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「楽しくやろう!」の落とし穴|お節介を越える“押し付け”からさようなら

「絶対これがいいよ」
「この方が簡単だよ」

自分のやり方を信じて疑わず、ちょっと押し付けがましい人

職場・学校・なにかしらのコミュニティ、どこにでもいる


私はAPEX(オンラインゲーム)で押し付けの激しい人に出会った。
FPSがヘタな私は、誘ってくれる人には前もって「ヘタクソ」だと伝える。

するとだいたいこう返ってくる。

「楽しくやれればいいよ!」


この人も最初はそう言った。
なのに『強制コーチング』が始まった

…どういうことなんだ。

1ミリも頼んでいない


負けると逐一反省点を教えてくれる。
オクタンのジャンパを確殺に使う人と比べたら、技術はかなりある。


でも、おかしい。

私が見てる状況とは“違う状況”を見てることがある。

私が見てた野良(見知らぬ味方プレイヤー)は、ウルト(必殺技)を使った。

だけどその人には使ってないように見えたらしく、「いまの、野良がウルト使うべきだったね」と言う。

…野良は絶対ウルトを使ってた。

「深呼吸しろ」と言いながら怪しく撒き散らされた緑色のh…ガスだけを残し、彼が息絶えたのを私は確実に見た。

だから、その言葉に納得いかない。


さらに、超強くなれるらしい感度をおすすめされた。

「めっちゃ強い感度(画面の動く速さ)あるよ!」


いません?

こういう、自分が慣れきった設定や配置を「このほうが絶対にいいよ」とか言って勝手に変えてくる人

この感度設定も同じである。

長年使ってきたiPhoneを取り上げられて、使い方や操作のクセも全く違うAndroidのスマホを持たされるようなもの

そうして私はなかば強制的に感度を変えた。

最弱になった

「当たりやすくない?」と言われる。

「慣れないから当たらない」と伝えた。

「腰撃ちは使わないよ。俺はゴリ押し!」

…それは貴殿のプレイスタイルであり、私は腰撃ち必須派だ。

どこまでも主語が『俺』であり、「設定を戻そう」などの配慮もなくほったらかし。


いよいよ“お財布事情”にも踏み込んできた。
古いモニターを使う私に、モニターの買い替えを提案してきた。

私は「今すぐは考えてない」と言った。
なぜならいま使っているモニターは、最近譲り受けたばかりのもの。

120FPSは出ない。
それでも、それまでバカデカい古いTVで遊んでいた私にはじゅうぶんすぎるほどのグラフィックを誇っていた。

なのに…

気を遣ってるつもりなのかもしれないが、比較的安価なさまざまなモニターを提案し続けてくる


「いくらならすぐ出せる?」


…なんなの?私の話、聞いてた?
…なぜ購入前提で話が進むんだ?

もう恐怖でしかない。


この人が言った「楽しくやろう!」

これは許容ではなく、『“自分が”楽しくやれればそれでいい』だったんじゃないだろうか。


私はよく『コーチング動画』を観る。
動画は不快にならない。

野良の動きやヘルス(体力)状況など、さまざまなことを計算した上での助言。

その瞬間に“自分が”どう判断するべきか』を説明してくれる。

さらに、上手くできている部分もきちんと拾って褒めてくれる

そう、コーチング動画は“プレイヤー”を尊重してくれる。

しかもだいたいはぐぅの音も出ないほどの実力も持ち合わせている。
だから余計に納得できる気がしている。

仮に「なに言ってんだこいつ」と思うようなコーチング動画だったら、なんの参考にもしない。


対してこの人は?

基準が自分のプレイスタイル。

自分の判断を省みることは少なく、人の良かった部分を拾わない。

自画自賛が多い。

後からなんとでも言える『結果論』と『“自分が”こうしてほしかった』が多い。

納得できない正解を、断定口調で押し切る

要は“自分の意見の押し付け”である。

この差なのかもしれない。


この人はもはやアドバイスじゃなくて、『自分の成功体験を、他者を使って再現したい』が8~9割なんじゃないかとさえ思う。

「自分がうまくいった方法はだれにでも当てはまる」

そう思い込んでる気がする。


でも、使い慣れているものも考え方も人それぞれ。

『自分にとっての正解』が『相手にとっての正解』とは限らないのに、この人は『自分の正解』を信じている

感度設定変えた途端に最弱になったというのに。


“善意”はあるのかもしれない。
でも、あまりにも自分の理想の押しつけが強い。

あくまでも『自分が中心』であり、『相手を主体』にしていない

人の話を1ミリも聞かずに、モニターをしつこくすすめてくるし。


“相手に合うか”よりも、『自分が正しいことを証明したい』が先に来ている。

その正しさを証明して、自分のやり方が正しいと確認したいのかもしれない。


アドバイスは“教えたい気持ち”があっても“相手を尊重する気持ち”がなければ、ただの『自己満足の押し付け』にしかならない。

私は途中から感情ゼロの定型文を返し続けた。

「そうなんですね!」
「ありがとうございます!」
「参考にしてみます!」

そして、「これでやめますね!」をねじ込む

解放された私は、感度設定も戻してこの人をソッコーブロックした。



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