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ヨルシカの人気曲おすすめ32選|ただ君に晴れ・晴るから最新アルバム『二人称』まで時代順に

ヨルシカの曲を一曲でも気に入ると、だいたい同じ壁にぶつかります。曲数が多すぎて、次に何を聴けばいいのか分からないのです。

コンポーザーのn-bunaとボーカルのsuis。この2人が2017年に始めたバンドは、ミニアルバム2枚、フルアルバム5枚、EP1枚、音楽画集1作、そして大量の配信シングルを積み上げてきました。しかもその多くが「アルバム1枚で一つの物語」という設計になっているため、再生回数順に上から聴いていくと、物語の途中から飛び込むことになります。

この記事では、2017年のデビュー作から2026年4月配信の「あぶく」まで、ヨルシカの人気曲・代表曲を32曲選び、時代順に並べました。一曲ずつに「いつ出た曲か」「どのアルバムの何番目の物語なのか」「どんなタイアップだったのか」を書いています。

そしてもう一つ、ヨルシカを聴くうえで外せない軸があります。元ネタになった文学作品です。宮沢賢治、ヘミングウェイ、萩原朔太郎、オスカー・ワイルド、アンドレ・ジッド、ジョージ・オーウェル、島崎藤村。n-bunaはモチーフを隠しません。この記事では該当する曲すべてに、どの作品が下敷きになっているかを明記しました。

初めての方は第1章から順に。すでにファンの方は、第6章以降の「まだ聴いていない新曲」から拾ってみてください。

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ヨルシカという2人組|素顔を明かさないまま、文学とポップスを橋渡しした

ヨルシカは、n-buna(ギター・コンポーザー)とsuis(ボーカル)による2人組です。2017年4月21日に結成が発表され、同年6月28日に1stミニアルバム『夏草が邪魔をする』でデビューしました。

n-bunaは1995年8月17日生まれ、岐阜県出身。中学2年でエレキギターを買い、母親から譲り受けたノートパソコンでDTMを始めます。2012年にニコニコ動画へ「アリストラスト」を投稿してボカロPとしての活動を開始し、2013年の「透明エレジー」でVOCALOIDカテゴリのデイリー総合ランキング1位を獲得しました。

「作者が作品より前に出ないようにしたい」 というn-bunaのポリシーから、2人は素顔やプロフィールを一切明かしていません。バンド名の由来は、デビュー作の収録曲「雲と幽霊」の歌詞の一節「夜しかもう眠れずに」です。

n-bunaがヨルシカを始めた理由は本人の言葉によると2つあります。ボーカロイドを使っていたところから「人間の声で表現したい」という欲求が出てきたこと、そして自分が「音楽で食べていかなきゃいけない人間だった」こと。suisを選んだ決め手は声質で、ロックでも映え、バラードや浮遊感のある曲にも対応できる「ちょっとハスキー成分のある歌声」を探していたところにぴったり当てはまったと語っています。

2019年8月の『エルマ』でユニバーサルJからメジャーデビュー。2020年には第34回日本ゴールドディスク大賞のベスト5ニューアーティスト【邦楽】を受賞しました。2023年1月には日本武道館と大阪城ホールでの公演を自身初開催しています。

この32曲をどう選んだか|3つの基準

✅ 基準1:時代のバランスを崩さない

再生回数だけで選ぶと、2018年前後の曲と2024年の「晴る」に偏ります。この記事では2017年から2026年までを7つの章に分け、どの時期からも複数曲を入れました。ヨルシカは作品ごとにコンセプトが変わるバンドなので、時代を飛ばすと変化が見えなくなります。

✅ 基準2:シングルとアルバム曲を両方入れる

ヨルシカの場合、アルバムの物語を担う曲がシングルになっていないことがよくあります。「八月、某、月明かり」「雨とカプチーノ」「パレード」あたりは配信シングルではありませんが、アルバムを聴いた人ほど名前を挙げる曲です。配信シングル中心の選曲にならないよう調整しました。

✅ 基準3:いま聴ける曲であること

32曲すべてにApple Musicのプレイヤーを置いてあります。曲名をタップすればその場で試聴できます。アルバム未収録のまま埋もれている曲や、配信が止まっている音源は入れていません。


第1章|2枚のミニアルバムで出来上がった原型(2017〜2018)

ヨルシカの最初の2作、『夏草が邪魔をする』と『負け犬にアンコールはいらない』は、いまのヨルシカとは少し手触りが違います。物語の設計はまだ緩く、その分だけ曲が剥き出しです。夏、別れ、うまく言えなかった言葉。この時期に固まった素材は、以降のすべてのアルバムに引き継がれていきます。

『夏草が邪魔をする』は2017年6月28日発売、オリコン週間32位。翌2018年5月9日の『負け犬にアンコールはいらない』はオリコン週間5位まで上がり、112週にわたってチャートインし続けました。1年間隔が空いたのは、n-bunaに曲が作れないスランプの時期があったからだと本人が話しています。

① 言って。

1stミニアルバム『夏草が邪魔をする』の3曲目に収録された、ヨルシカの実質的な名刺です。演奏時間は4分2秒で、アコースティックギターのアルペジオから入り、サビで一気にバンドの音が開けます。

この曲のミュージックビデオは、アルバム発売から4年後の2021年7月27日に再生回数1億回を突破しました。結成直後の、まだ誰も知らないバンドが出した1枚目の収録曲が、4年かけて1億回に届いたという事実がヨルシカの伸び方をよく表しています。

歌詞は、言えなかった言葉をめぐる独白です。相手にどうしても言ってほしかった一言があって、それが最後まで言われないまま終わってしまいます。タイトル末尾の句点まで含めて、その未練の形になっています。

サウンド面では、後年の変拍子や凝った転調はまだ控えめです。代わりにメロディの強さが前面に出ていて、初めてヨルシカを聴く人にはこの曲がいちばん入りやすいと思います。

撮影・アートディレクションとロゴデザインは、デザイナーの久保木香が担当しました。月と月が向かい合うモチーフで時計の針にもなっているあのロゴマークには、「6時から夜」という意味が込められています。


② 雲と幽霊

同じく『夏草が邪魔をする』の収録曲で、アルバムの最後を飾る5分15秒の曲です。そして、バンド名「ヨルシカ」の出どころでもあります。

歌詞の一節「夜しかもう眠れずに」から、n-bunaはバンド名を取りました。つまりこの曲がなければヨルシカという名前は存在していません。ファンの間で特別扱いされている理由の半分はそこにあります。

曲そのものは、いなくなった誰かと夏の夜を並べた静かな曲です。幽霊という言葉を使いながら怖さはまったくなく、むしろ「もう会えない」ことをやわらかく受け入れる方向に進みます。

5分を超える尺のなかで、後半に向けて音数が増えていく構成も見どころです。この「長い曲を退屈させずに聴かせる」やり方は、のちの「花人局」や「靴の花火」にも引き継がれます。

