世界心霊用語史・東洋概要編6 チベット語にすると、「心」と「我」はどう分かれるのか――訳語をそろえる制度と、文脈を読む仕事
世界心霊用語史・東洋概要編6
チベット語にすると、「心」と「我」はどう分かれるのか
――訳語をそろえる制度と、文脈を読む仕事

「私は、このように聞いた。」
『金剛般若経』の冒頭は、鳩摩羅什訳では「如是我聞」となる。チベット訳の対応箇所には、次の表現がある。
’di skad bdag gis thos pa
ここでは、bdag が、聞いた者を示す「私」の表現として使われている。ところが同じ経典には、我を捉えることを問題にする bdag tu ’dzin pa という表現も現れる。(University of Oslo)
同じ語が、一方では語り手を指し、他方では執着に関わる説明の中にある。
これを矛盾と読めばよいのだろうか。
我を否定するのだから、「私は聞いた」とも言ってはいけないのか。それとも、最初の「私」と、後で問題にされる「我」は、文章の中で違う仕事をしているのか。
前稿では、同じ漢字が見えることと、同じ語義や概念が続いていることを分けた。今回はチベット語を加え、訳語をそろえる制度があった側から、同じ問題を調べる。(note(ノート))
ただし、チベット語へ戻れば、漢訳で失われた「本当の意味」が、そのまま現れるという話ではない。
対応表があるから比較できることと、対応表だけでは決められないこと。その境界を、「心」と「我」から見てみる。
1 仏教の術語ではないところにも、「私」と「心」がある
チベット語を、外国の概念を入れるための空の器として扱うことはできない。
古チベット語文書を集めた Old Tibetan Documents Online には、年代記、法、書簡、契約、宗教文書などが収録されている。仏典を訳すことだけが、チベット語の仕事ではなかった。(オールドチベット文書オンライン)
しかし、資料の種類を並べるだけでは、今回の語が何をしていたかまでは見えない。
一つ、具体例を置こう。
Nathan W. Hillが取り上げる古チベット語版『ラーマーヤナ』には、王妃が、子のない自分のつらさから、もう一人の妻の心も安まらないだろうと思う場面がある。そこには、自分を指す bdag と、心が安まらないことを表す sems myi bde が、一つの内言の中に現れる。(ポーランド科学アカデミー紀要)
ここでの sems は、まず物語の登場人物の心情を述べる表現の中にある。bdag も、論書が分析する存続主体の名称としてではなく、その人物が自分を指すために使われている。
ただし、この物語自体がインド由来の伝承であることも忘れてはいけない。これは、接触以前の「純粋なチベット思想」を、そのまま取り出した資料ではない。(ポーランド科学アカデミー紀要)
仏教の専門術語として使われていないことと、仏教受容以前の用例であることは違う。
この用例から分かるのは、心と私に関わる語が、教理上の分類だけでなく、物語の中で感情や自己指示を担っていたことである。
最古の意味や、そこから術語へ至る唯一の経路まで、ここで決める必要はない。
2 語を対応させる本と、訳し方を説明する本
チベットの仏典翻訳を考えるうえで、二つの資料が重要になる。
一つは、『翻訳名義大集』――Mahāvyutpatti。
もう一つは、『二巻本訳語釈』――sgra sbyor bam po gnyis paである。
前者は、分野ごとに語を集め、対応を示す語彙集。後者は、重要な訳語の説明や翻訳方針を記す資料である。『二巻本訳語釈』という邦題は、石川美恵の校訂・和訳研究の書誌に従う。(University of Oslo)
この語彙整備は、九世紀初頭の王権が関わる翻訳事業と結びつく。ただし、一度の会議で全語彙が完成し、その後は何も変わらなかったという歴史ではない。参照する規範本文にも、伝承と校訂の履歴がある。(MPRL Series)
『二巻本訳語釈』序は、先行する訳語の一部を修正し、教説や文法的な説明に照らして整理したと述べる。(University of Oslo)
ここでは、二つのことを分けたい。
規範を作る側が、「以前の訳には修正が必要だった」と記していること。
以前の訳が、どの点で、どの基準から不適切だったかを、現在の研究が確認すること。
後者には、新旧の本文や、その評価基準の比較が要る。
新しい標準は、以前の翻訳を評価する道具であると同時に、自分を正しい標準として認めさせる仕組みでもある。
