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【差取り】わたしがこのマガジンを書き続けている理由

こんにちは。ピアノ講師・メンタルコーチの One Heart です。


『ご自愛の哲学〜“差”取りのすすめ〜』というマガジンを書き始めて、もうすぐ2周年を迎えます。


記事も少しずつ積み重なり、まもなく110本になります。
このマガジンは、うまく言えないモヤモヤや生きづらさを見つめ直しながら、少しずつ“差”を取っていくために書き続けてきた、わたしの中心にあるマガジンです。


そして、いまあらためて思うんです。
「現状を変えたい」と思っているだけでは、変わらない。
本当に足を引っぱるのは、外側の状況よりも、内側にしみついた反応のほうだからです。


わたしは長いあいだ、「ちゃんとしなきゃ」とか「このままの自分ではダメなんじゃないか」、そんな感覚に追い立てられるように生きてきました。
そしてどこかで、このままの生き方を続けていたら、いつか心だけでなく身体にも無理が出る、という感覚もあったのだと思います。


いつもは、このマガジンの中から過去記事をピックアップしながら、あらためて差取りの世界に触れてもらえるような全文無料の「差取りセレクション」を書いています。
でも今回は、少し違う回にしてみようと思いました。


そんな節目が近づいてきた今、あらためて
「わたしはなぜ、このマガジンを書いているのか」
「何を探求してきて、何を見つめてきたのか」

そんなことを、いったん自分の言葉で書いておきたくなったからです。


“差取り”という言葉は、わたしの中では、単なる考え方ではありません。
うまく言えないモヤモヤや、生きづらさ、感情の揺れに向き合いながら、少しずつ自分を見つめてきた時間そのものだったように思います。


✧✧✧


わたしが“差取り”を書き始めた理由

もともとわたしは、どこか生きづらさを感じやすいほうでした。


子どものころから、「要領が悪い」「もっと早くしなさい」と言われることが多く、学校では「おとなしい」と見られることもありました。
そうした言葉や空気の中で、わたしは少しずつ、「このままの自分ではダメなんだ」と感じるようになっていったのだと思います。


だからずっと、もっと早くしなきゃ。ちゃんとしなきゃ。
そんな思いを、心のどこかに抱えていたように思います。


外から見ると、ただ少しゆっくりしているだけのように見えたかもしれません。
でも自分の中では、どこかいつも「今のままでは足りない」と急かされているような感覚がありました。


そんなわたしにとって、大きな転機になったのが、2015年に母を亡くしたことでした。


母が亡くなったあと、わたしはそれまで以上に、
「もっと自分に正直に生きたい」と思うようになりました。


看取りの時間の中では、どうすることもできない自分のもどかしさや、揺れ続ける心を前にして、ただ立ち尽くすような感覚もありました。


そんな中でふと、「こんなとき、悟っている人だったら、どんなふうに考え、どんなふうに行動するんだろう?」と思ったことがありました。


今振り返ると、あれがわたしの探求の始まりだったのだと思います。


人はなぜ苦しむのか。
心はどうしてこんなふうに揺れるのか。
病気になる人と健康な人の違いはどこにある?
外側ではなく、自分の内側にあるものを、ちゃんと見つめてみたい。
そんな思いが、少しずつ強くなっていきました。


そこから、心や生き方に関する本をいろいろと読むようになり、少しずつ“さとり”というテーマにも関心を持つようになりました。


そして、瞑想や内観、観察を通して、自分の内側で起きていることを見つめる時間も増えていきました。


最初は、何がわかっているのか、何が変わっているのかも、正直よくわかりませんでした。
それでも、自分の感情や思考をただ眺めてみること、心の中で起きていることに少しずつ気づいていくことは、わたしにとって大きな意味のある時間になっていったように感じます。


そんな探求の流れの中で出会ったのが、エックハルト・トールさんの本でした。
その言葉にふれたとき、これまでなんとなく感じていたことが、少しずつ自分の中でつながっていくような感覚がありました。


だからこのマガジンは、わたし自身が、自分の中で起きていることを見つめ、言葉にしていくために始まったものだったのだと思います。


こうした探求の始まりについては、差取りマガジンの第1回にも書いています。
いま読むと、まだ言葉も今ほど整っていなくて、はじまりの空気がそのまま残っているようにも感じます。
よければ、あわせて読んでみてくださいね。


✦ 差取りマガジン第1回の記事はこちら


✧✧✧


書き続ける中で、少しずつわかってきたこと

書き始めた頃のわたしは、差取りをまだ“わかったつもり”で見ていた部分もあったのかもしれません。


本を読み、言葉を知り、なるほどと思う。
そんなふうに、知識として受け取っている部分もありました。


けれど、実際に書き続けていく中で、少しずつ感じるようになったのは、
差取りというのは、特別な人になるためのものでも、感情をなくすためのものでもない、ということです。


以前のわたしは、「こう感じてしまう自分はダメなのではないか」と思うことがよくあったんです。
怒ったり、落ち込んだり、誰かと比べてしまったり。
そうした感情が出てくるたびに、「まだまだだな」と思ってしまうこともありました。