デビュー作の最後にこの曲を置いたこと自体が、ヨルシカの自己紹介になっていました。

③ 靴の花火

『夏草が邪魔をする』の6曲目に置かれた5分3秒の曲です。デビュー作のなかでは最も重い曲で、失ったものに向けて延々と語りかける構成になっています。

この曲は2023年4月5日発売の音楽画集『幻燈』でセルフカバーされました。デビュー作の曲を6年後に録り直したわけで、n-bunaにとって手放せない一曲だったことが分かります。オリジナル版と再録版を聴き比べると、suisの歌の解像度の違いがはっきり出ます。

歌詞に出てくる花火は、夏の風物詩というより、一瞬で消えてしまうものの比喩として使われています。ヨルシカの曲は夏の景色を借りて喪失を書くことが多いのですが、その型がいちばん強く出たのがこの曲です。

構成もひねっています。サビらしいサビがなかなか来ず、代わりに語りのようなメロディが積み上がっていく。その我慢の先に来る終盤が効きます。

初期のヨルシカで一曲だけ挙げろと言われたら、「言って。」ではなくこちらを選ぶリスナーも少なくありません。

🎵 「言って。」で入った方は、次に「靴の花火」へ進んでみてください。同じアルバムの中でヨルシカの振れ幅が分かります。

④ ヒッチコック

2018年5月9日発売の2ndミニアルバム『負け犬にアンコールはいらない』の4曲目で、演奏時間は3分42秒です。映画監督アルフレッド・ヒッチコックの名前をタイトルに借りていますが、中身は先生に質問を投げ続ける生徒のモノローグです。

「先生、どうか教えてください」という形式で、答えの出ない問いが次々に並びます。人生の意味、死、価値。ぶつけられる質問がどれも子どもじみているのに、だからこそ刺さります。

この曲は2026年3月配信の5thアルバム『二人称』で再録(Re-Recording)されました。8年後に録り直された理由は、『二人称』が「詩を書く少年と、文学を教える先生の文通」という設定だからです。先生に質問を投げる曲が、先生が主役の物語に組み込まれた形になります。

サウンドは初期ヨルシカのなかでもっともストレートなバンドサウンドで、テンポも速め。ライブでの盛り上がりどころとして定着しています。

2023年1月から2月の『ヨルシカ LIVE 2023「前世」』で、この曲は有観客ライブ初披露を迎えました。リリースから約5年かかっています。

⑤ ただ君に晴れ

ヨルシカ最大のヒット曲です。2018年5月4日にミュージックビデオが公開され、5月9日発売の『負け犬にアンコールはいらない』に収録されました。演奏時間は3分18秒です。

数字が異常です。MVの再生回数は2020年8月に1億回、2023年9月24日に2億回を突破。ストリーミングの累計再生回数はBillboard JAPAN調べで2020年10月に1億回に達し、ヨルシカ初のストリーミング1億回超え楽曲となりました。さらに2023年10月4日には3億回を突破しています。

MVのロケ地は富山県高岡市の雨晴海岸です。名前のとおり「雨が晴れる」海岸で、曲名との符合がそのまま映像になっています。

内容は夏のひと夏の記憶で、疾走感のあるバンドサウンドに乗せて、もう戻らない時間が駆け抜けていきます。ヨルシカの曲のなかでは圧倒的に明るいほうですが、歌詞をよく読むと別れの歌です。

2019年12月に開催されたイベント「さよなら たりないふたり〜みなとみらいであいましょう〜」のオープニングVTRのBGMにも採用されました。ヨルシカを知らない層に届いた最初の一曲でもあります。



第2章|『だから僕は音楽を辞めた』──手紙から始まる物語(2019)

ここからヨルシカは「アルバム1枚で一つの物語」に踏み込みます。2019年4月10日発売の1stフルアルバム『だから僕は音楽を辞めた』は、音楽を辞めることになった青年エイミーがスウェーデンを旅しながら、エルマという相手へ向けて書いた曲、という設定の全14曲です。

初回生産限定盤には「エルマへ向けた手紙」を再現した被せ蓋付きの木箱が付きました。青年が書き溜めた手紙や歌詞、訪れた街の写真を納めた木箱で、「藍二乗」のMVとアルバムトレーラーに実際に登場します。オリコン2019年4月22日付の週間ランキングで最高5位。

⑥ 藍二乗

2018年12月28日に配信限定シングルとしてリリースされた、アルバムの先行曲です。演奏時間は4分5秒で、音楽を辞めることになった青年の葛藤を描いたロックナンバーになっています。

タイトルは「あいにじょう」と読みます。この「藍」は虚数単位の“i”を指しています。iの2乗は−1なので、藍二乗で「マイナス1」、つまり「君がいない」を表現したとn-bunaがインタビューで明かしました。タイトル一つでこれだけ仕込むのがこのバンドです。

MVは配信に先駆けて2018年12月27日にYouTubeとニコニコ動画で公開されました。監督は映像クリエイターのぽぷりか。前述の木箱が映像に出てくるのはこのMVです。

2019年2月1日に1stフルアルバムのリリースが発表され、同時にこの曲がアルバム収録曲であることも明かされました。つまり単体のシングルとして出た時点では、まだ大きな物語の一部だと知られていなかったことになります。

曲調は疾走感のあるバンドサウンドで、初期のキャッチーさと後年の構築性のちょうど境目にあります。物語を追う気がなくても単体で成立する強さを持った曲です。


⑦ 八月、某、月明かり

アルバムの3曲目に置かれた4分36秒の曲です。シングルカットされていないのに、ファン人気では収録曲の上位に入り続ける曲です。

タイトルの「某」は「なにがし」と読み、日付や場所をわざとぼかす書き方です。手紙の日付欄に月だけ書いて日は伏せる、そんな身振りがそのままタイトルになっています。アルバム全体が手紙の集積であることを考えると、この曖昧さは意図的です。

歌の主人公は、音楽をやめる理由を並べながら、同時に音楽を捨てきれないことを白状します。「金がない」「才能がない」という生活の言葉と、月明かりという情緒的な言葉が同じ曲に同居する。この落差がヨルシカの詞の骨格です。

サウンド面はアップテンポなギターロックで、アルバム前半の推進力を担っています。歌詞の内容は重いのに演奏は軽快という組み合わせが、聴き終えたあとの後味を複雑にします。

初めてこのアルバムを通しで聴く人が、いちばん最初に「引っかかる」曲でもあります。

⑧ パレード

アルバムの11曲目で、演奏時間は4分59秒です。2019年4月10日にアルバムと同時に配信された曲でもあります。

物語の終盤に置かれた曲で、ここまで積み上がってきた青年の旅がいったん祝祭の形を取ります。タイトルのとおり行進のようなリズムで進みますが、祝っているのは別れのほうです。

この曲がアルバムの中でどこに立っているかを知ると、聴こえ方がかなり変わります。「パレード」の次が「エルマ」、その次が「4/10」、そして表題曲「だから僕は音楽を辞めた」で終わる。つまり終わりの手前の、いちばん明るい場所です。

