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【第2章 第3話】彼の様子がおかしい夜~触れられたのに、届かない想い~

【はじめに】


この物語は、第2章 第2話「穏やかな嘘」の続きです。

▼第2話はこちら



【この話について】


第3話「彼の様子がおかしい夜」は、彼女視点と彼視点を交互に描いています


同じ場面を、それぞれの視点から。


「ああ、あの時、彼はこう思っていたのか」


そう気づいた時、二人のすれ違いの深さが見えてきます。


お互いを思うからこその、沈黙。

傷つけたくないからこその、我慢。


でも、その優しさが、二人を壊していく。




待ち合わせ

彼女視点


駅前の待ち合わせ場所で、人混みの中を彼を探す。

いつもの場所に立っている彼を見つけて、手を振る。

彼も手を振り返してくれた。

笑顔。


でも、何か違う。
その違和感は、近づくほど強くなっていく。


「待った?」と聞くと、

「ううん、今来たところ」と彼はいつもの返事をする。

でも、その目はどこか遠くを見ている気がした。

目が笑っていない。

口は笑っているのに、瞳の奥に何か暗いものが見える。


指摘したい。

「どうしたの?」と聞きたい。


でも、できない。


トイレで泣いてしまったことが頭をよぎる。

また私が泣いたら、もっと彼を困らせてしまう。
また迷惑をかけてしまう。

だから、何も言えない。

気づかないふりをする。


それが、彼のためだと思った。





彼視点


駅前で彼女を待ちながら、人混みを見つめていた。

でも、何も見えていない。

頭の中は、今日のことでいっぱいだった。

「ちゃんと話さなきゃ」そう決めて家を出てきた。

友人に言われた言葉が、ずっと頭に響いている。


「いつか爆発するぞ」


彼女が来た。

手を振っている。

その姿を見るだけで、胸が苦しくなる。

可愛い。
愛おしい。

でも、同時に辛い。


笑顔を返す。



「待った?」と彼女が聞いてくる。

「ううん、今来たところ」と答える。

嘘だ。

本当は30分前から来ていた。

どう切り出すか、ずっと考えていた。

「しんどい」って、どう言えばいい?
「触れたい」って、どう伝えればいい?


何を言っても、彼女を傷つけてしまう気がする。

だから、今日も言えないかもしれない。

彼女の顔を見ると、優しくしてしまう。


それじゃダメなのに。




カフェ


 彼女視点


いつものカフェに入って、二人で座る。

メニューを見るけれど、文字が頭に入ってこない。


彼の様子が気になって仕方がない。


「何にする?」

彼が聞いてくる。

声が、いつもより硬い気がする。


いつもなら「これ美味しいよ」とか「新作のやつ試してみる?」とか、オススメを教えてくれるのに。

今日は、何も言わない。


ただ、メニューを見ているだけ。


「えっと…アイスコーヒー」

私が答える。

「俺も同じで」と彼。

注文を終えると、彼はスマホを取り出した。

画面を見ている。


私も自分のスマホを取り出す。

けれど、何を見ればいいのかわからない。


ただ、画面を見ているふりをして、チラチラと彼の様子を盗み見ている。


何か言いたそうな顔をしている。

でも、何も言わない。


私から聞くべきなんだろうか。
「どうしたの?」って。


でも怖い。


聞いたら、何か取り返しのつかないことになる気がする。

また泣いてしまったら、どうしよう。

彼を困らせたくない。


だから、黙っている。


この沈黙が、どんどん重くなっていく。




彼視点


カフェに座って、メニューを見る。

でも、文字が頭に入ってこない。

何を飲みたいかなんて、どうでもいい。


今日、ちゃんと話さなきゃいけない。
そればかり考えている。


「何にする?」と聞く。

自分の声が硬いのがわかる。

いつもなら、もっと明るく話せるのに。


今日は無理だ。

彼女が迷っている。

いつもなら、オススメを言う。

でも今日は、それすらできない。


頭の中が、別のことでいっぱいだから。


注文が終わって、気まずい空気が流れる。

耐えられなくて、スマホを取り出した。

画面を見る。

でも、何も見ていない。

ただ、ホーム画面を眺めているだけ。


彼女を直視できないだけだ。


どう切り出せばいい?