なお、以下のチベット語は、参照資料が別の転写方式を用いる箇所ではWylie式へ置き換えて示す。発音表記ではなく、myi などの歴史的な綴りを現代形へ直す操作とも区別する。(University of Oslo)
3 千二百五十人を、どう訳すか
標準化された翻訳と聞くと、決められた語を原文の順番どおりに並べる作業を想像しやすい。
しかし、『二巻本訳語釈』の規則は、それだけではない。
意味に反せず、よいチベット語にすることを求める。原語の語順で意味が通る場合は保ち、必要な場合には条件付きで語順の変更を認める。多義語についても、前後の文脈を考慮して対応を選ぶ。(MPRL Series)
数の表現には、分かりやすい例がある。
インド語の数え方を逐語的に写すのでなく、チベット語で通常使う「千二百五十」という数の表し方にしてよい、という規定である。(University of Oslo)
表現は変わる。
しかし、ここで保存しようとしている人数は変わらない。
この例から、二つのことが分かれる。
逐語的でないことは、意味を保存できないことを意味しない。
一方、人数のように比較基準を限定しやすい例がうまくいくからといって、心や我の概念も同じように完全保存できるとは言えない。
さらに規範は、意味を一つへ決めることだけを求めているのでもない。十分な理由なく一つへ狭めないために原語を残す場合や、適切な表現が複数の意味を担えるなら、その幅を保つ扱いも認めている。(University of Oslo)
したがって、文脈判断は、標準化が失敗したために残った雑音とは限らない。
何を固定し、何を文脈に応じて判断し、何を狭めずに残すか。その選択自体が、規則に組み込まれている。
4 新語を認める権限と、翻訳を許す権限
新しい言葉が必要になったら、どうするのか。
『二巻本訳語釈』序には、各地の翻訳・講説の場で案を作り、理由を検討して、王宮と翻訳改訂に関わる審議の場へ提出し、承認後に語彙表へ加える手続きが記されている。(University of Oslo)
新語を考えることと、それを皆が使う標準として確定することは、別の仕事だった。
制度分析として見れば、正式採用の決定権を承認手続きへ集める構造である。ただし、その規則がすべての現場で同じように実施されたかは、別に確かめなければならない。
そして、選別されるのは訳語だけではなかった。
同じ序には、密教の文献や真言について、許可なく選び集めて翻訳しないよう求める条項がある。文書は、秘密性、教えを受ける側の適格性、隠された意味を理解せず文字どおりに受け取る危険などを、その理由として挙げる。(University of Oslo)
これは、密教の全面禁止とは違う。文書自身が、すでに翻訳が存在することを認めたうえで、以後の許可を問題にしている。
また、現行『翻訳名義大集』の第198部には、密教・真言の経典に由来する名称を扱う部門がある。「標準語彙集には密教語彙が入っていない」と一律に限定することもできない。(University of Oslo)
どう訳すか。何を訳してよいか。誰に伝えてよいか。誰がその判断を認めるか。
翻訳規範は、これらの問いを同時に含む。
ただし、規範が誤読や不適切な実践を理由として挙げていることと、その実態や規模が確認されたことは、区別しておく。
5 対応表は、やはり役に立つ
では、具体的な本文へ進もう。
『倶舎論』の当該箇所では、次の対応を確認できる。(University of Oslo)
サンスクリットチベット語対応する漢訳語cittasems心manasyid意vijñānarnam par shes pa識
チベット語の偈などでは、rnam shes という短い形も使われる。
これは、各語の全時代・全用法を固定する表ではない。しかし、特定の本文を比較するためには有用である。
『翻訳名義大集』の識に関する部門では、眼識に mig gi rnam par shes pa、意識に yid gyi rnam par shes pa が対応する。どの働きに関わる識なのかが、語の組み合わせとして追える。(University of Oslo)
ただし、その語形を分解できるからといって、経験や身体の構造が、そのまま言語によって証明されるわけではない。
ある理論が行う区別を、比較できる形で表現しているのである。
前稿で固定対訳表の限界を述べたのは、対応表を捨てるためではなかった。
どの範囲なら対応が使え、どこから文脈や理論の判断が必要になるかを分けるためだった。
