公立小学校の面白さ。面談を通して感じた可能性
オルタナティブ教育の学校、いいな!
と思いつつ、公立小学校に通わせている親が私です。
先日、一学期の個人面談がありました。
主な議題は昨年度に引き続き、子どもの「宿題をやりたくない」件について。
一年生からの経緯、家庭ではどんな感じなのか、両親はそれに対してどう考えているのか、子どもの要望に学校が譲歩できる範囲、先生が対応してくださったこと、などなど。情報共有を行いました。
先生も「宿題の意味を問う子に出会ったのは初めてです」と。
改めて先生のお考えをお話ししてくださったようで、今後の様子を見守ることになりました。
あとの時間は、子どもの個性や学校での様子について。
宿題の件を除いては、楽しそうに通えているようでひとまず安心です。
うちの子は基本的に、学校の話を家ではあまりしないタイプ。
私も興味を示しつつ、根掘り葉掘りは聞かず、「嬉しそうだな」「困ってそうだな」と雰囲気で見ています。
お友達の話もほとんど出ず、「果たして他の子と交流できているんだろうか…?」と訝しむ時期もありました。しかしいざ参観に行くと、複数人の子と話していたり、名前を呼んだり呼ばれたりしていて。
「家は家、学校は学校で、ちゃんと生き分けているんだな」と感心させられることも多いです。
そんな我が子、先生から見ると「ひとつひとつの動作が丁寧」で、「自分の世界を持っている」そう。公立小学校ならではの集団行動で、みんなに遅れを取ることもありがちなんだとか。
ですよね、モンテッソーリ教育の園で育ちましたから!
とは心の内で思えど、言わずに。(先生も思ってらっしゃるかもしれませんが)
※ モンテッソーリ教育でみんながみんな「そう」なるわけではなく、
うちの子の場合、在園中からずっとそんな感じでした。
集団行動のために「矯正」させられずにここまで来た、という意味合いです。どちらかというと、もともとの素質に拍車がかかったほうが強いかも。
「おうちではどうされていますか?」
確認をされて、夫は時間を重視しがち、私は本人のペースを重視しがちなことをお話ししました。話しながら気づいたけれど、両親でバランスが取れているのかも。夫に対して「なんで???」とこれまで思っていましたが。笑
私が「時間だよ!」と急かしたところで、反発が生じて、結果的に余計に時間がかかることも多くって。一方で「時間だよ!」とざくざく切り込む夫には、うちの子は従うことも多いです。「何を言うか?」より、「誰が言うか?」の相性も大いにありそう。母性と父性との役割分担を、子どもも無意識のうちに期待しているのかもしれません。
先生は(他のお子さんたちとの兼ね合いもあり)急かしがちだそうで、「待てるって、すごいですね…!」と言ってくださったけれど。きっと小学校の先生には父性的関わりが求められるから、それはそれで子どもにとっていい刺激になりそうだな、と思ったりもしています。
最後に、私なりに子どもを観察してきて思うこと、「こうすれば本人も動きやすいかも」ということを共有して、面談は終わりました。
とってもお話し上手、聞き上手な先生で、私たち家族のあり方も確認できていい時間でした。面談って楽しい!
子どもをいろんな角度から見つめられて頼もしいかぎりです。
先生とお話ししてみて思ったのは、
公立小学校に通う意味も、今のところあるんじゃないか?
ということ。だって面談が楽しかったから。ごめんなさい、私って単純なのです。
よほど我が子の態度が逸脱していたり、先生と話が成立しなかったり、本人にとって環境が望ましくなさそうなら、今すぐにでも別の教育環境を考える勢いではいるのですが(私は)。
全然そんなこともなく、家庭と学校とで《共有しうる課題》が目に見えていて、協力できる体制もあって、安心して通えそうな雰囲気があることを、いましばらく信じてみようと思います。
それに、親側がいろいろと学びながら公立小学校と共存していくのって、わりと挑戦の色も強くてやり甲斐がある。整えられた道を行くより、道なき道を開拓していくほうが自分の性に合っているのです。
ただ、その「道」を進むのは自分ひとりではなく、子どもも他の家族も一緒だから。
ほどよく子ども本人や周囲との調和を図りながら、可能性を探り続けていきたいところです。