演奏はホーンとストリングスが入り、ヨルシカとしては珍しく祝祭的です。suisの歌も張り上げるのではなく、行列を見送るような距離感で置かれています。

アルバムを通して聴く人にだけ意味が立ち上がる曲なので、シングル的な聴き方をしていると素通りしがちです。だからこそ第2章に入れました。

🎵 『だから僕は音楽を辞めた』は曲順に意味がある作品です。シャッフル再生よりアルバム順の再生をおすすめします。

⑨ だから僕は音楽を辞めた

アルバムのラストを飾る表題曲で、演奏時間は4分2秒です。ヨルシカのカタログのなかで「ただ君に晴れ」に次いで再生されている曲でもあります。

タイトルがそのまま結論になっています。14曲かけて書かれた旅の手紙が、最後にこの一行へ着地する構造です。アルバム全体の設計としては、これ以上ないほど明快だといえます。

なおこの曲は、第2章の冒頭で触れた「エイミーがエルマへ宛てた手紙」という設定の最終地点にあたります。つまり手紙の書き手が、書くこと自体をやめると宣言して終わる。次作『エルマ』はその手紙を受け取った側の返事なので、この曲は2枚組の物語のちょうど折り返し点でもあります。

曲は静かなピアノとギターから始まり、サビで一気に開けます。特に終盤、それまで抑えていたsuisの声が振り切れる箇所は、このバンドの録音のなかでも屈指の瞬間です。

この曲は2022年4月時点で「ただ君に晴れ」に続く自身2曲目のストリーミング累計1億回再生突破を記録しました。物語の結末として書かれた曲が、単体でここまで聴かれているのは珍しいことです。

音楽を辞めると歌いながら音楽が止まらない、という矛盾そのものが曲になっています。この矛盾は翌年の『盗作』でさらに屈折した形で戻ってきます。



第3章|『エルマ』──返事として書かれたアルバム(2019)

2019年8月28日発売の2ndフルアルバム『エルマ』は、前作のわずか4か月後に出ました。しかも内容は前作の続編です。

旅をしていた青年エイミーから送られてきた手紙に影響を受けた少女エルマが、自分で曲を書き、エイミーと同じ道を辿る。全14曲は「エルマがエイミーの手紙を読んで詞を書いた」という設定になっています。ただ1曲、「ノーチラス」だけはエイミーが書いたという設定です。

初回限定盤はエルマが書いた日記帳仕様。前作が「手紙と写真」だったのに対し、こちらは「日記帳」でコンセプトを示しました。オリコン2019年9月9日付の週間ランキングで最高3位、週間デジタルアルバムランキングでは1位を記録しています。

⑩ 心に穴が空いた

2019年6月24日にデジタル配信限定シングルとしてリリースされた4分24秒の曲です。ヨルシカにとって1作目の配信限定シングルであり、この曲のリリースによってユニバーサルJからメジャーデビューを果たしました。

帝京平成大学の2019年度テレビCMソングに起用されています。大学のCMで流れる曲としては歌詞がかなり重いのですが、その違和感込みで記憶に残った人も多いはずです。

タイトルどおり、埋まらない空白についての曲です。喪失を歌いながら悲鳴を上げず、淡々と穴の輪郭をなぞっていく。この距離感が『エルマ』というアルバム全体のトーンを決めています。

演奏はミドルテンポで、ピアノとギターのバランスが良い曲です。派手さはありませんが、アルバムの中盤で聴くとこの落ち着きが効いてきます。

なおこの曲の発売からちょうど1年後に、次の章で扱う「思想犯」が先行配信されました。ヨルシカのリリースは日付の符合が多いバンドです。


⑪ 雨とカプチーノ

『エルマ』の4曲目に置かれた4分29秒の曲です。アルバム収録曲のなかでいちばん人気のある曲で、配信シングルにはなっていません。

タイトルの組み合わせがそのまま曲の質感です。雨の日のカフェ、湯気の立つカプチーノ、窓の外。旅先の一場面を切り取ったような歌詞で、物語の進行というより、立ち止まった時間を描いています。

サウンドはヨルシカとしては明るめで、跳ねるリズムの上でsuisの声が軽やかに動きます。前作『だから僕は音楽を辞めた』の張り詰めた空気と比べると、『エルマ』のほうが呼吸が深いことがこの曲でよく分かります。

歌詞には旅先の地名や風景が具体的に出てきます。エルマがエイミーの足跡を追ってヨーロッパを歩いている、という設定を知ってから聴くと、風景の解像度が一段上がります。

ヨルシカの曲でカフェのBGMとして違和感がないのは数少ないのですが、この曲はそのひとつです。入口としても優秀です。

🎵 ヨルシカは重い曲ばかりだと思われがちですが、「雨とカプチーノ」は例外です。まずここから入るのもありです。

⑫ ノーチラス

『エルマ』の最終曲で、演奏時間はちょうど4分です。アルバム全曲がエルマの作という設定のなかで、この1曲だけがエイミーの作とされています。

つまり2枚のアルバムを通して、最初と最後がどちらもエイミーの曲になっている構造です。手紙を書いた人間の言葉で始まり、読んだ人間の言葉が13曲続き、最後にもう一度書き手へ戻る。この折り返しを知ってから聴くと、曲の主語がまるごと入れ替わります。

ノーチラスはオウムガイのことであり、同時にジュール・ヴェルヌ『海底二万里』に出てくる潜水艦の名前でもあります。海の底に沈んでいく2枚組の物語が、この船の名前で閉じられるわけです。

ドラマ「言の葉」のメインテーマソングにも起用されました。物語の結末として書かれた曲がタイアップに使われるという、ヨルシカらしい逆転が起きています。

曲は静かに始まり、終盤で大きく開けます。2枚のアルバム、28曲分の旅がここで終わるという情報を持って聴くと、最後のサビの意味が変わります。

『だから僕は音楽を辞めた』と『エルマ』を続けて通しで聴く体験は、ヨルシカを聴くうえで一度は通っておく価値があります。合計で2時間弱、その時間を払う価値のある構成です。



第4章|『盗作』──音楽泥棒が告白する14編(2020)

2020年7月29日発売の3rdフルアルバム『盗作』は、ヨルシカの評価を決定づけた作品です。テーマは「音楽の盗作をする男の物語」。10編の歌と4曲のインストゥルメンタルで構成されています。

n-bunaはこのアルバムの発端をこう説明しています。盗作という行為について「やっていることは、情報だけで見たら盗作にあたるんだろうなと。なのに、“ここは、この作品のこの部分から持ってきた”と公言した瞬間、“盗作”は“オマージュ”に変わる。作品自体の内容はまったく変わらないのに」。だから「盗作と題した作品すら、ひとつの作品になるんじゃないか」と考えたそうです。

実際にアルバムの至るところで引用が行われています。ベートーヴェンの「月光」、グリーグの「朝」、エリック・サティの「ジムノペディ」。初回限定盤のパッケージは、コンセプトが綴られた130ページほどの「小説」でした。

初動40,450枚を売り上げ、オリコン週間アルバムランキングで初登場2位、週間合算アルバムランキングで1位を獲得。Billboard Japan Download Albumsでも1位を記録しました。