「触れたい」なんて、どうやって言えばいい?

言ったら、彼女を追い詰める。

プレッシャーをかける。

でも、言わなきゃ俺が壊れる。

もう限界が近い。


それを彼女に伝えるべきなのか。

それとも、一人で抱えるべきなのか。


答えが出ない。




 カフェ


彼女視点


コーヒーが来た。

「ありがとうございます」と店員さんに言って、一口飲む。

苦い。

いつもより、ずっと苦く感じる。

砂糖を入れ忘れたのかと思ったけれど、ちゃんと入っている。


きっと、気持ちのせいだ。


彼も飲んでいる。

でも、何も言わない。

「美味しい」とも「苦い」とも言わない。

ただ、黙って飲んでいる。

重い沈黙が、二人の間に横たわっている。

この沈黙が、息苦しい。


何か話さなきゃ。

このままじゃ、おかしい。

「あのね…」と声を出してみる。

彼が顔を上げた。

目が合う。
綺麗な目。
優しい目。

でも、今日はどこか疲れている。

その目を見たら、言葉が出てこなくなった。


「…なんでもない」と私は下を向く。

彼も、また下を向いた。

ああ、ダメだ。

何も変わらない。

聞きたい。「どうしたの?」って。

「何かあったの?」って。

でも聞けない。

聞いたら、何か終わる気がする。

二人の関係が、壊れてしまう気がする。

だから、黙っている。


この沈黙に、耐えている。




彼視点


コーヒーを飲む。

味がしない。

何を飲んでいるのか、わからない。


頭の中が混乱していて、味覚まで麻痺している気がする。


彼女が、何か言おうとした。

「あのね…」という声。

顔を上げる。
目が合う。 
綺麗な目。


この目を、ずっと見ていたい。

この人を、ずっと大切にしたい。

でも、今の俺にそれができるのか。


我慢し続けて、笑顔を作り続けて、いつか俺は壊れるんじゃないか。


「…なんでもない」と彼女は下を向いた。

また、沈黙。

ダメだ。

このままじゃ、何も変わらない。

俺が言わなきゃいけない。

「しんどい」って。
「触れたい」って。
「このままじゃ無理だ」って。


でも、言葉が出ない。

喉で詰まっている。

言おうとすると、彼女の顔が浮かぶ。

怖がる顔。
困る顔。
泣く顔。

そんな顔を見たくない。

だから、また飲み込む。

そ言葉を、想いを、全部飲み込んで、また黙る。


彼女も気づいている。

俺の様子がおかしいこと。

でも、お互い何も言えない。


このままでいいのか?


いや、ダメだ。でも、どうすればいい?




