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【エッセイ】【音楽】駄目な僕 ブライアン・ウィルソンを悼む

 やはりこの曲に手が伸びていた――ブライアン・ウィルソン(享年82歳)の訃報に接してからというもの、「I Just Wasn't Made For These Times」をオート・リピートに設定して、繰り返し聴いている。私にとってこの曲の心象は、ビーチ・ボーイズとはおよそ不釣り合いの、大雪と結びついていた――途方に暮れていた。八方ふさがりですっかりお手上げ、やる気も起こらない。ただごろごろ寝転がっていた。随分と昔の話、真冬の北海道で映画を撮っていた時のことだ。北海道でも豪雪地帯として知られる滝川という町で、古いアパートの一室を借りて合宿していた。兵站を無視した無謀な戦い、負け戦さだった。「気分転換にこれでも見てくださいよ」。そんな私を見兼ねて、仲間のKがビデオをかけてくれた。録音技師のKはいつでも楽天的に物事に対処してくれる。京都以来の旧知の仲だ。ビーチ・ボーイズのロック史に輝く記念碑的アルバム「ペット・サウンズ」(Pet Sounds,1966年)に関するドキュメンタリーで、BSか何かで放送されたものらしい。興味深そうなプログラムだったが、疲れ切っていて内容は頭に入ってこない。イントロなしの印象深い歌い出しとともに、大好きな曲が流れてきた――様々な楽器の音が混じりあった分厚いサウンドに、ブライアン・ウィルソンの不安げで繊細な歌声が溶け込むよう、「I Just Wasn't Made For These Times」だ。変なマスクをかぶったモンスター(?)が登場する、えらく投げやりなプロモーション・フィルムをぼんやり目で追っていた。ふさわしい状況で、ふさわしいBGMがタイミングよく流れるということが、人生ではままある。映画のように。

I keep looking for a place to fit in
Where I can speak my mind

 私たちの多くはたいそれたことを考えているわけでもなかろう。ただ自分なりのニッチを、適応可能な生存領域を必死に探し求めている。「自分探し」なる言葉は不正確で無益なだけであろう。

 And I've been trying hard to find the people
 That I won't leave behind

 「これは、自分が時代に先行しすぎていて、そのためにほかの人たちを置き去りにしなくてはならないと知り、悲しみに打たれている男を描いた歌だ」。ブライアンはそう述べている。「駄目な僕」というインパクト強めの邦題に引っ張られてそう思い込みがちな、「落伍者意識」といったことではなく、静かな内省に裏打ちされた、「選ばれしことの恍惚と不安」を歌っているのであろう。ジョン・レノンとポール・マッカートニーという二人の天才とジョージ・マーティンという凄腕の職人を向こうに回して、孤軍奮闘していたブライアン・ウィルソンというもう一人の天才の孤独――。

They say I got brains
But they ain't doing me no good
I wish they could

 「周りの連中は頭がいいねとほめそやすだけで、何もしちゃくれない」。長い間、このくらいの意味にしかとっていなかった。ごく簡単な英語、そういういじけた歌なんだろうと。実際、手元にある日本語版CDに付いている訳も、「頭がいいねとみんなは言ってくれるけど 僕に親切にしてくれる人は一人もいない みんなそうしてくれないかなあ」である。ある時、歴史的名盤誕生の秘密に迫る読み応え十分のノンフィクション「ペット・サウンズ」(ジム・フジーリ著、村上春樹訳)を読んでいて、村上春樹がつけた訳にハッとした。

 僕にはアタマがあるってみんなは言う。
 でもそんなもの何の役にも立ちやしない。
 残念だけどね。

 周りの人間が役立たずなのではない、自分の“優秀”な頭脳こそがまったく無力で無益なのだ。they=brainsと解釈すると、この歌の本質がまったく変わってくるように思えた。ブライアン・ウィルソンの根源的な哀しみ――。

ブライアン・ウィルソン(1966年)

Each time things start to happen again
I think I got something good going for myself
But what goes wrong?
 
Sometimes I feel very sad
Sometimes I feel very sad
Sometimes I feel very sad

 何をやっても、どんなにがんばってもうまくいかない、最後はいつも悲しい思いをする――降りやまぬ雪はやがて吹雪となり、ゴーと容赦なく窓を叩きつける。小さな台所でKがせっせと夕飯の支度をしてくれていた。私はプロモーション・フィルムを巻き戻しては、飽きることなくブライアンの歌声に耳を澄ませていた。これからの人生で何度もけつまずき、何度も失望を味わうことになるんだろうな、そんなことを考えていた。

I guess I just wasn’t made for these time

 世の中と、今の時代とに、どうにも折り合いをつけられない自分――ジム・フジーリはこの曲について、次のように評している。「『ライ麦畑でつかまえて』をひとつのヴァースとひとつのコーラスに縮めると、まさにこういう感じになるのではあるまいか」。同感である。

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