⑬ 夜行

2020年3月4日に2作目のデジタル配信限定シングルとしてリリースされた曲で、演奏時間は3分22秒です。長編アニメーション『泣きたい私は猫をかぶる』の挿入歌に起用されました。

ヨルシカがこの映画に提供した3曲のうち、最初に世に出たのがこの曲です。残る2曲は次に紹介する「花に亡霊」(主題歌)と、第5章で扱う「嘘月」(エンドソング)になります。

配信と同日に、スタジオコロリドが制作したミュージックビデオがYouTubeで公開されています。映画のスタジオがそのままMVを作るという座組みで、曲と映像の密度が揃っています。

『盗作』の13曲目に置かれ、アルバムの終盤で夜へと落ちていく役割を担います。n-bunaはアルバムの構成について「昼から夕方を経て夜へ向かっていくというイメージ」と語っており、この曲はその夜の入口です。

曲調はミドルテンポのバンドサウンドで、主張が強すぎません。だからこそ、続く「花に亡霊」への橋渡しとして完璧に機能します。

配信は2020年3月、タイアップの発表は同年4月10日。曲が先に世に出て、後から映画との関係が明かされるという順番でした。


⑭ 花に亡霊

2020年4月22日リリースの3作目のデジタル配信限定シングルで、演奏時間は4分1秒です。長編アニメーション『泣きたい私は猫をかぶる』の主題歌です。「夜行」が挿入歌、こちらが主題歌という関係になります。

n-bunaはこの曲について「純粋に、きれいなメロディ、きれいな情景を並べた歌を作ろうと思ってできた曲」と語り、自身の好きな 「夏の匂いがする」 という言葉を歌詞に入れたとコメントしています。

『盗作』のラストを飾る曲でもあります。n-bunaはアルバムの余韻について「最後に夏の匂いがして終わる作品にしたかった」と述べており、その言葉どおりの着地です。盗作をテーマにしたひねくれたアルバムが、最後にまっすぐな夏の曲で閉じる構成は見事というほかありません。

配信と同日、ユニバーサルミュージックのYouTubeチャンネルで30秒CMが公開されました。ナレーションは声優の花江夏樹が担当しています。

この曲は「ただ君に晴れ」「だから僕は音楽を辞めた」に続く、ヨルシカ3曲目のストリーミング累計1億回再生突破曲となりました。


⑮ 春ひさぎ

2020年6月3日に先行配信された3分37秒の曲で、『盗作』の3曲目です。アルバムのなかでもっとも異質な音をしています。

スウィング・ジャズ的な曲調をロックンロールのなかで解釈した曲で、商売としての音楽を「売春」というメタファーに置き換えた詞が乗ります。タイトルの「春ひさぎ」は「春を鬻ぐ」、つまり体を売ることを指す古い言葉です。

歌詞は露骨ではありませんが、意味を知って聴くと刺さり方が変わります。音楽で金を稼ぐという行為への自己嫌悪が、軽快なスウィングに乗って吐き出されるという構造になっています。

suisのボーカルもこの曲では明確に演技をしています。投げやりで、どこか蓮っ葉で、それでいて上手い。ヨルシカのボーカリストとしての引き出しの多さがはっきり出る一曲です。

アルバム前半の「低温が響くような、少し重たいもの、ロック調の曲」というn-bunaの狙いを、いちばん分かりやすい形で体現しているのがこの曲です。


⑯ 思想犯

2020年6月24日にアルバム発売に先駆けて先行配信された4分13秒の曲です。n-buna自身が特別に気に入っていると公言している一曲でもあります。

タイトルとテーマはジョージ・オーウェルの小説『1984』から着想を得ています。思想を持つこと自体が罪になる世界。その設定を借りて、口に出せない感情を抱えたままの人間が描かれます。

さらに歌詞では俳人・尾崎放哉の作品や晩年がオマージュされています。自由律俳句で知られ、社会から脱落して孤独に死んだ放哉の像が、曲の主人公に重ねられている構造です。文学の引用が二重に仕込まれています。

n-bunaはこの曲と「昼鳶」について「男性的にも聴こえる、ゾッとするような、つぶやきの感じが出せるメロディが書けた」と語っています。suisの低音の使い方がこの評価を裏付けています。

配信と同日にYouTubeでミュージックビデオが公開されました。監督は神聖かまってちゃん「るるちゃんの自殺配信」などを手掛けたアニメーション作家Rabbit MACHINEです。


⑰ 盗作

アルバムリリース1週間前の2020年7月22日に先行配信された表題曲で、演奏時間は3分59秒です。アルバム全体のテーマをそのまま背負った曲です。

スクウェア・エニックス「FFBE 幻影戦争」のTVCMソングにも起用されました。盗作をテーマにした曲がゲームのCMに使われるという取り合わせが、すでにこのアルバムの批評性そのものになっています。

曲はアルバムの9曲目、転換点である「花人局」の後に置かれています。n-bunaは「前半は勢いで書かれている曲たちが、後半になるにつれて理性的なものが見える」「最終的には男の中の本当に書きたかったものだけが残る」という構成を狙ったと語っており、表題曲はその理性側の入口です。

アートワークはアートディレクターの永戸鉄也が担当しました。n-bunaは永戸のコラージュ的手法が「盗作」というテーマに通じると感じてオファーしたと述べています。引用の集積というテーマが、音だけでなく視覚にも及んでいるわけです。

ロッキング・オンの小池宏和はこのアルバムについて「コンセプチュアルな作風、つまり多分に意図を含んでいながら、その根底にはピュアな表現衝動がとめどなく流れている」と評しました。

🎵 『盗作』は初回限定盤に130ページの小説が付いた作品です。曲だけでも成立しますが、コンセプトを知ってから聴くと別物になります。



第5章|EP『創作』と、文学オマージュの連作が始まった年(2020〜2021)

2021年1月27日にリリースされたEP『創作』は、ヨルシカ初のEPです。『盗作』から約8か月ぶりのCDリリースで、オリコン2021年2月8日付の週間アルバムランキングで初登場4位。収録はわずか5曲ですが、そのうち3曲がタイアップ曲という濃度の高い作品になりました。

そしてこの年から、ヨルシカのもう一つの看板が始まります。文学作品を下敷きにした配信シングルの連作です。宮沢賢治、ヘミングウェイ、萩原朔太郎。ここから約2年にわたって、n-bunaは元ネタを公言しながら曲を出し続けることになります。

⑱ 風を食む

2020年10月7日にデジタル配信限定シングルとしてリリースされた4分25秒の曲で、後にEP『創作』へ収録されました。TBS系『NEWS23』のエンディングテーマです。

報道番組のエンディングという枠に対して、この曲はまったく妥協していません。タイトルの「風を食む」は、実体のないものを口にする、つまり満たされない行為を指します。ニュース番組の終わりに流れる曲としては相当に苦い内容です。