街を歩く


彼女視点


カフェを出て、街を歩く。

彼の横を歩いているはずなのに、遠い。

心の距離が、すごく遠く感じる。


いつもなら、彼は私のペースに合わせてくれる。

私が歩くのが遅いから、ゆっくり歩いてくれる。

でも今日は違う。

少し早い。

小走りで、必死についていく。

待って、と言いたいけれど、言えない。


信号が赤になった。

立ち止まる。

やっと、追いついた。彼の横顔を見る。

遠くを見ている。

向こう側の景色を見ているのか。
それとも、もっと遠くを見ているのか。


何を考えているんだろう。


「ねえ」と呼んでみる。

「ん?」と返事は返ってくる。

でも、こっちを見ない。

視線は、前のまま。

「…なんでもない」と私は言う。

青信号になった。また、歩き出す。

彼は少し早い。


手を繋ぎたい。

せめて、この距離を埋めたい。

でも、ここは明るい場所。

人も多い。

私たちのルールで、明るい場所では手を繋がない。
私が、緊張するから。

せめて話したい。

身体は近くにいるのに、心が離れていってる。

その感覚が、怖くてたまらない。




彼視点


街を歩く。

彼女の隣を歩いているはずなのに、落ち着かない。

足が、勝手に早くなる。

焦っている。
何に焦っているのか、自分でもわからない。


信号が赤。

立ち止まる。

周りを見ると、カップルが多い。

手を繋いでいる。
女性が男性の腕に寄りかかっている。
笑いながら、何か話している。


幸せそうだ。羨ましい。


俺たちは、こうじゃない。

手を繋ぐのは、彼女の家まで送る時だけ。

暗い道だけ。

明るい場所では、繋げない。

それが、暗黙のルール。

彼女が、緊張するから。
人目が、怖いから。


守らなきゃいけない。でも、辛い。


「ねえ」と彼女の声。

「ん?」と返事する。

でも、顔を見れない。

見たら、優しくしてしまう。

それじゃダメなんだ。


ちゃんと話さなきゃいけないのに。




本屋

彼女視点


本屋に入った。

なんとなく、気ずい空気を変えたくて。

彼が棚を見ている。私も隣に立つ。

でも、会話がない。

いつもなら「これ面白そう」とか「この作者好き」とか、色々話すのに。


今日は、お互い黙ったまま。


何か話さなきゃ。

このままじゃ、変だ。

勇気を出して、本を手に取る。

「これ、気になってたんだ」と彼に見せる。

前から読みたいと思っていた本。

彼に話したことがあった気がする。


「そうなんだ」と彼。

返事は返ってきた。

でも、短い。そっけない。

本を見てもいない。
私の顔も見ていない。


ただ、自分の前の棚を見ている。


本を、棚に戻した。

もう、何も言えなかった。

胸が痛い。彼の心が、ここにない。


私と一緒にいるのに、心はどこか遠くにある。


私と一緒にいたくないのかな。
疲れているのかな。
私といると、疲れるのかな。

そう思ったら、涙が出そうになった。

でも、ここで泣いたら、もっと迷惑かける。


だから、必死で堪える。




彼視点


本屋に入る。

彼女の気分転換のため。

少しでも、気まずい空気を変えられたらと思った。

でも、本が目に入らない。

文字が、全部ぼやける。

頭の中は、別のことでいっぱいだ。


「これ、気になってたんだ」と彼女の声。

本を見せてくる。タイトルを見る。

でも、内容が頭に入ってこない。

「そうなんだ」と適当に答えてしまった。


彼女の顔が、曇った。

また傷つけた。わかってる。

でも、どうすればいい?

