英語難民 PART1 — 55歳から、7年かけて11,000語
中学・高校・大学と、10年以上勉強しても「使える英語」にはならない。その現実に気づいたのは、55歳のときだった。
ふと、子どもの机に置いてあった英語の教科書を開いた。高1〜高3、受験を控えた年齢。ページをめくると、意味がわからない単語がずらりと並んでいた。
——あれだけ勉強したのに、忘れている。 ——自分は、英語という言語の外側にいるのではないか。
胸の奥に、静かだけれど深い焦りが広がった。さらにこの頃、長年勤めてきた会社で業務に技術文書の英訳が追加になった。英語は避けて通れない現実となった。
そんな55歳の“英語難民”は、その日からもう一度ゼロから始めることにした。
最初の教材は、子どもの教科書だった。主語と述語を確認し、簡単な例文を読み、知らない単語を1つずつ調べた。その作業が、驚くほど進まなかった。頭ではわかっているのに、記憶がまったく定着しない。若い頃と同じ方法では、まるで歯が立たなかった。
だから、学び方を“変える”ことにした。アプリを使い、音声を聴き、単語帳をつぶし、同じ単語を10回でも20回でも繰り返す。一日の終わりに「今日は3語覚えられた」と思えれば、それで十分だった。

焦りで始めた英語は、次第に生活の一部になっていった。積み重ねるしか方法がなかった。気づけば、7年が過ぎていた。
覚えた単語は、11,000語。
ある日、試しに受けた語彙力テストが「偏差値74・SSランク」と表示した。推奨大学は、東京大学・理科三類。思わず笑ってしまった。
もちろん、11,000語覚えたからといって流暢に話せるわけではない。
でも、英語の記事が読めるようになり、 海外のニュースが“英語のまま”入ってくるようになり、 難しい英単語が、前より怖くなくなった。 そして、業務で渡される技術文書の英訳に、以前のような圧倒的な壁を感じることも減った。

何より大きかったのは、「自分は英語の外側に立っている」というあの孤独な感覚から、静かに抜け出せたことだった。
英語は、若い頃のように“速く”は覚えられない。けれど、歳を重ねた今だからこそ深く理解できることがある。言葉は記憶ではなく、生活の中でゆっくりと体に沈むものだと知った。
55歳から始めても遅くはない。7年かけて11,000語。ようやく私は、英語難民ではなくなったような気がした。まだ流暢ではないけれど、もう言葉の外にはいない。学び続ければ、人はいつだって“やり直す”ことができる。そのことを、英語が教えてくれた。

✍️ 繰り返しが大事。しかし“浅い内容”では飽きてしまう
読解の訓練を始めてすぐに気づいたことがある。
——繰り返しが大事。
でも同時に、浅い内容だと必ず飽きる。英文を前から理解する力を身につけるには、同じ文章を何度も何度も読むしかない。けれど、内容が薄い英文だと数回で集中力が切れる。意味が浅い文章は、何度読んでも思考が深まらないからだ。
そこで私は、難しめの単語帳の中でも“内容”があるものを探した。選んだのが、準1級レベルの内容語を集めたリンガメタリカだった。
リンガメタリカには、経済、科学、思想、政治、社会問題など「読みごたえのある文章」が短く凝縮されている。ただ単語を覚える本ではなく、単語と背景知識と発想の流れが一体になった文章集だ。
私はその中の50の英文を読み潰すことにした。
🔥 50章の「読み潰し訓練」——速度と理解を同時に鍛える
50の短文を徹底的に読み潰すと決めた私は、さらに“読みの質”を上げるために読解速度の目標を設定した。
まずは、150 wpm(1分間に150単語)で音読しながら、内容を完全に把握すること。声に出しながら理解するのは想像以上に難しく、最初は意味が途切れ、スピードも安定しなかった。それでも、毎日同じ英文を読み続けると、少しずつ「英語が前から流れる」感覚が芽生えてきた。50章の全てについて、この段階をクリアするまで、半年かかった。
次に挑戦したのは、音声なしで180 wpmで読み、意味を一度で完全に把握すること。脳が文章の構造を“その場で組み立てる”必要がある。 構文も超難解だった。1文の中間から後半にかけて、横綱級に難しい構文が出てくる。倒置・省略・強調、これが1センテンスの中に全て含まれた文章を180wpmの速さで理解するのは、あまりにも難しかった。 それでも毎日ひとつの同じ文に向き合い続けると、語順の違いにも迷わず、論理の型に沿って意味が自然に結びつくようになった。最終的には、そのまま全て覚えてしまった。このステップに要したのは、さらに半年。
読み潰しとは、ただ暗記する作業ではない。文章の意味構造・論理の流れ・語順の癖を、何度も反復することで身体に沈めていく訓練だ。英語の回路は、記憶ではなく“習慣”で作られる。
11,000語を覚えたこととはまったく別の場所で、この読解訓練は私に新しい地平を開いてくれた。英語が「前から読める」と感じ始めたのは、この読み潰しの頃だった。
PART2に続く