サウンドはアコースティックギターを軸にした穏やかなもので、聴き心地と歌詞の落差が大きい曲です。この落差はヨルシカの常套手段ですが、タイアップ曲でここまでやるのは珍しいことでした。

suisのボーカルも抑制的で、語尾をほとんど張りません。深夜の報道番組の空気に合わせたとしか思えないコントロールで、歌い手としての引き出しがよく分かります。

『盗作』の重さから『創作』の軽さへ移る途中に置かれた曲でもあり、この時期のヨルシカの蝶番のような位置にあります。


⑲ 嘘月

EP『創作』の最終曲で、演奏時間は4分50秒です。長編アニメーション『泣きたい私は猫をかぶる』のエンドソングです。同じ映画に「夜行」(挿入歌)と「花に亡霊」(主題歌)を提供しているので、ヨルシカはこの1本の映画に3曲を書いたことになります。

タイトルの「嘘月」は造語です。嘘と月を組み合わせた語感がそのまま曲の質感になっていて、静かでほとんど囁くような歌が5分近く続きます。

この曲はEPのなかで唯一、バンドサウンドがほぼ鳴りません。ピアノとアコースティックギターと声だけで組み立てられていて、ヨルシカのバラードの到達点として挙げられることが多い曲です。

映画のエンドロールで流れる曲という役割を考えると、この静けさは必然です。本編が終わり、明かりがつくまでの数分間を担当する曲として設計されています。

『創作』は5曲入りのEPですが、「強盗と花束」「春泥棒」「創作」「風を食む」「嘘月」という並びで、実質的に一つの短編集になっています。


⑳ 春泥棒

2021年1月9日、EP『創作』の発売に先駆けてデジタルシングルとしてリリースされた4分50秒の曲です。配信作品としては5作目にあたります。大成建設「ミャンマー編」のTVCMソングに起用されました。

2022年4月27日、「ただ君に晴れ」「だから僕は音楽を辞めた」「花に亡霊」に次いで自身4曲目となるストリーミング累計1億回再生を突破しています。ヨルシカの近年の代表曲といえばまずこの曲です。

桜が散っていく時間を、命が減っていく時間に重ねた曲です。「花が咲いた」から「花が散った」までを追いながら、その速度が生きている時間の速度と同じであることを示していきます。タイトルの「春泥棒」は、その春を盗んでいく何者かのことです。

MVのロケ地は昭和記念公園・残堀川の桜並木と、神奈川県鎌倉市を走る江ノ電。日本の春の記号を素直に使いながら、内容はまったく感傷的ではありません。

イントロのギターリフから最後まで、曲全体が一定の速度で進みます。桜が散る速度を音楽の速度に翻訳した、というのがいちばん正確な説明だと思います。

🎵 ヨルシカを1曲だけ人に薦めるなら「春泥棒」が最適解です。歌詞・メロディ・演奏のバランスが取れています。


㉑ 又三郎

2021年6月7日にリリースされた3分49秒の曲です。配信作品としては6作目にあたり、ここから文学オマージュの連作が始まります。

モチーフは宮沢賢治の小説『風の又三郎』です。「現代社会の閉塞感を風の子に打ち壊してほしい」という想いが込められていると公表されています。2021年当時の空気を考えると、この願いの切実さが分かります。

2021年3月17日に、dアニメストアの新CMソングに起用されることが発表されました。タイアップは「キミの好きに出会おう(告白)」篇です。

リリースに先駆けて6月3日に「SCHOOL OF LOCK!」で音源が初オンエアされ、6月7日に配信されました。同日に映像作家・勝見拓矢が手掛けたミュージックビデオも公開されています。

曲としては疾走感のあるバンドサウンドで、風が吹き抜けるイメージがそのまま演奏になっています。文学モチーフというと難解に聞こえますが、この曲に関してはまったく身構える必要がありません。


㉒ 老人と海

2021年8月18日にリリースされた曲で、演奏時間は4分15秒です。配信作品としては7作目にあたり、「又三郎」に続く文学オマージュ第2弾になります。

モチーフはアーネスト・ヘミングウェイの小説『老人と海』。巨大なカジキと格闘する老漁師の物語を下敷きに、海と夏の景色が広がります。「STAFF START」のCMソングにも起用されました。

原作が持つ孤独さと格闘の激しさは、この曲では前面に出ません。代わりに、海のそばで過ごす夏の時間そのものが描かれます。原作の筋書きをなぞらないところが、ヨルシカの文学オマージュの特徴です。

サウンドは開放的で、ヨルシカの曲のなかでもかなり明るい部類に入ります。「又三郎」の風、「老人と海」の海と、自然のモチーフが連続するのもこの時期の特徴です。

夏に聴く曲として、ヨルシカのカタログでは「ただ君に晴れ」と並ぶ定番になりました。

この曲から「月に吠える」「ブレーメン」「左右盲」「チノカテ」までの流れは、約1年半にわたって続いた文学オマージュ連作の中核部分です。まとめて聴きたい場合は、この記事の後半で紹介する音楽画集『幻燈』に全部入っています。



第6章|音楽画集『幻燈』へ──絵と音が重なる実験(2021〜2023)

2023年4月5日、ヨルシカは音楽画集『幻燈』を発売しました。CDでもアルバムでもなく「画集」です。音楽配信サービスでは先行配信曲を中心に構成されたデジタルアルバムとして発表されました。

この時期のヨルシカは、配信シングルを出しながらそれを1枚の画集へ束ねていくという進み方をしています。「月に吠える」「ブレーメン」「左右盲」「チノカテ」「テレパス」「451」といった曲が、すべてこの器に収まりました。文学オマージュの連作もここで一つの完成を見ます。

2023年1月24日から2月9日にかけては『ヨルシカ LIVE 2023「前世」』を開催し、日本武道館および大阪城ホールでの公演を自身初めて行いました。

㉓ 月に吠える

2021年10月6日にリリースされた曲で、演奏時間は4分26秒です。配信作品としては8作目にあたり、「又三郎」「老人と海」に続く文学オマージュ第3弾になります。

モチーフは萩原朔太郎の詩集『月に吠える』。1917年に出た、日本の近代詩の分岐点になった詩集です。歌詞にも朔太郎的な、不安と生理的な感覚が入り混じった言葉が並びます。

2021年8月には、全国のローソンで60秒版が先行放送されていました。コンビニの店内で朔太郎モチーフの曲が流れていたことになります。

曲調はこれまでの連作より暗く、リズムも重心が低めです。「又三郎」の風、「老人と海」の海と来て、ここで夜と月に入る。連作としての流れが非常にきれいに設計されています。

なお萩原朔太郎は、2025年の「火星人」でも詩『猫』の一節が引用されます。n-bunaにとって繰り返し戻る作家のひとりです。

タイトルになった詩集『月に吠える』は1917年に出版され、口語自由詩を確立した一冊として日本の近代詩史に残っています。100年以上前の詩集の題が2021年のポップスのタイトルになり、そこからまた原作へ遡る人が出てくる。ヨルシカの文学オマージュはこの往復まで含めた設計です。