優しくしたら、また我慢する。

「大丈夫だよ」「ゆっくりでいいよ」って言ってしまう。

そしたら、また元に戻る。何も変わらない。


また、何ヶ月も何年も、このまま続く。


それが、怖い。
我慢し続けるのが、怖い。
いつか爆発するのが、怖い。

だから、優しくできない。冷たくしてしまう。

そしたら、彼女を傷つける。

堂々巡り。どうすればいいんだ。


彼女が本を棚に戻した。

もう何も言わない。

その横顔が、悲しそうだった。

ごめん。心の中で謝る。

でも、声には出せない。




公園のベンチ

彼女視点


公園を通りかかった時、彼が「疲れた?座る?」と聞いてきた。

正直、疲れていた。身体も心も。

「うん」と答えて、ベンチに座る。


隣に彼も座る。

でも、距離がある。いつもより遠い。

手を伸ばしても届かないくらい。

どうしてそんなに離れて座るんだろう。


夕日を見る。

空がオレンジ色に染まっている。

こんな景色を一緒に見られて、幸せなはずなのに。

全然、楽しくない。心が、重い。


彼が、大きくため息をついた。

その音が、やけに大きく聞こえた。

「…疲れた?」と聞いてみる。勇気を出して。

「ん、ちょっとね」と彼。

また、短い返事。それ以上、何も言わない。


また、沈黙。風が吹く。寒い。


秋が深まって、もうすぐ冬だ。


私が聞かなきゃいけない。

「どうしたの?」って。
「何があったの?」って。

でも聞けない。

聞いたら、全部壊れる気がする。

二人の関係が、終わってしまう気がする。

だから、黙って、夕日を見ている。


綺麗な景色なのに、全然心に響かない。




彼視点


公園のベンチに彼女と座る。

でも、少し距離を取った。

近すぎると、触れたくなる。

手を伸ばしたくなる。抱きしめたくなる。

でも、それができないのがわかっているから。

だから、離れて座る。


夕日を見る。

こんな美しい景色を、大切な人と一緒に見ている。

幸せなはずなのに、全然幸せじゃない。

胸が苦しい。


ため息が出る。

我慢するのに、疲れた。
笑顔を作るのに、疲れた。
優しくし続けるのに、疲れた。

もう、限界が近い。


「…疲れた?」と彼女の声。

心配そうな声。

「ん、ちょっとね」と答える。

嘘だ。めちゃくちゃ疲れてる。

身体も心も、ボロボロだ。

でも、それを言えない。言ったら、彼女を不安にさせる。


今、言うべきか。

「しんどい」って。「触れたい」って。「このままじゃ無理だ」って。

でも、言えない。

彼女の顔を見ると、言えなくなる。

でも、このままじゃダメだ。

いつか、本当に爆発する。

いつか、彼女を傷つける。


それが、怖い。




髪を撫でる


彼女視点


ふと、彼の手が伸びてきた。

髪に触れる。

優しく撫でる。

突然で驚いたけれど、なぜか触れられたことに抵抗がなかった。

むしろ、彼の手の温もりが、愛おしかった。


だけど、手が震えている。

わずかに、でも確かに震えている。

そして、長い。ずっと長く撫でている。


まるで、最後みたいに。


涙が出そうになる。

泣いたら、彼を困らせる。

ただ、撫でられるままでいる。

この手の温もりも優しさも。


もう、感じられなくなるかもしれない。


そう思ったら、怖くてたまらなくなった。

この手が、好き。
この温もりが、好き。
この人が、好き。

でも、さよならを言われてる気がする。

この手は、別れを告げている。


やだ。終わりたくない。

別れたくない。

でも、私には何もできない。

ただ、この瞬間を、必死で記憶に刻もうとする。

彼の手の感触を。温もりを。優しさを。

全部、忘れたくない。




彼視点


手が伸びた。自分でも驚いた。

でも、止められなかった。

彼女の髪に触れる。柔らかい。

この感触が、好きだ。


でも、手が震える。

これが、最後かもしれない。

そう思ったら、離せなくなった。

もっと触れていたい。
もっとそばにいたい。


この温もりを、ずっと感じていたい。


でも、このままじゃダメなんだ。

俺も彼女も、壊れる。

我慢し続けたら、いつか爆発する。

そうなる前に、何かしなきゃいけない。

距離を置くべきなのか。それとも、ちゃんと話すべきなのか。


手を離すと、彼女がこっちを見た。

目が潤んでいる。

泣きそうなんだ。俺も、泣きそうだ。

でも、泣けない。泣いたら、全部終わる気がする。

もう、限界だ。このままじゃ、終わる。


どうすればいい?




