『光の感染者』第14話|愛の起動
「求めなさい。そうすれば与えられる。
探しなさい。そうすれば見つかる。
門をたたきなさい。そうすれば開かれる。」
— マタイによる福音書 7章7節
私の冒険は、
ある瞬間から始まった。
あなたには、そんな経験があるだろうか。
世界が、音もなく切り替わる瞬間。
昨日までと同じ街。
同じ空。
同じ人間たち。
それなのに、
意味だけが変わってしまう。
空気の密度が違い、
言葉の重さが変わる。
一度見てしまえば、
もう元の場所には戻れない。
経験しなければ、
「知る」ことはできない。
人は、
理解できないものにはなれない。
だから私は、伝えたい。
あなたは、あなたがなりたいものになれる。
これは慰めではない。
断定である。
ただし、条件がある。
この世界では、
いずれ嘘が通用しなくなる。
人を騙すことも、
自分を誤魔化すことも、
長くは続かない。
なぜなら――
世界の中心は、愛だからである。
嫌われる金持ちの葬式には、誰も来ない。
立派な棺があっても、花があっても、
そこには人がいない。
一方で、
愛された誠実な人の葬式には、
人が溢れ、言葉が尽きず、
泣く場所すら足りなくなる。
人生は、人によって選び方が違っていい。
それは、疑いようもない。
ちなみに私は、
人生の大半を
**「嫌われる金持ち側」**の人間として生きてきた。
自分たちだけ得をすればいい。
そのためなら、
愛想も、嘘も、計算も惜しまない。
賢く生きようと、
必死に自分を形成していた。
壊れないように。
損をしないように。
社会からはみ出さないように。
ところがある時、
私はこの世界の真理という、
厄介なルールを知ってしまった。
その瞬間、
私は賢く生きることをやめた。
正確に言えば、
賢く生きることを
「やめる」と決めた。
賢くない生き方を選び、
その人生を歩き始めてから、
気がつけば三年が経っていた。
そして、歩いた結果、
私は身をもって知った。
この世界は、ひとつである。
なにも、私が特別なのではない。
もし特別なのだとしたら、
それはただ――
思考の置き場所が、少し違っていただけだ。
人から何と言われようと、
私は常に「今」を楽しんでいる。
そう、
設定してあるのである。
雨が降れば、
濡れる皮膚の感触と、
地面を打つ音を楽しむ。
一人でいる時間も、
私はいつも誰かと遊んでいる。
だいたい、
考えを強制してくる人間ほど決まって、
こう言う。
「こうしたほうがいい」
「それはやめたほうがいい」
「あなたのためを思って」
そう言いながら彼らは、
社会の常識を見張る
無償の番人になっていく。
ある人は言った。
「お金があるほうが、いいじゃない」
その言葉が、
すでにお金に思考を捕らわれている証拠だとも知らずに。
彼女に、
執着というものを教えることができるだろうか。
答えは、否である。
見えていても、
人は他人を変えることはできない。
だから私は、こう言うのだ。
――映画のようだ、と。
私は、彼ら彼女らの映画の中で、
脚本に書かれた「誰か」を演じている。
そして、あなたもまた、
まったく同じである。
同じ世界に立ち、
同じ物語の中にいながら、
それぞれ違う役を演じている。
読者への問い
あなたは、
いま誰の映画を生きているだろうか。
社会の脚本か。
家族の期待か。
金という名の物語か。
それとも、
まだ書かれていない、
あなた自身の脚本だろうか。
賢く生きることをやめる勇気はあるか。
愛のある場所へ、歩き出す覚悟はあるか。
愛を志すには、強さと聡明さが必要である。
そして、
あなたがそれを志した瞬間から、
それらはすでに、
あなたの魂に宿っている。
この世界は、ひとつである。
では――
その世界で、
あなたは誰を演じるつもりだろう。
そして、私は予言しよう。
その問いに正直であろうとしたあなたは、
いつか必ず、
穏やかに笑っている。
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