チベット訳を加えることで、その確認に使える手がかりが増える。
6 「一義」と「體一」を、文明の性格にしない
三つの語があるなら、三つの心的な物があるのだろうか。
『倶舎論』第二章第34偈に関わる箇所を比べると、別の整理が現れる。
梵文は、心・意・識を ekārtha とまとめる。チベット訳には don gcig が対応する。漢訳では、真諦訳が「心意識一義」、玄奘訳が「心意識體一」とする。(University of Oslo)
対照する本文三名称をまとめる表現梵文ekārthaチベット訳don gcig真諦訳一義玄奘訳體一
ただし、見出しの一語だけで判断を終えてはいけない。
玄奘訳は続けて、集起、思量、了別という異なる説明を示しながら、「義雖有異而體是一」と述べる。真諦訳にも、それぞれの説明と、三名称をまとめる記述がある。(漢文大藏經 deerpark.app)
この箇所では、三つの名称へ異なる説明を与えながら、それぞれを別個の三つの法として立ててはいない。
しかし、それだけで、時間を越えて存続する一個の不滅の心的実体があると導くこともできない。
また、
チベット語は意味を保存し、中国語は実体化した。
という対比にもできない。漢訳の内部に、すでに違いがある。
真諦の一箇所に「一義」とあることから、真諦の思想全体が非実体論的だったと判断する必要もない。
言語 × 翻訳 × 本文の箇所 × 論書の説明。
比較する単位を、ここまで指定する。
第三の言語を加えることは、文明ごとの差を大きく描くためだけではない。同じ言語の内部差を見つけるためにも働く。
7 「三名称の関係」と「三つの働きの区分」は別の問いである
別の論書へ移ろう。
世親に帰される『唯識三十頌』第2偈は、異熟、思量と呼ばれるもの、対象の了別という区分を示す。これは、citta・manas・vijñāna の三語を、そのまま一組として列挙した箇所ではない。(University of Oslo)
したがって、『倶舎論』と比べて、
同じ三語を、同じ著者が正反対に整理した。
と直結することはできない。
一方は、名称がどう関係するか。
他方は、識の転変や働きをどう区分するか。
両論書に理論上の違いがあるとしても、それを調べるには、まず分類している対象をそろえなければならない。
第5偈では、さらに具体的な関係が読める。
梵文には、manas という名の vijñāna が現れ、チベット訳も yid と呼ばれる rnam shes という関係を示す。玄奘訳は「是識名末那」と表す。(University of Oslo)
「末那」は音写だが、文の中で何という名の識なのかを追える。
この箇所で、意を識の外にある無関係な第三の部品として読めば、文章の関係を外してしまう。
訳語がそろうことと、教説が一つにそろうことは違う。
しかし、対応がある程度そろうからこそ、どこで名称の関係が変わり、どこで分類の仕方が変わるかを比較できる。
標準化は、違いを消すためだけに働くのではない。違いの場所を見つける条件にもなりうる。
8 「心」の分類の中に、「我」の問題が入っている
『唯識三十頌』は、末那を単なる思考能力として説明して終わらない。
第6偈では、我に関わる見方、迷い、慢、愛着にあたる四つの煩悩との関係を述べる。玄奘訳には「我癡・我見・我慢・我愛」が現れる。(漢文大藏經 deerpark.app)
参照しているチベット本文には、bdag tu lta、bdag tu rmongs、bdag rgyal、bdag chags という表現がある。ここでの bdag rgyal は、その本文に確認できる読みであり、別の語の一般的な訳し方から訂正しない。(University of Oslo)
ここで、題名の「心」と「我」がつながる。
心的な働きの分類と、何を我として捉え、どのように執着するかが、同じ説明モデルの中に置かれている。
辞書の「心」の項と「我」の項を別々に読むだけでは、この関係が見えない。
また、四つの表現を、現代語の「自我」という一語にまとめれば、何を区別しているかが落ちる。
何を自分として見るのか。どこに誤りがあるとされるのか。どのような自己の高揚や愛着が問題なのか。
共通する語を含んでいても、説明される働きは同じではない。
ただし、この分類が文献にあることと、人間の心理がその通りに実証されたことは別である。まずは、理論がどの関係を説明しているかを確かめる。
9 「私」には、相手との関係も入り込む
冒頭の bdag に戻ろう。