「家、くる?」


彼女視点


彼が、小さく言った。「家、くる?」


え。頭が真っ白になる。

心臓がバクバクと音を立てる。


行きたい。

彼と一緒にいたい。

もっとそばにいたい。このまま別れたくない。


でも、怖い。


彼の家に行く。

これは映画を観るとか、そういうことじゃない。

それは、わかる。
それ以上のことを、求められるということ。


答えが出ない。口が開かない。

頭の中が混乱している。

行きたい。でも怖い。行きたい。でも無理。

その二つの気持ちが、激しくぶつかり合っている。


彼を見る。

彼は夕日を見ている。

こっちを見ない。

数秒の沈黙。でも、永遠に感じる。

答えなきゃ。何か言わなきゃ。


でも、何を?


「…ごめん」やっと出た言葉。

それだけ。

それしか言えなかった。


行きたかった。本当は。

彼と一緒にいたかった。

でもそれ以上に怖かった。

また、断ってしまった。
また、彼を傷つけてしまった。

私、最低だ。

なんでこんなこともできないんだろう。


なんで、普通のことができないんだろう。




彼視点


言ってしまった。

「家、くる?」自分でも驚いた。

そんなつもりじゃなかった。口が、勝手に動いた。


彼女が固まる。当たり前だ。

こんな急に言われて、答えられるわけがない。

わかってた。来れないって。

彼女は、まだそこまでいけない。

触れることも怖いのに、家に来るなんて無理だ。


でも、聞いてしまった。

期待してしまった。

今日こそ、変わるかもって。
今日こそ、一歩進めるかもって。

バカだな、俺。何も変わるわけない。


沈黙。長い沈黙。

心臓がうるさい。ドクドクと、耳の奥で響いている。


「…ごめん」彼女の声。小さい。震えている。


「うん」それしか言えなかった。

笑おうとした。「大丈夫だよ」って言おうとした。

でも、できなかった。笑えなかった。


やっぱり。わかってた。

でも、胸が痛い。期待した自分が、バカだった。

もう、ダメかもしれない。

このままじゃ、終わる。


俺たちは、ここで終わってしまう。




帰り道


彼女視点


家まで送ってもらう。

暗い道を歩く。いつもなら、ここで手を繋ぐ。


暗い道だけは、繋げる。


でも今日は、彼が手を出さない。

ポケットに手を入れたまま、歩いている。

私も、手を出せない。

出したら、拒絶される気がする。

だから、ただ並んで歩く。


距離がある。

いつもより、遠い。風が冷たい。寒い。

でも、それ以上に心が寒い。

凍えそうなくらい、冷たい。


家が見えてきた。

もうすぐ着く。別れる。嫌だ。

このまま終わりたくない。

手を繋ぎたい。今日くらい、私から繋ぎたい。


勇気を出して、手を伸ばしたい。


でも、できない。

彼の横顔を見ると、何も言えなくなる。

拒絶される。

そう思ったら、怖くて手が出せない。


だから、ただ歩く。ただ、黙って歩く。




彼視点


暗い道を歩く。

いつもなら、手を繋ぐ。

でも今日は、できなかった。

繋いだら、泣きそうだった。

繋いだら、もう離したくなくなる。
「やっぱり離れられない」って言ってしまいそうになる。


だから、繋がない。

ポケットに手を入れる。

彼女も、何も言わない。ただ、歩く。


家が見えてきた。

もうすぐ別れる。

このまま、終わるのか。もう会えないのか。

それとも、また明日も「何もなかったように」会うのか。


どっちも、辛い。


もう限界だ。

でも、どうすればいい。

別れるべきなのか。
それとも、まだ待つべきなのか。

でも、待ったら俺が壊れる。


矛盾してる。答えが出ない。




別れ際


彼女視点


家の前に着いた。

「ありがとう、今日も」と言う。

声が震えている。

泣きそうなのを、必死で堪える。


「うん」彼の返事。それだけ。

いつもなら「気をつけてね」とか「おやすみ」とか、もっと言ってくれるのに。

今日は、それだけ。


