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「安全」と「居心地のよさ」は違う。|悪い知らせが上がってこない会社

<ハーバード・ビジネス・レビューを読んで考えた、大きな会社の物理法則 vol.07>

大きな組織のトップが、こう言うことがあります。

思い切ってやってください。
失敗しても構いません。
悪いことこそ、早く上げてください。

嘘ではないと思います。本気で言っています。

それでも、上がってきません。
そして、しばらく経ってから、経営が言います。なぜ早く言わなかったのか、と。

この断絶が、どこから来るのかを考えました。


よくある処方と、その副作用

悪い情報が上がってこないとき、いま多くの組織が出す処方は決まっています。

心理的安全性を高めよう。

言葉としては、正しい。
ただ、この言葉がいま、かなり誤解されています。そして誤解されたまま導入すると、悪い情報はむしろ減ります。

心理的安全性という言葉を最初に提唱したのは、エイミー・エドモンドソンという研究者です。
その本人が、広がってしまった誤解を正す文章を書いていました。読んで、思い当たることばかりでした。

誤解その1 ―― 感じよく振る舞うこと

いちばん多い誤解が、これだそうです。

エドモンドソンのもとには、こういう報告が来るといいます。
うちのチームは心理的安全性が高いです。何しろ、言い争うことがありませんから。

彼女は、そこを厳しく指摘します。

この文脈で「感じよくする」というのは、「本当に思っていることは、それが耳触りのいいことでない限り、口にしない」という意味だ――。

これを読んだとき、私は少し怖くなりました。

穏やかな会議。誰も声を荒げない。全員が笑顔で頷いている。
それは、安全な職場の証拠ではなく、誰も本当のことを言っていない証拠かもしれない。

そして、こう続けています。

安全と、居心地のよさは、同じものではない。

安全とは、危険や危害から守られている状態のこと。
居心地のよさとは、楽で、痛みがない状態のこと。

この2つは、まったく別です。
むしろ、安全だからこそ、痛い話ができる。安全でなければ、痛い話は避けられます。

私たちが「心理的安全性を高めよう」と言うとき、たいてい、居心地のよさのほうを高めています。
そして居心地がよくなるほど、悪い知らせは上がってこなくなります。

誤解その2 ―― 自分の意見が通ること

もう1つの誤解があります。

ある会社で、従業員が上司にこう言ったそうです。
あなたはあの会議で私の考えを支持してくれませんでした。そのために私は、心理的に安全ではないと感じました。

エドモンドソンは、これをはっきり否定しています。
人の意見に耳を傾けることと、人の意見に無理やり同意することは、違う。

意見が通らなかったことと、意見を言えなかったことは、別の話です。
ここが混ざると、上司は反論できなくなります。反論できない上司の下では、議論が成立しません。

そして議論が成立しない場所には、悪い知らせも上がってきません。
上げても、扱われないからです。

「思い切ってやれ」だけでは、足りない理由

ここまでを踏まえると、冒頭の断絶が見えてきます。

トップが「思い切ってやれ」と言うとき、伝えているのは意思です。
しかし現場が見ているのは、意思ではありません。前例です。

去年、悪い知らせを持ってきた人がどうなったか。
その報告のあと、その人の担当がどうなったか。会議での扱いがどうなったか。評価がどうなったか。

現場は、それを驚くほど正確に覚えています。
そして、その1件が、100回の「思い切ってやれ」より重い。

前に、匿名なら人は正確に見積もれる、という実験を紹介しました。名前を出すと、短く言ってしまう。

知らないのではありません。
言えないのです。


悪い知らせは、丁寧な形で来ます

つい先日、うちで小さなことがありました。

この連載は、書いているのは私で、noteに載せているのは社内の担当者です。その担当者から、公開の連絡と一緒に、こういう一文が来ました。

この導入部分、少しイメージするのが難しく感じました。簡単な画像があれば、理解しやすくなると思います。

書いた本人としては、いちばん分かりやすく書けたつもりの部分でした。

丁寧に書いてくれていますが、つまり、私の文章が分からなかった、ということです。

悪い知らせは、たいていこの形で来ます。そのまま読むと、ただの提案に見える。

ここで「画像があるといい」を額面どおり受け取って、画像だけ足したとします。文章は分からないままです。指摘は受け取ったのに、問題は何も直っていない。そして次からは、言われなくなります。

その日のうちに、文章を書き直しました。図も作りました。

偉かったという話ではありません。むしろ逆で、指摘されるまで気づいていなかっただけです。

悪い知らせを上げてくれた人に対して、こちらができることは、たぶん一つしかありません。
その指摘のとおりに、何かを変えることです。

感謝を伝えることも要ります。ただ、それ以上に伝わるのは、変わった事実のほうです。

上げた人に、何が起きたか

だから、やることは1つだと思っています。

悪い知らせを上げた人に、そのあと何が起きたかを、目に見える形にすること。

たとえば、問題を早期に報告した人を、その場で名指しで感謝する。
たとえば、悪い報告のあとで担当を外さない。外す必要があるなら、外さない理由を先に説明する。
たとえば、報告のおかげで防げたことを、後から全体に共有する。

派手なことでなくていいと思います。
ただ、1件でも「上げた人が損をしなかった」という前例が要ります。前例がない状態で、言葉だけを増やしても動きません。

そして、逆のこともあります。
悪い知らせを持ってきた人が、そのあと明らかに損をした前例が1つでもあると、それを消すには、たぶん何年もかかります。

完璧でない報告を、歓迎する

もう1つ、実務的なことを書いておきます。

悪い知らせが遅れる理由として、よくあるのが「まだ確認できていないから」です。

原因が分からない。対策も決まっていない。数字も固まっていない。
この状態で上げると怒られる、と思っている。だから、固まるまで抱えます。

固まったころには、手遅れになっています。

だから、報告の基準を下げる必要があります。
分かっていないことは、分かっていないと書いていい。対策がないなら、ないと書いていい。

そう言ってあるかどうかで、報告が来る時期が変わります。


明日、これだけやってください

  1. この1年で、悪い知らせを最初に持ってきた人を1人思い出す

  2. その人が、そのあとどうなったかを思い出す

  3. 損をしていたなら、いま挽回できることがないか考える。損をしていなかったなら、そのことを誰かに話す

3つ目は、宣伝のようで気が引けるかもしれません。
ただ、前例は語られないと前例になりません。誰も知らない前例は、存在しないのと同じです。

次回は、組織を変える話です。
号令をかけても、組織を作り替えても、なぜ動かないのか。その話を書きます。

――――――
この記事で触れた資料

・エイミー C. エドモンドソンほか「心理的安全性について人々が誤解していること」
 DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー 2026年1月号
 (原題 What People Get Wrong About Psychological Safety, Harvard Business Review 2025年5-6月号)