【第2章 第1話】「それでもいいよ」彼の優しさが、私を壊しそうになる~触れられたのに、届かない想い~
この物語は、第1章「触れられない恋から、愛を知るまで」の続きです。
触れられることが怖い彼女と、
優しく待ってくれる彼の物語。
「やっぱりね」と言われた夜から、
再会するまでの、切ない恋の始まり。
「また、部屋に来てくれる?」
彼からのメッセージを見た瞬間、
心臓が跳ねた。
画面を見つめたまま、動けなくなった。
嬉しかった。
でも、同時に怖かった。
私には、壁がある。
自分を守るための、見えない壁。
触れられないように。
傷つかないように。
否定されないように。
ずっと、この壁の中にいた。
でも。
彼は、その壁に触れてくる。
優しく。
壊さないように。
でも、確実に。
その優しさが、怖い。
壁が、崩れそうになるから。
壁の向こうに出たら、私はどうなるんだろう。
守ってくれるものがなくなったら。
私は、壊れてしまうんじゃないか。
それが、怖かった。
あの夜のことが、フラッシュバックする。
震えていた私。
何も言えなかった私。
そして、彼の言葉。
「やっぱりね」
優しく笑っていたけど。
あの目は、寂しそうだった。
あれから、1ヶ月。
カフェで再会してから、少しずつ連絡を取り合うようになった。
最初は、「おはよう」だけ。
次第に、「今日、仕事どうだった?」という会話。
たわいもないやり取り。
でも、それが嬉しかった。
昨日は、彼が好きなコーヒー豆の話をしてくれた。
「今度、淹れてあげるよ」って。
その言葉が、今日の招待に繋がったんだと思う。
行きたい。
彼に会いたい。
隣にいたい。
あのコーヒーを飲みたい。
でも。
怖い。
また、あの夜みたいになったら。
「家くる?」って聞かれて。
震えて、何も答えられなくて。
また、失望させてしまったら。
スマホを握りしめたまま、ベッドに座っていた。
何度も返信を打っては消した。
「うん、行きたい」
→消去
「行ってもいい?」
→消去
「ありがとう、行くね」
→消去
たった数文字なのに。
送信ボタンを押すのに、10分もかかった。
最終的に送ったのは、
「うん、行く」
シンプルすぎる返事。
でも、精一杯だった。
彼の部屋に向かう電車の中。
窓に映る自分の顔を見た。
緊張で、こわばっている。
深呼吸を、何度もした。
でも、心臓は静まらない。
隣に座っているカップルが、目に入った。
手を繋いでいる。
女性が、笑いながら男性の肩に寄りかかっている。
男性が、優しく微笑んでいる。
普通の恋人たち。
私たちとは、違う。
彼は、こういう恋愛がしたかったんじゃないか。
手を繋ぐだけで何ヶ月もかかる、
そんな面倒な恋愛じゃなくて。
もっと、普通の。
そう思うと、降りたくなった。
今からでも、引き返そうか。
「体調が悪い」って、嘘をつこうか。
でも、それは逃げだ。
また、逃げるのか。
いつまで、逃げ続けるんだろう。
駅に着いた。
足が、重い。
でも、降りた。
大丈夫。
今日は、前と違う。
そう、自分に言い聞かせた。
マンションのエントランス。
オートロックの前で、立ち止まった。
また、深呼吸。
部屋番号を押す。
「もしもし」
彼の声が聞こえた瞬間、
少しだけ緊張がほどけた。
「着いたよ」
「今、開けるね」
エレベーターに乗る。
3階で降りる。
ドアの前に立つ。
心臓が、うるさい。
ドアが開いた。
「来てくれたんだ」
彼の笑顔が、目の前にあった。
優しい笑顔。
それを見た瞬間、
少しだけ安心した。
「コーヒー、淹れるね」
彼は、キッチンに向かった。
私は、ソファに座った。
端っこに、小さく。
クッションを抱きしめると、少し落ち着いた。
彼が、コーヒーを持ってきた。
「はい、どうぞ」
温かいマグカップ。
受け取って、両手で包む。
一口、飲んだ。
「美味しい」
本当に、美味しかった。
少し苦いけど、優しい味。
「よかった」
彼は、嬉しそうに笑った。
その笑顔が、眩しかった。
でも同時に、胸が痛んだ。
こんな優しい人なのに。
私は、何も返せていない。
コーヒーを淹れてくれる。
部屋に招いてくれる。
待っていてくれる。
全部、彼が与えてくれている。
私は、何をあげられているんだろう。
触れることもできない。
笑顔も、ぎこちない。
こんな私で、本当にいいのかな。
マグカップを握る手に、力が入った。
コーヒーを飲み終わって。
彼が聞いた。
「映画、見る?」
「うん」
彼は、いつものように距離を取って座った。
私とのあいだに、クッション2つ分くらいの距離。
画面が光る。
映画が始まる。
でも、全然内容が頭に入らなかった。
彼のことばかり、気になっていた。
横顔。
笑った時の声。
たまに画面を見て、相槌を打つ仕草。
全部が、愛おしかった。
どのくらい時間が経ったのか。
