【第2章 第2話】 穏やかな嘘~触れられたのに、届かない想い~
【はじめに】
この物語は、第2章 第1話「『それでもいいよ』彼の優しさが、私を壊しそうになる」の続きです。
▼第1話はこちら
【この話について】
第2話「穏やかな嘘」は、前半が彼女視点、後半が彼視点で描かれています。
なぜなら、この話には「二つの嘘」があるから
彼女の「大丈夫」という嘘。
彼の「それでもいい」という嘘。
お互いに相手を思っての、穏やかな嘘。
でも、その嘘が二人を壊していく。
前半で彼女の嘘を。
後半で彼の嘘を。
それぞれの視点から、描いていきます。
かなりの長文になりますが、よければお付き合いください。
前半:彼女視点
「大丈夫?」
彼が、心配そうに聞いてくる。
「大丈夫だよ」
私は、笑顔で答える。
これで、何度目だろう。
今日だけで、もう3回目。
「大丈夫?」
「大丈夫だよ」
このやり取り。
何度も、何度も。
本当は、大丈夫じゃない。
でも、言えない。
カフェで
彼と、カフェにいる。
向かい合って、座っている。
コーヒーカップを、両手で持つ。
うん、温かい。
でも、心は温まらない。
「さっきから、元気ないけど」
彼が、また聞いてくる。
「そう?大丈夫だよ」
笑顔を作る。
口角を上げる。
目を、少し細める。
完璧な笑顔。
これは母の前で、何度も練習した笑顔。
「機嫌悪いの?」
そう言われないための笑顔。
「何か不満があるの?」
そう言われないための笑顔。
彼が、私の顔を覗き込む。
「本当に?」
「うん、本当」
また、笑う。
彼は、少し困ったような顔をした。
でも、それ以上聞かなかった。
ホッとした。
でも同時に。
少し、寂しかった。
記憶
「大丈夫?」
その言葉を聞くたび。
母の声が、頭をよぎる。
小学生の頃。
転んで、膝を擦りむいた。
泣きながら帰った。
「お母さん、痛い…」
母は、冷たく言った。
「血が出てるんだから痛いに決まってるでしょ」
「泣かないの、みっともない」
中学生の頃。
テストで悪い点を取った。
怖くて、言えなかった。
でも、バレた。
「本当に頭が悪いわね」
「こんな点数で」
高校生の頃。
友達に裏切られて、泣いた。
母に相談した。
「本当なの、それ?」
「あなたに問題があるんじゃないの?」
いつも、そうだった。
私が何かを話すと。
否定される。
突き放される。
だから、学んだ。
「大丈夫」と言っておけば。
それ以上、聞かれない。
それ以上、否定されない。
道を歩きながら
カフェを出て、道を歩く。
彼の隣を、歩いている。
でも、手は繋いでいない。
明るい場所では、繋がない。
それが、暗黙のルールだった。
前から、カップルが歩いてくる。
手を繋いで。
笑いながら、話している。
羨ましいな。
私たちも、ああなりたい。
でも、できない。
「疲れてない?」
彼が、また聞いてくる。
「大丈夫」
即答する。
もう、慣れた。
考える間もなく。
反射的に、答える。
彼が、少し眉を寄せた。
何か、言いたそうだったけど。
でも、何も言わなかった。
私は、ホッとした。
これ以上、聞かれたくない。
これ以上、嘘をつきたくない。
でも、本当のことも言えない。
家に帰って
家に帰って
すぐに、ベッドに倒れこんだ。
疲れたな。
笑顔を作り続けるのに。
「大丈夫」と言い続けるのに。
でも、やめられない。
だって本当のことを言ったら。
彼は、どう思うだろう。
「そんなに無理してたの?」
「なんで言ってくれなかったの?」
そう言われるのが、怖い。
母に、何度も言われた。
「なんで早く言わないの」
「後から言われても困る」
だから、言えない。
「大丈夫」と言い続けるしかない。
それが、一番楽。
それが、一番安全。
でも。
彼を、騙してる気がする。
罪悪感が、重くのしかかる。
母からの電話
スマホが、鳴った。
母からだった。
反射的に心臓が、ドクッとした。
出たくない。
でも、出ないともっと怒られる。
「もしもし」
「ああ、やっと出た」
母の声。
いつもの、不機嫌そうな声。
「今日、彼と会ってたの?」
「うん」
「そう。でも、あんまり期待しない方がいいわよ」
「…え?」
どういう、意味?
