田舎の歌がレコードになる: 「ヒルビリー」市場とカントリーの成立
1920年代初頭、現在なら「カントリー(country music)」と呼ばれる音楽は、まだ一つのジャンルとしてまとまっていたわけではなかった。
アメリカ南部やアパラチア地方には、古いバラッドやフィドルによる舞曲、賛美歌など、それぞれの土地や家庭で受け継がれてきた音楽があった。そこにはバンジョーやブルースなど、黒人音楽との交流から生まれた要素も入り込んでいた。
それらは家や集会、踊りの場で演奏され、地域ごとに異なる形で伝えられていた。「これがカントリーである」という統一された形は、まだ存在していなかった。
しかし1920年代、レコード会社が南部へ録音機を持ち込むようになる。
土地に結びついていた歌がレコードになり、遠く離れた場所まで届き始める。そしてレコード会社は、そこに新しい市場を見つけていった。
山にあった音楽 ── バラッド、フィドル、バンジョー
アパラチア地方には、18世紀から19世紀にかけてヨーロッパから移り住んだ人々が持ち込んだ歌や舞曲が数多く残っていた。
イングランド、スコットランド、アイルランドなどに由来するバラッドでは、恋愛や家族、死、事件などが物語として歌われた。フィドルは踊りの場で活躍し、教会では賛美歌が歌われる。
こうした音楽は、山間部で何世代にもわたって受け継がれていった。

Library of Congress / No known restrictions
だが、後のカントリーを単純にヨーロッパ系移民の音楽と考えることはできない。その象徴的な存在がバンジョーである。
バンジョーのルーツには、西アフリカをはじめとするアフリカのリュート型弦楽器がある。奴隷化されたアフリカ人とその子孫は、カリブ海や北米でそれらの伝統をもとにバンジョーを形づくり、演奏していった。それが19世紀を通じて白人音楽家にも広がり、南部の農村音楽の重要な楽器になっていった。
黒人と白人の音楽家がまったく別々の世界で演奏していたわけでもない。
同じ地域で暮らし、ときには互いの演奏を聴き、曲や奏法を受け渡していく。フィドルとバンジョーの組み合わせや、ブルースに通じる節回しなど、後に「白人の田舎音楽」として売られる音の中にも、黒人音楽との長い接触が刻まれていた。
その一方で、こうした音楽を演奏していた人々自身は、必ずしも一つのジャンルに属しているという意識を持っていたわけではない。
古い歌を知っている人が歌い、踊る場所ではフィドルを弾き、教会では賛美歌を歌う。そこにあったのは、「カントリー」という名前より先に存在していた、南部の暮らしの中のさまざまな音楽だった。
「ヒルビリー」という市場ができる
1920年代に入ると、南部の農村音楽はレコードの中へ入り始める。
当時のレコード会社は、都市の大衆だけでなく、人種や地域ごとに異なる市場があることに目を向けていた。
黒人向けにはブルースやジャズなどを「レース・レコード(race records)」として売り、その一方で、南部の白人農村層に向けた録音も商品化していく。
そこで使われるようになった呼び名の一つが「ヒルビリー(hillbilly)」だった。
もともとは山間部に暮らす田舎者を指す俗称で、見下す響きも含んでいた。それがレコード産業の中では、白人の農村音楽をまとめて売るためのカテゴリーとして使われるようになる。
しかし、実際の音楽はそれほどきれいに分かれていたわけではない。
フィドルや古いバラッド、賛美歌に加えて、バンジョーやブルースなど黒人音楽から伝わった要素も入り込んでいた。同じ南部で黒人と白人の音楽家が互いの演奏を耳にすることもあった。
音楽の現場では混ざり合っていたものを、レコード会社は「レース・レコード」と「ヒルビリー」という別々の商品棚に並べたのである。
それでも、この分類によって、それまで地域の暮らしの中にあった音楽が、初めて大きな市場を持つようになった。
1923年、フィドリン・ジョン・カーソンが録音した「The Little Old Log Cabin in the Lane」が予想外の売れ行きを見せた。続いてアーネスト・ストーンマンらもレコードで成功し、南部の農村音楽にも商業市場があることが見え始めていた。
「田舎の歌」は、地域で受け継がれるだけのものではなく、レコード会社にとって売ることのできる音楽になっていった。
1927年、ブリストルに録音機がやってくる
南部の農村音楽に市場があることが分かると、レコード会社は演奏家が都会のスタジオへ来るのを待つだけではなくなった。
録音する側が、音楽のある土地へ出向き始める。その中心にいた人物の一人がラルフ・ピアだった。
Okehで黒人向けのレース・レコードや南部の白人演奏家の録音に関わったピアは、のちにVictorへ移る。アーネスト・ストーンマンらのレコードが売れていたこともあり、Victorは南部にまだ知られていない演奏家がいると考えていた。
1927年夏、ピアは録音機材を携えて、テネシー州とヴァージニア州の境にある町ブリストルへ向かった。

