼は私に「命」をくれた。けれど、愛情を行動でしか示せない不器用な彼は、私が壊れないようにと触れるのをやめた。その沈黙が、私を追い詰めるとも知らずに。
「今度こそ、お前の隣にちゃんと立てるように頑張るから」
あの日、背中に投げかけられた言葉を思い出す。
そこに立っている彼は、どこか少し疲れていて、けれど逃げない目で真っ直ぐにこちらを見据えていた。
私は、自分の足で歩く。
一歩踏み出すたびに、地面の固さが靴の裏を通して伝わってくる。
「ただいま」
「……おかえり」
短い沈黙。空港の喧騒が、遠くの波音のように聞こえる。
彼が先に、口を開いた。
「向こうでさ、何考えてた?」
真正面からの問いに、少しだけ目を見開いた。
口下手な彼が、私の心に踏み込んでくる。
「……思い出してた。私、結構うるさいし、よく笑うんだなってこと」
私が言うと、彼がふっと、小さく肩を揺らして笑った。
「知ってる。じいちゃんばあちゃんの話をする時だけ、顔が全然違ったから。……俺、それを見てるのが好きだったんだ」
胸の奥が、温かく痛む。
見ていたんだ。私が自分を殺して笑っていた時も、彼は私の本当の姿を、ちゃんと見つけてく
れていた。
彼は一度視線を落とし、言葉を探すようにしてから、再び私を見た。
「俺さ……前は、お前がそばにいてくれるなら、理由はなんだっていいと思ってた。必要としてくれるなら、それでいいって。でも、それはお前をまた動けなくさせることだったんだな」
心臓が、静かに波打つ。
「俺も、お前に人間にしてもらったんだ。だから今は、お前が自分の意志で選んで、笑ってる隣にいたい。そのためなら、俺も変わるよ」
救う側と救われる側、ではなく。
彼は、もう一度私と出会い直そうとしている。
「今回ね」
私は、はっきりとした声で言った。
「ただいま、って帰るだけじゃなくて、自分からあなたに会いに行こう、って決めて来たんだよ」
彼がゆっくりと頷く。
「……そっか。それ、すごく嬉しい」
言葉の重みを確かめるようなその間に、彼の誠実さを感じた。
私は一歩、彼に近づく。
「これからは、どっちかが無理するんじゃなくて。二人で、同じ速さで歩いていこう?」
彼が私の手を包み込むように握る。
「……ああ。無理に合わせなくていい。俺も、無理に引っ張ったりしない。ちゃんと隣で歩くから」
抱きしめられた。
そこには、遠慮も、渇望もない。
ただ、体温と鼓動が重なり合う、確かな重みがあった。
少し体を離して、彼が真面目な顔で私を見つめる。
「なあ」
「……うん」
「俺と、もう一回結婚してくれ。……俺の嫁さん、ずっと引き受けてほしいんだ」
一回目の結婚は、助けてほしかったから。
でも、今は違う。
私は、彼の胸にわざと頭を「ゴン」と預けて、吹き出すように言った。
「……バカだなあ。私はずっと、これからも、あなたのお嫁さんだよ」
驚いて固まる彼を見上げて、私は一気に言葉を続ける。
「勝手に独り身に戻さないで。助けてもらったから一緒にいるんじゃないの。完璧なあなたじゃなくてもいい。ダメなところも、情けないところも、全部ひっくるめて私はあなたを愛してるの。」
私は、彼のシャツをぎゅっと握ったまま、彼を真っ直ぐに見つめた。
今度は、計算も強がりも全部捨てて。
「……っていうか。私、あなたじゃないと、やだ」
不器用で、ややこしくて、面倒くさい人。
そんな人を扱えるのは私しかいないし、私のわがままを全部受け止められるのも、あなたしかいない。
「他の人なんて、絶対無理。あなたがいい。……それくらい、わがままになっちゃったんだよ」
彼が、一瞬だけ驚いたように目を見開いて、それから泣きそうなのを堪えるみたいに、愛おしそうに私を見つめた。
「それでも、もう一回言いたいなら。……ちゃんと、『お願いします』って言って?」
数秒の沈黙。
不器用な彼が、やっと私の「わがまま」に気づいた。
次の瞬間。
「ははははは!」
ロビーに響き渡るような、大きな笑い声。
「お前さぁ……!」
目尻に涙を浮かべながら、彼は腹を抱えて笑っている。
「そこでそれ言う? 俺、めちゃくちゃ真面目に決めてきたんだけど!」
「知ってる。だから言ったの」
彼はまだ笑っていたけれど、やがて深く息を吐いて、私を真っ直ぐに見つめた。
笑みが消えて、私を一生愛そうとする、一人の男の顔になった。
「……お願いします」
低くて、まっすぐな声。
「俺と、これからも、何回でも更新してください」
私は、胸を張って頷いた。
「はい!」
今度は、強く抱きしめられた。
もう、苦しくない。ただ、温かくて安心する重み。
私は、助けてもらったから一緒にいるんじゃない。
私が、あなたを選んだから、ここにいる。
顔を上げて、笑っている彼の首に腕を回す。
今の私なら、心の底から、何の計算もなく言える。
「大好き!」
叫ぶように言うと、彼はまた少し驚いた顔をして、そのあと、最高に優しく笑ってくれた。
【完】
【後書き】
一度誓えば終わり、という関係ではなく、毎日「やっぱりこの人がいい」と選び直していける。そんな二人でいたいな、と思っています。
自分の気持ちに嘘をつかない「わがまま」は、大切な人を、もっともっと大切にするための勇気でした。
これから何度も、私たちは新しくなっていきます。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