「だって、あなたみたいな子」
「いつまで相手してくれるかわからないじゃない」
胸が、ギュッと締め付けられた。
「そんなことない」
そう。彼はそんな人じゃない。
「あら、そう思ってるの?」
「触れることもまともにできないのに?」
「…」
「まあ、頑張りなさいね」
電話が、切れた。
手が、震えていた。
涙が、出そうになった。
でも、我慢した。
泣いたら、負けだから。
母の言う通りになったら、負けだから。
でも。
頭の中で、何度も響く。
「いつまで相手してくれるか」
「あなたみたいな子」
そうだ。
私みたいな子。
触れることもできない子。
いつまで、彼は待ってくれるんだろう。
いつか、呆れられるんじゃないか。
その恐怖が、押し寄せてきた。
次のデート
デートの日。
彼が、笑いかけてくる。
「今日、どこ行く?」
「…どこでもいいよ」
声が、小さい。
彼が、心配そうに私を見る。
「本当に、大丈夫?」
また、聞かれた。
「大丈…」
言葉が、出なかった。
喉が、詰まったみたいに。
「大丈夫」が、言えない。
彼が、心配そうに私を見ている。
答えなきゃ。
笑わなきゃ。
でも、できない。
顔が、こわばったまま動かない。
涙が、溢れそうになった。
ダメだ。
泣いたら、ダメなのに。
「ごめん、ちょっと…」
「ごめん、トイレ…」
私は、逃げた。
トイレで
個室に入って。
鍵をかけた。
涙が、止まらなかった。
もう、限界だった。
「大丈夫」と言い続けるのに。
笑顔を作り続けるのに。
もう、疲れた。
でも、本当のことは言えない。
言ったら、彼を困らせる。
言ったら、彼に嫌われる。
母に、何度も言われた。
「あなたは面倒くさい子ね」
「そんなんじゃ、誰も相手にしてくれないわよ」
だから、我慢する。
笑顔でいる。
「大丈夫」と言い続ける。
でも、もう限界だった。
後半:彼視点
「大丈夫?」
俺は、また聞いていた。
今日で、何度目だろう。
彼女は、いつも答える。
「大丈夫だよ」
笑顔で。
でも。
その笑顔が、どこか作り物に見える。
目が、笑っていない。
口だけ、笑っている。
そんな感じだ。
違和感がある。
でも、何が違うのか。
わからなかった。
カフェで
カフェで、彼女と向かい合っている。
テーブルを挟んで。
手を伸ばせば届く距離なのに。
でも、遠い。
彼女は、コーヒーカップを両手で持っている。
その手に、触れたい。
指先だけでもいい。
触れたい。
でも、我慢する。
怖がらせたくないから。
「美味しい?」
「うん、美味しい」
彼女が、小さく笑う。
可愛い。
その笑顔を、もっと近くで見たい。
隣に座りたい。
肩が触れるくらい近くに。
でも、できない。
彼女は、距離が必要だから。
俺は、我慢する。
「それでいい」と、自分に言い聞かせた。
でも、本当は。
全然、それでよくない。
道を歩く時
カフェを出て、街を歩く。
隣に、彼女がいる。
でも、手は繋いでいない。
手を繋ぐのは、彼女の家まで送る時だけ。
それが、暗黙のルール。
明るい場所では、繋がない。
人が多い場所では、繋がない。
彼女が、緊張するから。
前から、カップルが歩いてくる。
手を繋いで。
女性が、男性の腕に寄りかかって。
笑いながら、話している。
羨ましい
俺たちも、ああなりたい。
手を繋いで。
腕を組んで。
当たり前みたいに。
でも、できない。
彼女には、時間が必要だから。
俺は、我慢する。
「ゆっくりでいい」
そう、自分に言い聞かせる。
でも、本当は。
もう、ゆっくりは嫌だ。
早く、もっと近づきたい。
その気持ちを、隠している。
彼女の家まで
彼女の家まで、送る。
暗い道。
人が少ない道。
ここでなら、手を繋げる。
「手、いい?」
そう聞くと、
彼女が、小さく頷く。
手を、繋ぐ。
温かい。
この感触が、たまらなく愛おしい。
でも、これだけだ。
手を繋ぐだけ。
それ以上は、できない。
本当は、抱きしめたい。
でも、できない。
彼女が、怖がるから。
だから、我慢する。
手を繋ぐだけで。
「ありがとう、今日も楽しかった」
彼女が、笑う。
「こちらこそ」
俺も、笑う。
でも、心の中では。
叫んでいた。
もっと触れたい。
もっと近くにいたい。
この気持ちを、隠している。
友人との飲み
友人と、居酒屋にいた。
「最近、どうよ?彼女と」
「まあ…」
曖昧に答えた。
「まあ、って何だよ」
友人が呆れたように笑う。
「いや、別に」
友人が、俺の顔を覗き込む。
「お前、絶対何かあるだろ」
「…」
「言えよ。」
俺は、ため息をついた。
「正直、しんどい」
やっと、言えた。
「やっぱりな」
友人が、ビールを飲んだ。
「彼女、まだ触れられないんだろ?」
「…うん」
「で、お前はずっと待ってる」
「そう」
「で、いつまで待つの?」
「…わからない」
他のカップルの話
「この前、田中がさ」
友人が、言った。
「彼女とディズニー行ったんだって」
「へえ」
「で、パレード見てる時」