Hillの人称代名詞研究では、nga と bdag の選択に、相手との地位関係や、話者が自分を低く示す働きが関わる例が示されている。低い地位を述べるだけでなく、修辞的に自分の境遇を示すための bdag もある。(ポーランド科学アカデミー紀要)
だから、bdag は仏教哲学の我を表す専用語ではない。
ただし、これで「如是我聞」の語の選択理由が、謙譲だけで解決したわけでもない。Hill自身、相手に話しかけていない内言の中での bdag を、その説明では扱いきれないと述べている。第1節の王妃の例も、その一つである。(ポーランド科学アカデミー紀要)
用法の区別はある。しかし、単純な二分では尽くせない。
仏典の対照でも、それが見える。
当該箇所の梵語表現チベット訳で確認する表現文中の仕事『金剛般若経』冒頭の mayābdag gis聞いた者を示す一人称同経の ātmagrāhabdag tu ’dzin pa我として捉えること『中論』18.2の nirahaṃkāraḥngar ’dzin を含む否定表現我を捉えることの否定
これらは、各文の対応を抜き出したものであり、文法形式を無視した全語彙の対訳表ではない。(University of Oslo)
ngaは日常の私、bdagは哲学的な我。
この排他的な分業は、当該用例に合わない。
しかし、そこから「両語に体系的な使い分けはない」と言うこともできない。
単語一つでは決まらないことと、文章を読んでも区別できないことは違う。人称、相手、述語、論証の中へ戻れば、判断の手がかりは増える。
10 「我として捉えること」と「我に属すること」
『金剛般若経』では、我の捉え方に関わる ātmasaṃjñā と、我への執取に関わる ātmagrāha に、異なるチベット語表現が対応する。bdag だけでなく、後に続く語が、その働きを示している。(University of Oslo)
対象を指しているのか。
対象についての捉え方を述べているのか。
その捉え方への固着を問題にしているのか。
ここを分けると、「我」という日本語一語に戻したときに消える違いが見える。
『中論』第18章では、さらに我と我所が関係づけられる。梵文の ātman と ātmīya に、チベット訳では bdag を含む表現と bdag gi が対応し、我が成立しないなら我に属するものはどう成立するのかと問う。(University of Oslo)
漢訳『中論』〔T1564〕は、龍樹の偈に青目の釈を伴い、鳩摩羅什訳とされる。僧叡序は、法師が説明の不備や冗長さを「裁而裨之」したとも記す。これは編集に関する報告だが、今回の特定の偈がどう変更されたかまで、序だけで特定することはできない。(漢文大藏經 deerpark.app)
したがって、根本偈、注釈、漢訳での編集を分けて比較する。
また、「我所」を財布や土地の一覧だけとして読めば、議論を狭める。問われるのは、何かを「私に属するもの」として成り立たせる関係である。
逆に、この論証を、そのまま社会制度上の所有権の否定にすることもできない。
自分に属すると捉えること、法制度上の所有、実際に管理できることは、関係するが同じではない。
どの関係を分析しているかを限定してこそ、語は比較の道具になる。
11 「無我」は、「私」という語を使わないことではない
bdag med を「無我」と対応させても、それだけでは否定の射程は分からない。
『中論』第18章の冒頭は、我と蘊との関係を問う。身体や経験を分析する諸要素と我が同じならどうなるか、それらとは別ならどうなるかを検討する。(University of Oslo)
これは、「我」という音を口にしてはいけない、という規則ではない。
「自分勝手になるな」という道徳的な勧めだけでもない。何を我として立てるかについて、条件と推論を持つ議論である。
無我を読むには、まず、否定される側の設定を確かめる必要がある。
身体や経験と同じものなのか。それらから独立して成り立つものなのか。どの条件を満たす主体が問題なのか。
それを省いて否定だけを取り出すと、「人間も経験も行為も存在しない」という、別の命題へ移ってしまう。
『金剛般若経』が一人称を使いながら我への執取を問題にすることも、人称表現の使用と、ある我理解への批判が同じではないことを示している。(University of Oslo)
ただし、すべての仏教文献が、まったく同じ意味で無我を説くとまとめることもしない。
辞書で対応を確認した後に、その文献が何を否定し、どう説明するかを読む。