㉔ ブレーメン

2022年7月4日にリリースされた4分32秒の曲です。配信作品としては9作目にあたり、2022年度最初の音楽作品です。

モチーフはグリム童話『ブレーメンの音楽隊』。年老いて用済みになったロバ、犬、猫、鶏が音楽隊を目指す話が下敷きになっています。居場所のない者たちが集まって歩き出すという筋が、そのまま曲のエネルギーになりました。

ジャケットビジュアルは加藤隆が手掛けています。加藤はこの後も『幻燈』や2024年の「アポリア」でヨルシカの作品に関わり続けることになります。

リリース前日の7月3日、ボーカルのsuisがDJを務めるラジオ番組「MUSIC FREAKS」で初オンエアされました。

曲はヨルシカの配信シングルのなかでもとくに開放的で、跳ねるリズムとホーンの使い方が印象的です。文学オマージュ連作のなかでは一番ポップに振った一曲といえます。

2024年6月26日には、この曲と「ルバート」をカップリングした自身初のアナログ・シングル『ルバート/ブレーメン』が発売されました。


㉕ 左右盲

2022年7月25日にリリースされた4分27秒の曲です。「ブレーメン」のわずか3週間後に出た配信作品10作目です。

タイトルの「左右盲」は左右識別困難の俗称で、とっさに左右が分からなくなる状態を指します。この曲ではそれが恋路の別れの比喩として使われています。どちらへ行けばよかったのか分からない、という状態がそのままタイトルです。

モチーフはオスカー・ワイルドの童話『幸福な王子』。自分の体から宝石や金箔を剥がして貧しい人に配る王子と、その使いとなるツバメの話です。与え尽くして終わる愛の形が、この曲の骨格になっています。

さらにこの曲は、映画『今夜、世界からこの恋が消えても』(三木孝浩監督)の主題歌として書き下ろされました。記憶が毎日消えていく少女の物語で、「左右が分からなくなる」というモチーフと噛み合っています。

ジャケットビジュアルは「ブレーメン」に続いて加藤隆が担当。3週間連続のリリースという形も含めて、この夏のヨルシカは明らかに攻めていました。


㉖ アルジャーノン

2023年2月6日にリリースされた4分13秒の曲です。TBS火曜ドラマ『夕暮れに、手をつなぐ』の主題歌として書き下ろされました。

タイトルの「アルジャーノン」は、ダニエル・キイスの小説『アルジャーノンに花束を』に出てくるハツカネズミの名前です。知能を得て、そして失っていく物語の象徴として知られています。

ミュージックビデオは「命の息吹・循環」がテーマで、ストップモーションで撮影されたクレイアニメーションと、タイムラプスなどで撮影された実写映像で構成されています。曲のイメージを直接なぞらず、生と循環という抽象的なところで合わせにいった映像です。

曲としてはドラマ主題歌らしい開けたメロディで、ヨルシカの配信シングルのなかでは間口が広いほうです。連作の文学オマージュとは少し毛色が違い、タイアップ先のドラマに歩み寄った作りになっています。

この曲は『幻燈』の最後、15曲目に収録されました。音楽画集という大きな器の締めくくりを任されたことになります。


🎵 『幻燈』はこの時期の配信シングルがほぼ全部入っている作品です。2021年から2023年のヨルシカを追うならここが最短ルートです。


第7章|タイアップの時代と5thアルバム『二人称』(2024〜2026)

2024年以降のヨルシカは、アニメ・映画・ドラマの主題歌を立て続けに担当しました。『葬送のフリーレン』『チ。-地球の運動について-』『小市民シリーズ』『LIAR GAME』、映画『正体』、ドラマ『GO HOME』『僕達はまだその星の校則を知らない』。この数年で、ヨルシカはタイアップ曲の書き手として完全に第一線に入りました。

そしてそれらの曲は、2026年3月4日配信の5thフルアルバム『二人称』に集約されます。全22曲はヨルシカとして最多の収録曲数です。

n-bunaはアルバムの作り方についてこう語っています。「今は楽曲をタイアップに合わせて制作して、その数が溜まったからアルバムにするのがメジャー流通の主流のやり方じゃないですか。(中略)個人的にはあまり美しくないと感じています。アルバムを作りたいなら、最初にアルバムの世界観があって、そのための構成要素として曲を作るのが本来の姿だと思います」。

つまりこの章の曲は、タイアップ曲でありながら、最初から1枚のアルバムのための部品として書かれていたことになります。

㉗ 晴る

2024年1月5日にデジタルシングルとしてリリースされた4分32秒の曲で、テレビアニメ『葬送のフリーレン』第2クールのオープニングテーマです。2020年代のヨルシカを代表する一曲になりました。

2024年1月17日公開のBillboard Japan Hot 100で最高8位、Billboard Japan Download Songsで最高2位を記録しています。ヨルシカがアニメ主題歌を担当するのは「斜陽」以来約8か月ぶりでした。

n-bunaはこの曲について 「この曲は晴れを書いた曲です。正確には晴れではない状態から晴れを願う曲です」 とコメントしています。晴れているのではなく、晴れを願う。このニュアンスの差が曲全体を貫いています。

後のインタビューでは、小説『二人称』における位置づけも明かされました。少年がテレビに映っている紛争のニュースを観て、そこで得た情報を詩に落とし込む。それが『葬送のフリーレン』の登場人物の心情と紐づく瞬間がある、という構造です。n-bunaは「それがまるで必然のように映るというのが、一番いいタイアップの形」だと述べています。

イントロがクリーンなギターのカッティングで始まるのも意図的です。アニメの映像がどうなるか分からない時点で「物語の始まりとして、クリーンなギターのフレーズが合うだろう」と判断したと語っています。


㉘ アポリア

2024年10月7日にデジタルシングルとして発表された3分49秒の曲で、NHK総合のアニメ『チ。-地球の運動について-』のエンディングテーマです。

タイトルの「アポリア」は、解決が難しい問題やそれに困惑する状態を意味する哲学用語です。本作は 「知りようのないものを知りたいという心」 をこの言葉になぞらえて書かれました。歌詞に出てくる気球は、際限のない知の欲求のたとえです。

n-bunaは原作者・魚豊のファンで、「チ。は『知る』ことへの熱を具現化したような作品なので、それとヨルシカで今作りたいものの共通項を、台本を読みながら考えました」と語っています。

音楽的にも仕掛けがあります。この曲は7/8拍子と8/8拍子を繰り返す変拍子で、n-bunaは「チ。」のテーマにおいてそれが一番輝くはずだという確信があったと述べています。サビに加えられたマンドリンは、n-bunaが作曲前日に購入し、その翌日にスタジオで即興的に録音したものです。

ミュージックビデオはジャケットも手掛けた加藤隆が監督を務めました。加藤がヨルシカの作品に携わるのは2023年の音楽画集『幻燈』以来です。


㉙ 太陽

2024年11月22日にデジタルシングルとして発表された4分25秒の曲で、松竹配給の映画『正体』の主題歌です。

n-bunaは映画の最後に流れる主題歌について「始まりの一音だけで作品の持つ余韻を消し飛ばしかねないという恐怖がある」とし、『正体』の脚本を読んだときにその恐怖を感じたと明かしています。監督との打ち合わせで印象的だったワードは 「讃美歌」 だったそうです。