「後ろから抱きしめたらしい」
「そしたら、彼女すごく喜んでさ」
「いいなあ、って思った」
俺も、そう思った。
羨ましい。
「お前は、そういうのできないもんな」
「…うん」
「辛くね?」
「辛いよ」
素直に答えた。
「みんな、当たり前にやってることが」
「俺たちにはできない」
「手を繋ぐのも、一苦労」
「ハグなんて、夢のまた夢」
「キスは、いつになるかわからない」
「それ以上のことは…」
言葉が、詰まった。
「正直、羨ましいよ」
「みんなが、羨ましい」
「普通に、恋愛できる人たちが」
友人が、黙って聞いている。
「俺、欲張りなのかな」
「触れたいとか、抱きしめたいとか」
「そう思うことが」
「いや、普通だろ」
友人が、言った。
「むしろ、それを我慢してるお前が異常」
聖人じゃない
「お前さ」
友人が、真剣な顔で言った。
「聖人君子じゃないんだから」
「…わかってる」
「お前も男だろ?」
「…」
「触れたいと思うの、普通だぞ」
「わかってるよ」
声が、少し強くなった。
「わかってるよ、そんなこと」
「じゃあ、ちゃんと言えよ」
「言ったら、彼女が…」
「怖がる?」
「…うん」
「でも、お前はどうなんだ」
友人が、続ける。
「お前の気持ちは?」
「我慢できるのか?」
「…」
答えられなかった。
「正直に言えよ」
「…辛い」
「だろうな」
「めちゃくちゃ、辛い」
やっと、本音が出た。
「触れたいよ」
「抱きしめたいし」
「キスもしたい」
「それ以上のことも、したい」
「俺、普通の男だから」
「当たり前だろ」
友人が、頷いた。
「でも、できない」
「彼女が、怖がるから」
「それで、お前が壊れたらどうすんだよ」
「…壊れないよ」
「本当に?」
「…」
わからなかった。
最近の様子
「お前、最近元気ないぞ」
「そう?」
「ああ。顔も疲れてる」
「我慢しすぎなんじゃないの?」
「…かもな」
認めたくなかったけど。
認めざるを得なかった。
「この前、鈴木とも話したんだけど」
「お前、最近ヤバいって」
「何が?」
「表情が、死んでる」
「…そうかな」
「ああ」
友人が、続ける。
「前は、彼女の話する時は」
「嬉しそうだったのに」
「最近、しんどそうなんだよ」
「…」
図星だった。
限界
「俺さ」
俺は、グラスを見つめながら言った。
「時々、思うんだ」
「何を?」
友人がこっちを見る。
「いつまで、これが続くのかって」
「…」
「手を繋げるようになった」
「それは、すごく嬉しかったよ」
「でも、それだけ」
「それだけで、何ヶ月もかかった」
「次は、ハグ?」
「それも、何ヶ月もかかるのかな」
「その次は、キス?」
「それも、何ヶ月も?」
「そう考えると…」
「しんどくなる」
友人が、黙って聞いている。
「彼女のこと、好きだよ」
「愛してる」
「でも…」
「でも、俺も人間なんだ」
「我慢にも、限界がある」
その言葉が、自分でも怖かった。
「我慢の限界なんじゃないの?」
ずっと黙って聞いていた友人が口を開く。
「…かもな」
やっと、認めた。
「もう、限界かもしれない」
「触れたい」
「抱きしめたい」
「キスしたい」
「セックスもしたい」
「全部、したい」
「でも、できない」
「それが、しんどい」
「毎日、しんどい」
「彼女を見るたび、触れたくなる」
「でも、我慢する」
「それの繰り返し」
「もう、疲れた」
言ってしまった。
友人が、深刻な顔をしている。
友人のアドバイス
「それ、彼女に言ったことあるのか?」
「ない」
「なんで?」
「言えないよ」
「言ったら、彼女を追い詰めることになる」
「でも、お前も追い詰められてるじゃん」
「…」
「どっちが大事なんだよ」
「彼女を守ることか」
「自分を守ることか」
答えられなかった。
どっちも、大事だった。
でも、どっちも選べなかった。
「お前、いつか爆発すんぞ」
友人が、心配そうに言った。
「大丈夫だよ」
「大丈夫じゃないだろ」
「…」
「このままじゃ、本当にヤバいぞ」
「ちゃんと、話し合え」
「それ、彼女に言った方がいいぞ」
そうなのかもしれない、でも。
「言えないよ」
「なんで?」
「だって、彼女が傷つく」
「お前も傷ついてるだろ」
「…」
「どっちが傷ついてもダメなんだよ」
「ちゃんと、話し合え」
話し合う。
それができたら、苦労してない。
でも、もう限界だった。
このままじゃ、本当に爆発する。
そう、感じていた。
「自分を大事にしろよ」
友人が、言った。
「我慢しすぎて、お前が壊れたら」
「彼女も、もっと傷つくぞ」
その言葉が、ずっと心に残った。
一人で
店を出て。
一人で、歩いた。
友人の言葉が、頭の中で回っている。
「お前も人間なんだから」
「我慢にも、限界がある」
「いつか爆発するぞ」
そうだ。
俺も、人間だ。
聖人君子じゃない。
触れたい。
抱きしめたい。
キスしたい。
全部、したい。
それが、普通なんだ。
でも、彼女は怖がる。
だから、我慢する。
いつまで?