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現地の新聞に広告を出し、レコードを作りたい歌手や演奏家を募集する。すると、周辺の町や山間部から人々が集まってきた。
約2週間のセッションで録音されたのは19組。普段は地域の集まりやラジオなどで演奏していた人々の歌が、その場でレコードの原盤へ刻まれていった。その中に、ヴァージニア州からやってきたA・P・カーター、妻サラ、サラの従妹メイベルによるカーター・ファミリーがいた。そして、ミシシッピ出身の元鉄道員ジミー・ロジャーズもいた。
二組とも、このブリストルでVictorへの最初の録音を残す。
後にカントリーを代表する存在となる彼らが、同じ1927年の夏、同じ町の臨時録音スタジオにたどり着いたのである。
ブリストル・セッションズは、カントリーという音楽をそこで突然生み出した出来事ではない。すでに南部にあったさまざまな歌や演奏をレコード産業が拾い上げ、その中から全国へ届くスターを生み出した、大きな転換点だった。
カーター・ファミリー ── 家族の歌が全国へ届く
カーター・ファミリーは、A・P・カーター、妻サラ、サラの従妹メイベルによる三人組だった。

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彼らが歌ったのは、古くから地域に伝わるバラッドや賛美歌、家族や故郷を題材にした歌だった。A・P・カーターは各地を歩いて曲を集め、サラが落ち着いた声で歌い、メイベルがギターで支えた。
1927年のブリストル・セッションズで初めてVictorに録音すると、その後も録音を重ね、南部の農村で受け継がれてきた歌を全国の聴衆へ届ける存在になっていく。
彼らの音楽で特に大きな役割を果たしたのが、メイベル・カーターのギターだった。
1928年に録音された「Wildwood Flower」では、低音弦で旋律を弾きながら、高音弦でコードとリズムを補う。歌の伴奏だったギターが、旋律そのものを担う楽器として前へ出ている。
メイベルの奏法は地域のさまざまな音楽家から影響を受けており、その一人が黒人ギタリストのレスリー・リドルだった。リドルはA・P・カーターの曲集めにも同行し、カーター・ファミリーのレパートリーを広げる役割を果たしている。
この奏法は後に「カーター・スクラッチ(カーターファミリーピッキング)」などと呼ばれ、カントリー・ギターの重要なスタイルの一つになった。
カーター・ファミリーがレコードにした歌の多くは、彼らが一から作った新しい音楽ではない。
それまで家庭や地域の中で歌い継がれてきた旋律や物語を、自分たちの声とギターで形にし、レコードという新しい媒体に乗せた。
土地に結びついていた歌が、家族の演奏を通じて全国で聴かれる音楽になっていったのである。
ジミー・ロジャーズ ── ブルースとヨーデルのスター
カーター・ファミリーと同じブリストル・セッションズから登場したジミー・ロジャーズは、まったく違うタイプの歌手だった。

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ミシシッピ州に生まれたロジャーズは、若い頃から鉄道で働き、列車に乗って南部各地を行き来した。その生活の中で、白人農村の歌だけでなく、黒人労働者たちのブルースにも触れていった。
病気によって鉄道の仕事を続けられなくなると、音楽で生きる道を探すようになる。1927年のブリストルで録音した二曲は大きなヒットにはならなかったが、ピアはロジャーズの歌に可能性を感じ、同年11月、ニュージャージー州カムデンで再び録音する機会を与えた。
そこで録音され、その後に大きな成功をもたらしたのが「Blue Yodel」だった。
ギター一本を伴奏に、ブルースに通じる節回しで恋愛や裏切りを歌い、その合間に高いヨーデルを響かせる。ブルースに通じる節回しと、当時の舞台芸やポピュラー音楽にも広がっていたヨーデルを、一人の歌声の中で結びつけていた。
「Blue Yodel」は大きなヒットとなり、ロジャーズは全国的なスターになった。以後も列車、仕事、酒、恋愛、病気といった題材を、自分自身の経験を思わせる語り口で歌っていく。
カーター・ファミリーが家族の声と受け継がれてきた歌をレコードにしたのに対し、ロジャーズの中心にあったのは、一人の歌手の声と人物像だった。
同じ「ヒルビリー」という市場の中に、伝承歌を受け継ぐ家族グループと、ブルースやヨーデルを取り込みながら自分自身を歌うスターが並んでいた。
後にカントリーと呼ばれる音楽は、その始まりから決して一つの音ではなかった。