楽曲は「太陽」をモチーフに、陽の光を蝶の羽に見立てて書かれました。ピアノを担当した平畑徹也は「今までの楽曲で一番シンプルなバッキングに徹していて、suisさんの歌が足をつける地面になるように心がけました」と語っています。

この曲では、2020年の『盗作』以来4年ぶりにアートディレクターの永戸鉄也とのコラボレーションが実現しました。しかも永戸もヨルシカも、それぞれ相手の作品を見たり聞いたりしないまま独自のアプローチで完成させています。

音楽ライターの小池宏和は「人智を超えた、雄大な法則の中で時の流れを見つめるような、途方も無い想像力の広がりを音楽の力で描き出してみせた楽曲になっている」と評しました。ストリングスが入るヨルシカの曲としても屈指のスケールです。


㉚ へび

2025年1月17日にデジタルシングルとして発表された4分20秒の曲で、アニメ『チ。-地球の運動について-』のエンディングテーマ第2弾です。第16話から使用されました。

典拠は唐の詩人・元稹の「離思」の一節です。n-bunaはある日見た蛇の鱗が綺麗だったことから蛇をテーマにした曲を書いていて、そこにアニメとの親和性を感じたと語っています。「聖書では知恵の実を食べる人間と、それを唆したへびの構図が有名ですが、それはシンプルな知への欲求の比喩だと解釈できます」という説明どおり、「アポリア」と同じ主題を別角度から書いた曲になっています。

歌詞には春の季語である「よもぎ」や夏の季語である「カタバミ」が盛り込まれ、春夏秋冬の情景も描かれています。日本の季語と唐詩が同じ曲に同居する構造です。

ミュージックビデオはアニメーション作家の佐藤美代が手掛けました。砂絵やペイントオングラスアニメーションで、二人の記憶の中で美しいまま漂っている思い出や景色を表現したと説明されています。

『ROCKIN'ON JAPAN』でライターの杉浦美恵は「へびの美しさ、慎ましさ、悲しさまでも表現するsuis(Vo)の歌声が飛び抜けて素晴らしい。この静かな抒情を表現する歌声はやはり唯一無二」と評しました。


㉛ 火星人

2025年5月9日にデジタルシングルとして発売された3分52秒の曲で、テレビ朝日系アニメ『小市民シリーズ』第2期のオープニングテーマです。

歌詞には萩原朔太郎の詩『猫』の一節「ぴんと立てた尻尾のさきから糸のやうなみかづきがかすんでゐる」が引用され、曲のなかで少しずつ形を変えて繰り返されます。2021年の「月に吠える」に続く、2度目の朔太郎です。

この曲における「火星」は「憧れであり理想」の場所とされ、歌詞は今いる場所を抜け出して火星に行きたいという思いを歌います。n-bunaは原作について「小市民的に生きたいというけれど、自分が特別な人間だという自意識の高さを中々捨てられないのが小鳩と小佐内の抱える魅力」だと述べています。

ミュージックビデオはn-bunaが原案・監督・アニメーターとして初めて映像制作に携わった作品です。スケジュールの都合でMV制作が2度にわたって白紙になったため自ら描くこととなり、冒頭のバットで「火星」を殴るアニメーションを起点に、翌日までに全体の映像コンテを作り上げたと明かしています。

ライターの風間大洋は「ポップスの領域に在りながらもはや芸術品の域まで達した一曲」と評しました。ピアノジャズ調の軽快さと、内容の切実さのバランスが絶妙な曲です。


㉜ あぶく

2026年4月22日に配信された3分54秒の曲で、TVアニメ『LIAR GAME』のオープニングテーマです。甲斐谷忍の頭脳バトル作品で、アニメはマッドハウス制作、2026年4月6日からテレ東系列ほかで放送されました。

n-bunaはこの曲について 「トートロジー、つまり同語反復、同義反復を題材として書きつつ制作し作りました」 とコメントしています。しかもコメント文そのものが同語反復だらけで書かれており、曲のコンセプトを文章でも実演するという徹底ぶりでした。

コメントの核心はこの一文です。「新しいことは新しいことではなく、ただ初めての反復があるだけなのです」。同じモチーフを角度を変えて何度も描くこと、それ自体が生活であり創作である、という宣言になっています。

そして「ただ愚直に、同様の同じことを繰り返す誠実さこそを愛しています。その繰り返しの愚直さこそがLIAR GAMEの彼女、そして彼に重なること」と続きます。正直者のカンザキナオと詐欺師の秋山深一に、反復の誠実さを重ねた読み方です。

『二人称』の後に出た最初の新曲で、アルバムには未収録です。2026年時点のヨルシカがどこにいるかを知るには、まずこの曲を聴くのが早いと思います。



アルバムで聴くヨルシカ|物語ごと手渡された2つの大作

ヨルシカは「どう届けるか」まで含めて作品にするバンドです。ここでは形式そのものが異常な2作を紹介します。

📀 音楽画集『幻燈』──絵と音が同じ器に入った25曲

2023年4月5日発売。CDでもアルバムでもなく「音楽画集」という名前で出された作品です。音楽配信サービスでは全10曲のデジタル配信アルバムとして先行して発表され、後に25曲の完全版が配信されました。

収録内容は2021年から2023年の配信シングル群に加え、「夏の肖像」「都落ち」「雪国」「パドドゥ」「さよならモルテン」「いさな」といった新曲、そして「靴の花火」の再録版まで含みます。さらに「第一夜」から「第十夜」までの10曲が別ディスクとして加わる構成です。

この時期の配信シングルをすべて追いかけるのは大変ですが、『幻燈』を1枚聴けば「又三郎」「老人と海」「月に吠える」「ブレーメン」「左右盲」「チノカテ」「451」「アルジャーノン」が一度に手に入ります。文学オマージュ連作の総集編として、いちばん効率のよい入口です。

なお配信では長く一部曲のみの公開でしたが、2026年7月2日にサブスクリプションで全曲が解禁されました。以前チェックして諦めた方は、いま改めて開いてみる価値があります。


📀 5thアルバム『二人称』──封筒32通の小説と連動した22曲

2026年3月4日配信。『幻燈』以来約3年ぶりのフルアルバムで、全22曲はヨルシカ史上最多の収録曲数です。

このアルバムは、2026年2月26日に講談社から刊行されたn-buna原案・執筆の書簡型小説『二人称』と連動しています。小説は本の形をしておらず、封筒32通と原稿用紙・便箋あわせて約170枚で構成され、読者は実際に封筒を開けながら物語を読み進めます。詩を書く少年と、文学を教える先生の文通を、読者という第三者が覗いているという構造です。

n-bunaは形式についてこう語っています。「書簡小説、文通形態の小説はたくさんあるし、僕も多く読んできましたが、『どうして実際の封筒の形にしないんだろう?』とよく考えていて、最終的には自分で作るしかないなと」。