わからない。
ただ、もう限界が近い。
それだけは、確かだった。
一人の夜
家に帰って。
一人になった。
ソファに座る。
彼女がいた場所。
まだ、温もりが残ってる気がする。
そんなわけないのに。
触れたい。
抱きしめたい。
髪に触れたい。
頬に触れたい。
唇に触れたい。
その欲求が、抑えきれなくなる。
でも、ダメだ。
彼女を、怖がらせたくない。
彼女のペースで。
ゆっくりと。
でも、いつまで?
いつまで、我慢すればいいんだろう。
1年?
2年?
それとも、もっと?
答えが、出ない。
ただ、苦しい。
この気持ちを、誰にも言えない。
彼女にも、言えない。
俺は、笑顔で言う。
「それでもいいよ」って。
「ゆっくりでいいよ」って。
でも、本当は
全然、よくない。
早く、触れたい。
早く、抱きしめたい。
これも、嘘。
穏やかな嘘。
彼女を守るための、嘘。
でも、この嘘が。
俺を、壊していく。
次のデート
デートの日。
彼女と会う。
「今日、どこ行く?」
俺が聞いた。
「…どこでもいいよ」
小さな声。
元気がない。
「本当に、大丈夫?」
また、聞いてしまった。
彼女が、俺を見た。
「大丈…」
言葉が、途切れた。
彼女の目に、涙が浮かんでいる。
「ごめん、ちょっと…」
「ごめん、トイレ…」
彼女は、走って行った。
残された俺は。
ただ、立ち尽くしていた。
俺が、追い詰めてしまった。
「大丈夫?」と聞きすぎた。
でも、心配だった。
彼女が、無理してるのがわかったから。
でも、俺も無理してる。
「それでもいいよ」と言いながら。
本当は、限界が近い。
触れたい。
抱きしめたい。
その欲求が、抑えきれなくなってきている。
でも、言えない。
言ったら、彼女を傷つける。
お互いに、嘘をついている。
彼女は、「大丈夫」という嘘。
俺は、「それでもいい」という嘘。
穏やかな嘘。
二人を守るための、嘘。
でも、この嘘が。
二人を、壊していく。
トイレから、なかなか戻ってこない。
心配だけど。
でも、追いかけていいのか。
わからない。
俺は、ダメな彼氏だな。
彼女を、泣かせてしまった。
我慢させてしまった。
でも、俺も我慢してる。
触れたい気持ちを。
抱きしめたい気持ちを。
全部、我慢してる。
でも、もう限界かもしれない。
この嘘を、いつまで続けられるんだろう。
ただ、確実に。
俺たちを、壊していくということだけは
理解できた。
【第2話 完】
次回予告:第3話「彼の様子がおかしい夜」
彼が、いつもと違った。
笑顔なのに、寂しそうだった。
「なんでもないよ」
そう言いながら、私の髪を撫でた。
その仕草が、どうしようもなく胸に刺さった。
そして、彼は聞いた。
「家、くる?」
私は、答えられなかった。
あとがき
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
第2話「穏やかな嘘」、いかがでしたか?
この話には、二つの嘘があります。
彼女の嘘:「大丈夫」
本当は大丈夫じゃない。
でも、母親からのトラウマで、本音が言えない。
彼の嘘:「それでもいい」
本当はよくない。
触れたい、抱きしめたい。
でも、彼女を怖がらせたくないから、我慢している。
お互いに、相手を思っての嘘。
でも、その嘘が。
二人の距離を作っていく。
次回、第3話「彼の様子がおかしい夜」では、
ついに彼の我慢が限界に達します。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
触れられない恋に悩む人へ。
このnoteが、あなたの心に信じる勇気を灯せたら嬉しいです。
