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 『光の感染者』 第1話|愛の使い方を、私は知らなかった

2026.1.7
—— 愛の再定義 ——

その中で最も大いなるものは、愛である。

(Ⅰコリント 13:13)

愛の使い方を、私は知らなかった

もし、目の前に
しかめっ面の五十過ぎの男が
電車の前に、ぽつんと座っていたら。

高校時代の、
まだ世界を殴れると信じていた僕なら、
きっと唾を飛ばしていた。
自分の若さが正義だと、
疑いもせずに。

社会人になった僕は、
視線を切り落とし、
無関心という名の保身を選んだ。
それが大人だと、
誰かに教わった気がしたからだ。

そして今の僕は、
変な顔をして、
相手の顔すら見ずに、
ただ空気の揺れを眺めている。

怒りが溶ける瞬間、
恐れが逃げる瞬間、
そのエネルギーの変化を観察して、
ひとり、笑っている。

——ずいぶん、遠くまで来てしまった。
我ながら、奇妙で、
しかし
悪くない成長だと思う。

父が死んだ。
それを境に、
効率とか、正解とか、
そういうものが
急に色あせた。

母は、こう言う人だった。

賢くなりなさい。
いい大学を出て、
いい会社に入って、
あまり深く考えず、
趣味などに時間を使って、
運命の人に出会ったら、
結婚すればいい。

それは、
母が凡庸だったという話ではない。

むしろ、
この世界で生き延びるための
最も誠実な処方箋だった。

けれど、残念ながら、
僕はその願いを
叶えてあげることができなかった。

僕は、
言ってしまったのだ。

「成功するまで、
何度でも挑戦する」

と。

親子であっても、
人は人の本質を
書き換えることはできない。

それを、僕は
父の死で知った。

葬式の日、
僕は初めて父を見た気がした。
生きている間よりも、
ずっとはっきりと。

小さな町工場の社長。
それだけ聞けば、
僕はどこかで
勝ったつもりでいた。

東京や大阪で稼ぎ、
同年代より
少し数字が良いというだけで、
自分は優秀だと
信じ込んでいた。

——浅はかだった。

葬式には、
三百人を超える人が集まり、
泣いていた。

父は六十一歳だった。
あまりにも、早い。

父は、
一匹狼で、
不器用で、
強くて、
優しくて、
そして——
アホになれる男だった。

僕は、
父が死ななければ
アホになれなかった。

父の死の意味を
考え続けなければ、
アホの価値を
理解できなかった。

もちろん、
この技術は
場所と人を選ぶ。
誰にでも使えるものではない。

でも、父を知っているから、
僕は知っている。

アホになれる男の中身は、
しかめっ面しかできない
エリートの何百倍も、
人から愛され得る

ということを。

父が死んだ瞬間、
まるで天使が
父の声を借りて
僕の中に降りてきたように、
僕は
「アホになる」ことを
志し始めた。

賢く生きるよりも、
多くの人に
愛を渡す生き方を、
選ぶことにした。

そんな生き方、
しんどいでしょう?
と、よく言われる。

——その通りだ。

世界が
見えてしまうから。


矛盾も、弱さも、
愚かさも、
全部。

だからこそ、
その中で最も大いなるものが、
愛なのだと、
今ははっきりと思う。


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