今回の我の比較は、智と識、自性、人を表す別の技術語など、隣接する語彙の全体を尽くすものではない。その境界も残しておく。
12 チベット訳から、原文を逆変換できるのか
訳語の対応が整っていれば、失われたインド語表現を推定しやすくなる場合がある。
しかし、一語ずつの逆変換にはならない。
今回の bdag だけでも、梵文の一人称と、我に関する技術的な表現の双方に対応する。原語を推定するには、文の構造や文脈を読む必要がある。(University of Oslo)
さらに、現在読むチベット文にも歴史がある。
参照した『二巻本訳語釈』のオンライン版は、デルゲ版を基本とし、石川美恵の校訂を参照して、別資料との異読も表示する。現在の画面に並ぶ本文は、九世紀の翻訳原稿そのものではない。(University of Oslo)
ここで区別する時点は、一つではない。
規範の成立と改訂、翻訳の成立と改訂、写本の書写、後代の版刻、現代の校訂。
敦煌で見つかったから標準化以前、後世の大蔵経に入っているから九世紀の改訂をそのまま保存している、とは決められない。
同名の経典を並べても、翻訳者が使った本文系統まで同じとは限らない。差異の原因には、原資料、注釈、翻訳判断、改訂、書写のそれぞれが候補として残る。
比較画面についても同じである。現代の研究用データベースに梵文・蔵文・漢文が並ぶことを、帝政期にその三言語の表が同じ形で存在したことと混同しない。
標準語彙は、原文を探す手がかりになる。しかし、本文系統を調べる仕事を不要にはしない。
13 規則の向こうには、写す人と、直す人がいる
訳語を決めた。
正しい訳ができた。
それで伝承が続くわけではない。本文を写し、確認し、保管し、使える状態にする人々が必要になる。
Brandon DotsonとLewis Doneyの研究は、敦煌からもたらされ、大英図書館に所蔵される『無量寿宗要経』系のチベット語写本、1,500点以上を対象にする。書写者、校訂者、行政担当者の仕事と、820年代における実務の変化を扱っている。(CSMC Hamburg)
この数字は、研究対象となった現存写本の規模である。当時の生産総数や読者数ではない。
同研究は、当時流通した複数のチベット語版・漢語版の違いも検討している。多数の写本があることと、本文が一つに統一されていることも、同じではない。(CSMC Hamburg)
ここで、語彙標準化の規範と写本生産を、直接の因果で結んだことにはしない。同時代の事業であるだけでは、同じ指揮系統や同じ目的を持つと確定できないからだ。
それでも、調査対象は具体化する。
誰が何を写したか。
誰が何を誤りと認め、直したか。
何を照合の基準にしたか。
訂正した本文は、その後どのように使われたか。
「標準がある」ということの先に、標準を本文へ反映し続ける仕事がある。
本稿では、この研究の調査対象と概要を足場にし、個々の校訂記録から再帰的な因果関係を認定するところまでは進まない。その確認は、工程ごとの記録に戻って行う必要がある。
14 規範、実装、そして判断が戻る回路
ここで、連載の診断枠組みへ戻る。
どの訳語が適切か、どの説明を権威あるものと認めるかは、H₁――認識・規範・分類の側の変数として扱える。
誰が読み書きでき、どれだけの紙や時間があり、誰が校訂や配布を担うかは、H₂――技能・資源・実施体制の側の変数になる。
ただし、前者が常に原因で、後者が従属するのではない。
資料や技能が増えることで、以前はできなかった比較が可能になる。そこで生まれた判断が、新たな改訂や学習へ資源を向けることも考えられる。
また、人員や作業工程が文章に記録されている場合、その文章はH₂を調べる根拠にもなる。H₁とH₂は、文字資料か物的資料かという区別ではない。
Pの区別は、その間を実際に何が戻ったかを見るために使う。
校訂判断が本文の変更へ反映されたことを追えれば、P¹の候補になる。変更後の使用や再検査の結果が、次の判断へ戻ったことまで追えれば、P²を検討できる。P³には、複数の側が相互履歴を持続的な応答方略へ取り込む、さらに深い変化の証拠が必要である。(note(ノート))
ただし、規則が記されているだけでP¹は確認できない。訂正が何回もあるだけでも、前の結果が次の判断へ戻ったとは限らない。
判断、変更、その結果、次の判断を、記録によってつなぐ。
この順序を守れば、標準化を無条件の成功物語にも、無条件の抑圧物語にもする必要がなくなる。
15 何が分かれば、説明を変えるのか
今回の比較は小さい。しかし、何も決まらないわけではない。