「またね」と言う。

「…うん、またね」と彼。

その声が、すごく遠く聞こえた。


彼が背中を向けた。歩き出す。

その背中が、どんどん遠ざかっていく。

小さくなっていく。


「待って」も「行かないで」も、何も言えなかった。


喉が詰まって、声が出なかった。

涙が溢れた。止められない。


ぼろぼろと、こぼれ落ちる。


引き止められない。

私がダメだから。私が触れられないから。


全部全部、私のせいだ。




彼視点


「ありがとう、今日も」彼女の声。

震えている。泣きそうなのが、わかる。


今にも涙がこぼれそうな、そんな声だ。


「うん」それしか言えなかった。

「気をつけてね」とか「おやすみ」とか、いつもの言葉が出てこない。

喉が詰まって、何も言えない。

言葉を探すけれど、見つからない。


「またね」と彼女。

その声が、やけに小さく聞こえた。

「…うん、またね」と答える。

でも、心の中では全然違う言葉が渦巻いている。

「また」はあるのか?本当にまた会えるのか?このままで、いいのか?

もう限界なのに、また同じことを繰り返すのか?

笑顔を作って、優しくして、また苦しくなる。

その繰り返し。いつまで続けられる?


考えれば考えるほど、わからなくなる。


背中を向ける。

今、振り返ったら、どんな顔をしてるんだろう。

泣いてるんだろうか。
それとも、ホッとした顔をしてるんだろうか。


でも、振り返れない。

振り返ったら、戻ってしまう。

それじゃだめだ。

今日、はっきりわかった。

このままじゃ、俺が壊れる。


1家までの道が、やけに遠く感じる。

今日は永遠に続いている気がする。足が重い。

一歩一歩が、鉛のように重い。


角を曲がる。

もう、彼女は見えない。完全に、別れた。


その瞬間、力が抜けた。

張り詰めていた何かが、プツンと切れた気がした。

歩みが止まる。壁に手をつく。深呼吸する。


でも、息が苦しい。胸が、締め付けられる。


「ダメだ」声に出して言った。「もう、ダメだ」


もうダメかもしれない。限界だ。

距離を置くべきだ。少し離れて、冷静になるべきだ。

お互いに、考える時間が必要だ。


このままズルズル続けても、お互いに傷つくだけだ。


でも、辛い。

考えるだけで、胸が痛い。

彼女を失いたくない。

でも、このままも無理だ。

触れたい、抱きしめたい、キスしたい。

その想いが、日に日に強くなっている。


いつか、彼女を傷つけてしまう。


矛盾してる。

彼女を失いたくないのに、離れなきゃいけない。

彼女を愛してるのに、苦しい。

愛してるから、苦しい。


スマホがポケットで重い。

彼女から連絡が来るだろうか。

「今日はありがとう」って。「おやすみ」って。

それとも、何も来ないだろうか。


俺は、何を送ればいい?

「今日はごめん」?「変な空気にしちゃって」?

それとも、今日のうちに言うべきか。

「少し、距離を置きたい」って。




一人の夜


彼女視点


家に入った瞬間、玄関で崩れ落ちた。

もう、立っていられなかった。

涙が、止まらない。ぼろぼろと、こぼれ落ちる。


「ごめん」「ごめん」「ごめんなさい」何度も、つぶやく。

でも、彼には届かない。


やっとの思いでベッドに倒れ込む。

彼の髪を撫でる手の感触が、まだ残っている。

あの手は、震えていた。
あの手は、「さよなら」を言っていた。


もう会えないかもしれない。

そう思ったら、怖くてたまらなくなった。

嫌だ。失いたくない。

彼を、失いたくない。


でも、私には何もできない。

触れることもできない。
抱きしめることもできない。

普通のことが、何もできない。


そんな私を、彼はいつまで待ってくれるんだろう。


答えはわかっている。

もう、限界なんだ。

彼の我慢は、もう限界なんだ。


スマホを見る。

彼からの連絡は、ない。

私も、送れない。何を送ればいい?

「ごめん」?「今日はありがとう」?