ふと、彼が私を見た。
「そんなに警戒しなくていいよ」
笑っていた。
でも、少し寂しそうだった。
私が、クッションを抱きしめて、
ソファの端で小さくなっていることに気づいたんだ。
「ごめん、怖くて……」
正直に言った。
本当は、もっと言いたかった。
「怖くないわけない」
「あなたのこと、好きなのに」
「それなのに、触れられない」
「こんな自分が、嫌い」
「変わりたいのに、変われない」
「ごめんなさい」
でも、そんな言葉は出てこなくて。
ただ、「怖くて」としか言えなかった。
彼は、少し間を置いて。
「うん、怖いよな」
そう言った。
その声が、優しかった。
否定しなかった。
「怖がらなくていいのに」とも言わなかった。
今まで。
否定ばかりされてきた、私の言葉を。
ただ、「怖いよな」って。
わかってくれた。
「でも、それでもいいよ」
その言葉が、続いた。
それでもいい。
怖がっている私を。
触れられない私を。
それでも、いいって。
その瞬間。
何かが、崩れた。
音は、しなかった。
でも、確かに。
私の中で、何かが崩れ落ちた。
壁が。
静かに。
でも、確実に。
気づいたら。
私の手が、動いていた。
クッションを置いて。
彼のほうに、少しだけ近づいて。
そっと、彼の手に触れた。
指先が、触れただけ。
でも、温かかった。
ドクン、と心臓が跳ねた。
彼は、驚いたように私を見た。
でも、すぐに優しい顔になって。
手を、握り返してくれた。
包み込むように。
大切なものを扱うように。
涙が、出そうになった。
触れられた。
触れることができた。
こんなに怖かったのに。
こんなに温かいなんて。
知らなかった。
「ごめんね」
私は、そう言った。
「何が?」
「こんなこともできなくて」
彼は、首を横に振った。
「謝らなくていい」
そして、ゆっくりとつぶやいた。
「俺は、君を抱きたいんじゃない」
「君と生きたいだけだよ」
その言葉が。
静かに、心の奥に落ちていった。
涙が、出そうになった。
でも、我慢した。
泣いたら、また心配させてしまう。
「ありがとう」
そう言うのが、精一杯だった。
彼は、何も言わずに。
ただ、私の手を握っていてくれた。
その日は、それだけだった。
手を繋いで。
映画を見て。
たわいもない話をして。
「そろそろ、送るね」
彼が、車で送ってくれた。
車の中で、私は彼の手をずっと握っていた。
離したくない。
この温もりを、手放したくない。
外の景色が流れていく。
でも、私は彼の手だけを見ていた。
大きな手。
私の手を、優しく包んでいる。
こんなに近くにいるのに。
まだ、信じられない。
私に、こんな幸せがあっていいのかな。
離すのが、怖かった。
離したら、また一人になってしまう気がした。
家に着いた。
「ありがとう」
「うん、また」
車を降りて、手を離した。
それだけで、胸が苦しくなった。
彼の手の温もりが、まだ残っていた。
部屋に戻って。
ベッドに倒れこんだ。
手を、見つめる。
さっきまで、彼が握っていた手。
まだ、温もりが残っている気がする。
触れられた。
触れることができた。
大きな一歩だった。
彼の優しさが、私を壊した。
私が築いてきた、全ての壁を。
でも。
それだけで、こんなに時間がかかった。
他の人なら、こんなに時間はかからない。
もっと、できる。
ハグも、キスも、それ以上も。
当たり前みたいに、できる。
でも、私は。
手を繋ぐだけで精一杯。
彼は、満足してるのかな。
本当は、我慢してるんじゃないか。
「手、繋げて嬉しかった」
さっき、メッセージが来た。
嬉しかった、って。
本当に?
手を繋ぐだけで、嬉しいの?
他のことは、したくないの?
そんなわけない。
きっと、我慢してる。
私のために。
傷つけないように。
怖がらせないように。
優しく、我慢してる。
それが、申し訳なくて。
涙が、溢れた。
手を繋げて、嬉しかった。
でも同時に。
これだけしかできない自分が、悔しかった。
彼に、何も返せていない自分が、情けなかった。
天井を、見つめる。
これから、どうなるんだろう。
次は、ハグ?
それとも、キス?
どのくらいかかるんだろう。
1年?
2年?
それまで、彼は待ってくれるのかな。
待たせていいのかな。
わからない。
何もかも、わからない。
ただ、彼が好きだということだけ。
それだけは、確かだった。
第1話・完
次回予告:第2話「穏やかな嘘」
「大丈夫?」
彼が、何度も聞いてくる。
「大丈夫だよ」
私は、笑顔で答える。
でも、本当は。
全然、大丈夫じゃなかった。
この物語は、第1章から続いています。
まだ読んでいない方は、ぜひ第1章から読んでみてください。
▼第1章はこちら
触れられない恋に悩む人へ。
このnoteが、あなたの心に信じる勇気を灯せたら嬉しいです。