bdag の一人称用法は確認できた。
『倶舎論』では、チベット訳を加えることで、二つの漢訳の表現も比較できた。
『三十頌』では、名称の対応だけでなく、識、末那、我に関わる煩悩の関係を追えた。
これらまで、「翻訳は難しい」という一般論へ戻す必要はない。
そのうえで、残る主張を検証可能な大きさへ分ける。
確かめる主張必要な比較説明を変える発見特定の翻訳群では、標準訳語が一貫して使われる年代・本文系統・ジャンル別の用例別対応が系統的に現れ、規則の適用範囲を縮める必要が生じるある訳語の変更は、規範による改訂である規範、新旧本文、改訂記録別の原資料や書写変異による違いと分かる人称語の選択は、相手との地位関係で説明できる対話、内言、発話者・聞き手の関係その要因だけでは説明できない用例がまとまって現れる校訂結果が、次の校訂判断を変えた日付、担当者、修正前後、再検査の記録各訂正が独立で、前の結果への参照が確認できない訳語の区別が、理解や実践の変化を促した講義、注釈、使用・実践の記録言語上の変更と、理解・実践の変化が連動しない
資料が足りないのか。比較する本文が定まらないのか。何を同じ意味と数えるかが未整理なのか。作業が未完了なのか。
Uは未決の印であり、その原因の名前ではない。確認できた用例を保ち、何が不足しているかを分けて、次の照合へ進む。(note(ノート))
難しいことや未確認であることを、原理的に知りえないという結論へ格上げする必要もない。
16 「我」の翻訳史から、何の実在まで言えるのか
「私は聞いた」と書かれている。
我として捉えることが問題にされている。
無我を説く論証がある。
これらは、文献の人称、分類、説明、批判を調べる証拠になる。
しかし、語が使われたことだけから、語り手がどのような主観的経験を持っていたかを再現できるわけではない。
また、無我を説く文献があることと、その論証がどの前提で成り立ち、現実の何を説明できるかも、別に検討しなければならない。
逆方向も同じである。
我という語があるから、独立した不変の我が実在するとは言えない。語に形成史があるから、その対象はすべて言葉が作っただけだとも言えない。
語の使用、理論上の位置、実践、経験、対象の実在を、一段ずつ分ける。
この連載の+Oは、その最後の境界を残す。
一方、今回の無我の説明が、仏教の我に関する議論を尽くすわけでもない。
次には、無我を説く文章と、如来蔵や仏性を説く文章を、各論者がどう関係づけたかが問題になる。
最初から我の復活と決めることも、すべて無我の別表現とまとめることもしない。
何を否定し、何を肯定し、どの文章を別の文章の解釈基準にしたのか。
その配置を追うことが、次の仕事になる。
結び そろえることと、読むこと
チベット語にすると、「心」と「我」はどう分かれるのか。
今回の答えは、チベット語にすれば一度で正しく分かれる、というものではない。
sems、yid、rnam par shes pa の対応は、本文を比較する助けになる。しかし、三名称をまとめるのか、識の働きを区分するのか、我への執着を説明するのかは、論書の中へ戻って確かめる必要がある。
bdag も、哲学的な我の専用語ではなかった。自分を指し、心情を語り、相手との関係を示す言語生活の中で使われていた。
訳語がそろうことは、読む仕事が終わることではない。
だが、標準化が無意味だったということでもない。
何を共通の対応とし、どこを文脈で判断し、何を原語のまま残すか。その判断を、他者が参照できる形にする仕事だった。
そして、その規範は紙の上だけでは持続しない。
写す人、照合する人、教える人、使用を認める人がいる。何を訳してよいかという選別も、どの形を正しいと認めるかという判断もある。
翻訳を、忠実な保存か、文化による変形かの二択にすると、この仕事が見えなくなる。
あるものを保つために、別の部分を変えることがある。区別をそろえることで、初めて見える違いもある。
その先には、さらに別の判断が待っている。
同じ言葉を使いながら、違う説明をする教えを、どう読むのか。
どれを決定的な教えとし、どれに解釈を要するとするのか。どの経典を先に置き、どの論書を基準にするのか。
訳語をそろえる仕事の先に、教えを配列する仕事がある。
次稿では、その配列――了義・不了義、判教、宗義などを通じて、何を何によって読むかを決める仕事――へ進む。
主要資料・参照研究と確認範囲
翻訳規範・語彙集
