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『光の感染者』第36話|未来は見えない。でも人生は分かれる。

人は、未来が見えないから不安なのではない。

見えない未来を、勝手に“恐怖で塗りつぶしている”だけだ。

未来は、誰にも見えていない。

だが人生は、確実に分かれていく。

なぜか。

未来そのものではなく、
未来に対する“態度”が違うからだ。

恐れる者は、恐れる現実へ向かい、

信じる者は、信じた現実へ向かう。

――そして、その差は、取り返しがつかない。


人間は、見えないものを恐れる。

それは、昔から変わらない性質だ。

神も仏も存在しない、と言い切る者がいる。

人間には目がある。
だから、すべては見えるのだと。

「私に見えないものなどない」と、どこか誇らしげに言う。

――では、問おう。

あなたは、未来が見えるか。

多くの者は、少し笑って答えるだろう。

そんなもの、見えるわけがない、と。

そうだろう。

私にも、見えない。

だが、ここにひとつの分岐がある。

見えない未来に対して、
どのような“態度”を取るか。

それだけで、
人間の生きる世界は、静かに分かれていく。

ある者は、不安で満たす。

まだ起きてもいない出来事を思い描き、
恐怖を膨らませ、
自らの内側に、影を育てていく。

あんなことが起きたらどうしよう。
こんなことになったらどうしよう。

その思考はやがて、現実へと接続される。

家庭、職場、人間関係。

すべての出来事が、
その内側のエネルギーと、静かに共鳴し始める。

人は、まだ来ていない未来を恐れる。

理由は単純だ。

不快だからだ。

そして、その不快を、
今この瞬間には取り除けないからだ。

だから人は、依存する。

その不安を扱う構造へと。

宗教。
政治。
スピリチュアル。
保険。

それらはすべて、
人間の不安と恐怖を前提に成立している。

理解できる者は少ない。

だが、少しだけ考えてみればいい。

もし人々が、十分に満たされ、静かで、揺るがぬ存在であったなら。

それらは、今の形では存在し得ない。

不安を生み出す装置がある。
恐怖を維持する仕組みがある。

それは、日常の中に、あまりにも自然に溶け込んでいる。

テレビ。
新聞。
スマートフォン。

問題は内容ではない。

流れている“周波数”だ。

人の意識は、
知らぬ間に、静かに調律されていく。

だから私は、それらを遠ざける。

自らの認識を、
他者の設計に委ねないために。

ここで、さらに分岐する。

この言葉が、まったく理解できない者。

そして、すべてが繋がって見えてしまう者。

この差は、知識の差ではない。

認識の階層の違いだ。

そしてそれは、やがて――

“世界そのものの違い”になる。

同じ場所に立ちながら、
まったく異なる現実を生きる。

それが、人間という存在だ。

あなたがどちらの世界を選ぼうと、
私は否定しない。

あなたは、あなたの見たい世界を見る。

ただ、それだけのことだ。

私はただ、
観測した事実を述べているにすぎない。

真実とは、説明されるものではない。

触れた者だけが、理解する。

根拠を求める者がいる。

だがそれは、
まだ外側に答えを求めている証だ。

まず、自らの人生で試せばいい。

その結果で、判断すればいい。

真理とは、与えられるものではない。

経験によって、静かに確定していくものだ。

そして最後に、もう一度だけ言う。

この言葉が届く者は、限られている。

すべての人間に向けて書いているわけではない。

光に触れた者。
すでに違和感を持っている者。

その者たちにだけ、
この言葉は意味を持つ。

それ以外の世界について、
私は語ることができない。

それは、私の領域の外にあるからだ。

――だが。

ここで、一つだけ訂正しておこう。

先ほど私は、未来は見えないと言った。

それは、半分だけ正しい。

もう半分は、こうだ。

未来は、見えないのではない。

創っているのだ。

いま、この瞬間に。

絶えず、静かに、確実に。

私たちは未来を予測しているのではない。

未来を、選び続けている。

そして、創り続けている。

それは、私にとって使命であり、

人として生きている理由でもある。

だから未来とは、
予想するものでも、恐れるものでもない。

創造するものだ。

――そう理解してほしい。

賢いあなたなら、もう分かるはずだ。

それを、どう現実にするのかを。

心こそすべて。あなたは考えた通りのものになる。

― 仏陀(ダンマパダ)

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