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我慢してないつもりなのに苦しい日、心はどこで凍っていくのか

どうも、本心の生き方研究所のクマ助です。
今回の内容は
「何が嫌か分からない」のに苦しいとき、我慢の正体はどこにあるのか

です。



別に大げさなことは起きていない。
でも、なぜか心がずっと重い。
何がそんなに嫌なのか、自分でもうまく言えない。
その苦しさは、気のせいではなく小さな我慢の積み重ねかもしれません。


こう感じるときに、聞いてほしい。

① 我慢が当たり前になっていて、自分でも気づきにくい
② 何が嫌なのか分からないのに、ずっと苦しい
③ 頑張っているのに、虚無感や疲れだけが残る

結局は、こういうことだ。
ハイライト∶

小さな我慢は、その場では耐えられても、積み重なると心の感覚を鈍らせます。
「何が嫌か分からない」のは弱さではなく、心が自分を守るために感情を閉じてきた結果かもしれません。


我慢してないつもりなのに苦しい日、心はどこで凍っていくのか

「これくらい平気」で流したあとに、心だけが重く残る

言いたいことを飲み込んだ。
少し無理な頼みも引き受けた。
本当はしんどいのに、
「これくらいなら大丈夫」と流した。

その場では乗り切れます。
でも夜になると、
なぜか心だけが重い。

何がそんなに嫌だったのか、
自分でもはっきり分からない。
ただ、疲れだけが残る。

そんな日が続いていませんか。

苦しいのは、大きな出来事より、小さな我慢が積もっているからかもしれない

心が一気に壊れるときばかりではありません。
多くはもっと静かです。

少し我慢する。
また少し我慢する。
それを繰り返す。

その積み重ねで、
心の感覚は少しずつ鈍っていきます。

怒りも、悲しみも、違和感も、
最初はちゃんとあったはずなのに、
だんだん「これくらい普通」と処理するようになる。

すると苦しさはあるのに、
理由だけが分からなくなります。

「何が嫌か分からない」のは、弱さではなく防衛反応かもしれない

ここで見直したいのは、
「分からない自分が悪い」と思わないことです。

もしかするとその状態は、
感情が壊れたのではなく、
これ以上傷つかないために閉じている
のかもしれません。

長く頑張ってきた人ほど、
自分の気持ちより先に
正しさや期待に応えることを優先しやすい。

ここでは、こういう反応を
サメタイプと呼んでもいいでしょう。
外に合わせる力は強い。
でも本音は後ろに回りやすい。

その前提が続くと、
「嫌だ」と感じる前に
我慢が習慣になります。
そして限界が来ても、
自分で理由を言葉にできなくなります。

感情が鈍ると、虚無感だけが残りやすい

小さな我慢が積もると、
好き嫌いの輪郭も薄くなります。

前なら楽しかったことに反応しない。
何をしても、あまりうれしくない。
頑張っているのに、手応えがない。

その結果、
「こんなに恵まれているのに、なぜ苦しいんだろう」
と自分を責めやすくなります。

でも本当は、
恵まれているかどうかの話ではなく、
心のセンサーが疲れ切っているのかもしれません。

小さな出口は、「何が嫌か」より先に「どこで飲み込んだか」を見ること

いきなり本音をはっきりさせなくても大丈夫です。
まずは今日一日を思い返して、
こう問いかけてみてください。

今日は、どこで本音を飲み込んだだろう。
今日は、どこで「これくらい」と流しただろう。

答えが少しでも出てきたら、
それだけで十分です。

「何が嫌か分からない」の前には、
たいてい小さな我慢の履歴があります。
そこを見つけることが、
凍った感情を少しずつ溶かす始まりになります。

苦しさの理由がすぐに分からなくても、
あなたの心は、ちゃんと反応してきたのだと思います。
まずはその痕跡を、
小さく拾い直すところからでいいのです。


P.S.


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【プロフィール】


本心の生き方研究所のクマ助です。
本心の感情ややりたいことが分からない人々「サメタイプ」が、
実は抑えきれない好奇心を自覚するために、
心のフタを取った生き方を追求しています。

「本心で生きる人生」を形にしていきます。

自分自身や周囲の家族が、「本心で生きる人生」から
外させていくような”誰かの教え”が足かせとなり、
現在の自分自身と板挟みになって苦しむ姿を体験してきました。
その体験から、「本心から湧いてくる思い」を大切に生きる姿を理想と考えています。

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