Mahāvyutpatti〔『翻訳名義大集』〕。識に関する第105部、密教・真言系統の名称に関する第198部などを参照した。現行本文の収録内容を、すべての成立段階で同一だったとは認定していない。(University of Oslo)
sgra sbyor bam po gnyis pa〔『二巻本訳語釈』〕。序の語順・文脈・原語保持・数詞・新語承認・翻訳制限の規定を、オスロ大学 Bibliotheca Polyglotta の対照本文で確認した。節番号は同サイトの表示に従う。(University of Oslo)
石川美恵(1993)『二巻本訳語釈――和訳と注解』、東洋文庫、Studia Tibetica 28。 邦題・書誌の基準。オンライン対照版は、同著者の1990年校訂研究を主要な参照先とする。(国立国会図書館サーチ(NDLサーチ))
Jens Braarvig(2018), “The Imprint of Buddhist Sanskrit on Chinese and Tibetan: Some Lexical Ontologies and Translation Strategies in the Tang Dynasty.” Multilingualism, Lingua Franca and Lingua Sacra 所収。翻訳規定の紹介と研究史を参照した。中国語・チベット語の文化全体を、複雑/単純という二分で説明する部分は、本稿の前提にしていない。(MPRL Series)
人称と非術語的な用例
Nathan W. Hill(2017), “Tibetan First Person Singular Pronouns.” Rocznik Orientalistyczny 70(2), 161–169。古チベット語版『ラーマーヤナ』の用例、地位・謙下・修辞との関係、内言の未解決例を参照した。王妃の例は同論文の例14〔Rāma A 68–70〕。外国文学の翻訳・翻案という資料の性格を保持した。(ポーランド科学アカデミー紀要)
Old Tibetan Documents Online〔OTDO〕。東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所を拠点とする文書校訂・検索事業。資料群の使用領域を確認するために参照し、収録文書全体を仏教受容以前の資料とは扱っていない。(オールドチベット文書オンライン)
梵・蔵・漢の本文比較
資料主な使用箇所『金剛般若経』/Vajracchedikā Prajñāpāramitā冒頭の人称表現、我の捉え方・執取に関わる箇所『倶舎論』/Abhidharmakośabhāṣya第二章第34偈と説明。真諦訳『阿毘達磨俱舎釈論』〔T1559〕巻3、玄奘訳『阿毘達磨俱舎論』〔T1558〕巻4『唯識三十頌』/Triṃśikā第2・5・6偈。玄奘訳『唯識三十論頌』〔T1586〕との対照『中論』/Mūlamadhyamakakārikā第18章、とくに第1〜2偈。鳩摩羅什訳・青目釈を伴うT1564の根本偈と、梵文・チベット文を区別して対照
多言語本文には Bibliotheca Polyglotta、漢訳の確認には大蔵経電子本文を用いた。『金剛般若経』の同サイトのチベット文は、Śīlendrabodhi・Ye shes sdeに帰属される翻訳を後世のデルゲ版に基づいて提示するもの。翻訳帰属、現存版、現代の表示を区別した。(University of Oslo)
Bdag rgyal は参照した『三十頌』本文の読みを保持したものであり、他版の異読を網羅的に調査した結果ではない。(University of Oslo)
書写・校訂・生産体制
Brandon Dotson and Lewis Doney(2024), Producing Buddhist Sutras in Ninth-Century Tibet: The ‘Sutra of Limitless Life’ and its Dunhuang Copies Kept at the British Library. Studies in Manuscript Cultures 43。
本稿では、ハンブルク大学の刊行紹介・目次によって確認できる調査対象と射程を用いた。個別の校訂工程を全文照合して、語彙標準化との直接因果やP²の成立を認定したものではない。(CSMC Hamburg)
石部統久・ChatGPT6Pro
査読:ChatGPT5.6Sol・ClaudeOpus5・Grok・Gemini3.8(Parcae Protocol)
