【掌編小説】風の香りに誘われて
秋の深まりを肌で感じる日だった。
僕はいつものように近所を散歩していた。
澄み渡る青い空と涼やかな風が心地良い。大きく深呼吸すると、身も心も浄化されていくようで、僕の気分もこの青空のように晴れやかだった。
ふわりと、風に乗って漂ってくる金木犀の香り。誘われるように辿っていくと、幼い頃よく遊んだ公園だった。久しく訪れていなかったが、香りはその先に続いている。
懐かしさもあり、僕は足を踏み入れた。
公園のベンチに座っていた彼女は、ひとり青空を眺めていた。
キャメルのライトアウターにクリーム色のブラウス、バーガンディのプリーツスカートという秋を感じさせる装い。足元の厚底の革靴が、柔らかな佇まいに木の幹のような強さを添えていた。
邪魔をするのは躊躇われたが、気付いたら、僕は自分から声をかけていた。
「あの……」
「はい」
「この公園、よく来るんですか?」
「ええ」
あの空に漂う雲のような柔らかな声だった。目で座るように促され、僕は隣に座った。
「好きなの。この公園で空を眺めるのが」
「そうなんですか」
「あなたは? よく来るの?」
「ここに来るのはずいぶんと久しぶりで。でも、うん……やっぱりいいですね」
「そうよね」
ふふっと、彼女は花がこぼれるように笑った。
金木犀の香りが、さらに強くなった気がした。
──ブーッ、ブーッ。
穏やかな時間を邪魔するように響くスマホの振動音。
彼女は「あっ」とかすかな声を漏らすと、バッグの中からスマホを取り出した。
「私……もう行かなきゃ。久しぶりの公園、楽しんでね」
彼女はアウターの裾をひらりと翻して行ってしまった。
彼女の姿が見えなくなって、しばらくしてから僕は気付いた。
この公園には、昔から金木犀は植えられていなかったことに。
風まかせ文芸部さんの企画に参加させていただきました。
金木犀は、花も香りも大好きで、これからの季節が楽しみです。
よろしくお願いいたします。