そんな言葉じゃ、何も変わらない。


何を送っても、彼を傷つける。

何も送らなくても、彼を傷つける。


スマホを握りしめる。

連絡したい。

声が聞きたい。会いたい。

私が変わらなきゃいけない。

でも、どうやって?
触れられるようになる?
抱きしめられるようになる?


できるのか、私に?


「会いたい」心の中で叫ぶ。

部屋の中で、一人で泣いている。

彼も、どこかで同じように苦しんでいるんだろうか。


そう思ったら、もっと辛くなった。




彼視点


家に着いた。

いつもの部屋。

でも、今日はやけに静かに感じる。


ソファに座る。

いつも彼女が座っていた場所。

まだ温もりが残っている気がする。

幻想だとわかっているけれど。


「家、くる?」

あんなこと、聞くんじゃなかった。

彼女を困らせただけだ。

期待した自分が、バカだった。

期待してしまった。

変わるかもって。今日こそって。


バカだな、俺。何も変わるわけない。


友人の言葉が、頭の中で響く。

「いつか爆発するぞ」

もう、爆発寸前だ。

いつ切れてもおかしくない。


スマホを見る。

彼女からの連絡は、ない。

俺も、送れない。

何を送ればいい?


「今日はごめん」?「しんどい」?「少し距離を置きたい」?


どの言葉も、彼女を傷つける。

でも、言わなきゃいけない。

このままじゃ、もっと傷つける。

もっとひどいことを言ってしまう前に。


ベッドに横になる。

天井を見つめる。答えが出ない。

ただ、苦しい。胸が苦しい。呼吸が、しづらい。


目を閉じる。

また、彼女の夢を見るんだろう。

抱きしめる夢。キスする夢。幸せな夢。

でも、目覚めたら何も残らない。


虚しさだけが残る。現実は、何も変わらない。


もう、限界だった。


「会いたい」心の中で叫ぶ。

でも、その声は彼女には届かない。

彼女も、どこかで同じように泣いているんだろうか。

そう思ったら、もっと辛くなった。


明日、連絡しよう。

ちゃんと、話そう。「距離を置きたい」って。

そう決めた。


でも、その決意すら、明日には揺らいでいるかもしれない。


わからない。何もわからない。ただ、苦しい。




同じ空の下。


同じ月を見上げながら。


二人は、同じように苦しんでいた。


彼女は思う。


「会いたい」


「でも、会えない」


「私が変わらなきゃいけないのに」


「変われない」



彼は思う。


「会いたい」


「でも、会えない」


「このままじゃダメなのに」


「答えが出ない」


お互いを思うからこその、沈黙。


傷つけたくないからこその、我慢。


でも、その優しさが。


二人を、壊していく。


次第に、距離は開いていく。


              
               【第3話 完】



次回予告:第4話「距離を置く」


連絡が、来なくなった。


既読すらつかない。


不安で、押しつぶされそうになる。


そして、届いた一通のメッセージ。


「少し、距離を置こう」


その言葉を見た瞬間。


私の世界は、崩れ落ちた。




あとがき


ここまで読んでくださり、ありがとうございます。


この話は、彼女視点と彼視点を交互に描きました。

同じ場面。

でも、違う想い。


彼女は思っていた、

「彼の心が、離れていってる」

「私がダメだから」


彼は思っていた、

「もう限界だ」

「でも、彼女を傷つけたくない」


お互いを思うからこその、沈黙。

傷つけたくないからこその、我慢。


でも、その優しさが、すれ違いを生んでいく。


髪を撫でる手が震えていたのは、「さよなら」を言おうとしていたから。


「家、くる?」と聞いたのは、最後の希望だったから。


でも、彼女は答えられなかった。


そして二人は、距離を置くことになります。


最後まで読んでくださり、ありがとうございました。




触れられない恋に悩む人へ。


このnoteが、あなたの心に信じる勇気を灯せたら嬉しいです。

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