収録曲は「晴る」「忘れてください」「アポリア」「太陽」「へび」「火星人」「修羅」「プレイシック」などの既発曲に、インストを含む新曲12曲を加えたものです。「ヒッチコック」の再録版も入っています。なお「テレパス」「斜陽」、そして映画『僕の心のヤバイやつ』主題歌の「茜」はこのアルバムには未収録です。


🎵 『二人称』は小説がなくても曲だけで成立します。ただ、封筒を開ける体験まで含めて作品なので、余裕があれば小説も手に取ってみてください。


n-bunaが下敷きにした文学作品一覧

ヨルシカの曲を追っていると、必ず文学にぶつかります。公表されているモチーフを曲順に並べると、n-bunaの読書歴がそのまま見えてきます。

  • 👉 又三郎(2021)→ 宮沢賢治『風の又三郎』

  • 👉 老人と海(2021)→ アーネスト・ヘミングウェイ『老人と海』

  • 👉 月に吠える(2021)→ 萩原朔太郎『月に吠える』

  • 👉 ブレーメン(2022)→ グリム童話『ブレーメンの音楽隊』

  • 👉 左右盲(2022)→ オスカー・ワイルド『幸福な王子』

  • 👉 チノカテ(2022)→ アンドレ・ジッド『地の糧』

  • 👉 思想犯(2020)→ ジョージ・オーウェル『1984』+尾崎放哉の俳句

  • 👉 忘れてください(2024)→ 北原白秋の歌集『桐の花』

  • 👉 へび(2025)→ 元稹の詩「離思」

  • 👉 火星人(2025)→ 萩原朔太郎『猫』

  • 👉 修羅(2025)→ 宮沢賢治『春と修羅』

  • 👉 (2026)→ 島崎藤村の詩集『若菜集』

n-buna本人は、モチーフになった原作を読んでほしいという気持ちがあると語り、その理由をこう述べています。「僕は子供の頃からたくさんの文学を読むことで救われてきましたので、その美しさを今の若い人たちにも知ってほしい」。

さらに「そういう壁を感じさせないのもポップスのよさだと思うんです。メロディやサウンドによって、この時代に生きている人たちにも届く、身近なものになるというか」とも述べています。ヨルシカの曲が文学の入口になっているのは、完全に狙ってやっていることです。


シーン別の聴き方ガイド

同じ32曲でも、聴く場面によって刺さる曲が変わります。目的別に並べておきます。

  • とりあえず1曲だけ聴きたい → 春泥棒/ただ君に晴れ/晴る

  • 通勤・通学で疾走感がほしい → ただ君に晴れ/藍二乗/又三郎/ブレーメン

  • 夜、静かに聴きたい → 嘘月/ノーチラス/月に吠える/へび

  • 夏に聴きたい → 花に亡霊/老人と海/靴の花火/雲と幽霊

  • 歌詞を読み込みたい → 思想犯/盗作/春ひさぎ/あぶく

  • アニメから入った人が次に聴くなら → アポリア/火星人/太陽/左右盲

  • 物語ごと浴びたい → 『だから僕は音楽を辞めた』→『エルマ』の通し聴き

ヨルシカは「気分に合わせて選べる」タイプのバンドです。作品ごとに音の温度が違うので、今日の自分に合う章から入るのがいちばん失敗しません。


よくある質問

Q. ヨルシカの曲はサブスクで聴けますか

はい、主要な配信サービスで聴けます。ミニアルバム2作からフルアルバム5作、EP『創作』、音楽画集『幻燈』、配信シングル群まで揃っています。長く一部曲のみだった『幻燈』も、2026年7月2日に全曲が解禁されました。

Q. どのアルバムから聴くのがおすすめですか

物語込みで楽しみたいなら『だから僕は音楽を辞めた』がおすすめです。単曲の強さで選ぶなら『盗作』、最新のヨルシカを知りたいなら『二人称』から入るのがよいと思います。1曲ずつつまみ食いしたい場合は、この記事の第7章から逆にさかのぼるのも効率的です。

Q. n-bunaとsuisはどんな人ですか

n-bunaはギターとコンポーザーを担当し、全楽曲の作詞・作曲・編曲を手掛けています。1995年8月17日生まれ、岐阜県出身で、2012年からボカロPとして活動してきました。suisはボーカル担当で、もともとn-bunaの楽曲のファンのひとりでした。2人とも素顔やプロフィールは公表していません。

Q. ライブメンバーは誰ですか

レコーディングおよびライブでは、下鶴光康(ギター)、キタニタツヤ(ベース)、Masack(ドラムス)、平畑徹也(ピアノ)が参加しています。キタニタツヤはシンガーソングライターとしても活動し、かつては「こんにちは谷田さん」名義のボカロPでもありました。

Q. n-bunaがメインボーカルを取った曲はありますか

あります。『幻燈』収録の「451」で、n-bunaが初めてメインボーカルを務めました。この曲ではsuisがコーラスに回っています。ヨルシカのカタログでは例外中の例外なので、一度は聴いておく価値があります。

Q. 最新の動きはどうなっていますか

2026年3月からライブツアー『ヨルシカ LIVE TOUR 2026「一人称」』が開催されています。また2026年8月には、新曲「雲を抜け風下へ私だけ」がTVアニメ『薬屋のひとりごと』第3期のオープニングテーマに決定したことが発表されました。9月30日には映像作品『ヨルシカ LIVE「盗作」』のBlu-ray/DVDも発売されています。


まとめ|2017年から2026年までの32曲を、順番に浴びる

ヨルシカの9年をたどってきました。最後に流れだけ整理しておきます。

  • 👉 2017〜2018年:ミニアルバム2枚で原型ができた(言って。/ただ君に晴れ)

  • 👉 2019年:『だから僕は音楽を辞めた』と『エルマ』で物語を書き始めた

  • 👉 2020年:『盗作』で引用そのものを作品にした

  • 👉 2021〜2023年:文学オマージュの連作を重ね、音楽画集『幻燈』に束ねた

  • 👉 2024〜2026年:アニメ・映画・ドラマの主題歌を連打し、『二人称』に集約した

この並びを見ると、ヨルシカがやってきたことが一本の線でつながります。どう聴かせるかだけでなく、どう届けるかまでを作品として設計し続けてきたバンドです。木箱、日記帳、小説、画集、封筒。パッケージの形が毎回変わるのは、そのつど物語に必要な器を選んでいるからです。

32曲をどこから聴くかは自由ですが、時間がある日にひとつだけ試してほしいことがあります。『だから僕は音楽を辞めた』を通しで聴いて、そのまま『エルマ』に入ってみてください。2時間弱で、手紙を書いた人と読んだ人の両方の側から同じ旅を追うことになります。ヨルシカというバンドの設計思想が、いちばん分かりやすい形で体験できます。

そして最新の『二人称』まで来たら、次は文学のほうへ寄り道してみるのもおすすめです。萩原朔太郎でも、ヘミングウェイでも、宮沢賢治でもかまいません。n-bunaが「原作を読んでほしい」と言い続けている以上、その寄り道までがヨルシカの聴き方です。

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