でも、探求を続ける中で、少しずつ見えてきたことがあります。


それは、感情がなくなることが大切なのではなく、
感情に飲み込まれている自分に気づけることのほうが大切なのではないか、ということでした。


怒りや不安が出てくること自体は、人間として自然なこと。
でも、その感情に巻き込まれているとき、わたしたちはそれに気づくことができません。


差取りというのは、その状態から一歩だけ距離をとって、
「ああ、今こういう感情が出ているんだな」と見つめ直すことなのではないか。


そんなふうに、少しずつ理解が変わっていったように思います。


揺れなくなることではなく、揺れている自分に気づけること。


そして、そこから少しずつ自分の場所に戻ってくること。


差取りとは、そんな小さな積み重ねなのかもしれない、と感じるようになりました。


✧✧✧


感情とからだを見つめる中で起きた変化

最初にも書きましたが、探求を始めた頃は、観察すること、瞑想や内観が中心でした。


自分の思考や感情を、そのまま見つめてみること。
何かが起きたときに、自分の心の中でどんな反応が起きているのかを見てみること。


最初は、うまくできているのかどうかも分からないまま続けていましたが、それでも少しずつ、自分の内側で起きていることに目を向ける時間が増えていきました。


そして最近は、感情だけでなく、からだの感覚にも意識を向けるようになっています。


心の動きと身体の感覚は、思っている以上につながっています。
たとえば、少し不安になったときには胸のあたりがざわついたり、
焦っているときには呼吸が浅くなっていたり、
緊張しているときには身体がこわばっていたり。


以前は、そうした変化に気づくこともなく、ただそのまま反応してしまうことが多かったように思います。


でも、長く観察を続けてきたことで、
「今、少しざわついているな」
「身体がこわばっているな」
といった、こまかな変化に気づけることが少しずつ増えてきました。


心も身体も、実はずっと同じではなく、毎瞬のように表情を変えています。
以前よりもその変化に気づきやすくなってきたのは、観察を続けてきた時間の積み重ねがあったからかもしれません。


そして、そうした小さな変化に気づけるようになると、
自分を雑に扱う時間も、少しずつ減っていくように感じています。


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言葉にすることで、心の奥が見えてきた

最近のわたしの探求は、観察だけでなく「書くこと」(ジャーナリング)も大切な時間になっています。


観察を続けることで、心や身体の変化には以前より気づきやすくなってきました。
でも、そこで終わるのではなく、さらにその感覚を言葉にしてみる。
そうすることで、見えてくるものがあると感じるようになりました。


とくに大きかったのは、まだ言葉になっていない感情を言語にすることでした。


最初は、うまく書けないことも多く、
「なんとなくモヤモヤする」
「少し引っかかっている気がする」
そんな曖昧な感覚しか出てこないこともありました。


でも、そこで書くことをやめずに、もう少しだけ言葉を探してみる。
そうすると、少しずつ輪郭が見えてくることがあります。


「ああ、本当はこう感じていたんだ」
「このできごとよりも、その前に言われた言葉が引っかかっていたんだ」


そんなふうに、自分でも気づいていなかった内側の動きに出会うことがありました。


さらに書き進めていくと、その感情の奥にある思い込みや信念が見えてくることもあります。


たとえば、
「ちゃんとしていないといけない」
「もっと早くできなければいけない」
「迷惑をかけてはいけない」


そうした、自分でも当たり前だと思っていた前提が、ふと浮かび上がってくることがあるのです。


観察だけでは通り過ぎてしまう感情も、
書くことで、少しだけ立ち止まって見つめることができます。


わたしにとって、観察は「気づくための入口」であり、
ノートに書くことは「その気づきを深めていくための時間」だったのかもしれません。


だから、観察がしっくりくる方は観察から。
書くことの方が入りやすい方は、書くことから。(できれば手書きでね。)
両方できそうなときは、両方で。


そのときの自分に合うやり方で始めていけば、それで十分なのではないかと思っています。


✧✧✧


それでも、わたしが“差取り”を書き続ける理由

ここまで探求を続けてきても、
起きてる時間ずっと穏やかでいられるわけではありません。


今でも、感情が揺れる日はあります。
誰かと比べて落ち込むこともあれば、思わず反応してしまうこともあります。


ただ、以前と少し違うと感じていることがあります。


それは、そうした状態に気づけるのが、少し早くなったことです


「ああ、今こういう気持ちになっているんだな」
「少し無理をしていたのかもしれない」


そんなふうに、自分の状態を見つめ直す時間を持てるようになりました。


揺れなくなることではなく、揺れている自分に気づき、そこから戻ってくること。


気づいて戻る。揺れたらまた、気づいて戻る。


差取りとは、そんな小さな積み重ねなのかもしれません。



この『ご自愛の哲学〜“差”取りのすすめ〜』というマガジンも、
そうした探求の道のりの中で、少しずつ書き続けてきたものです。


感情のこと、からだのこと、人間関係のこと、思考のこと。
さまざまなテーマを通して、100本以上の記事が積み重なってきました。


もし今、感情に振り回されることに疲れていたり、
自分の本音がわからなくなっていたり、
もっと自分に正直に、自分らしく生きたいと感じているなら。
このマガジンの中に、今の自分に近いテーマがきっとあると思います。


100本以上あると多く見えるかもしれませんが、最初から順番に読む必要はありません。


気になるテーマから、今の自分に近いところから。
そんなふうに触れてもらうだけでも、この探求の入口になるのではないかと思っています。


このマガジンは、記事を少しずつ追加・見直ししながら育てていく形をとっています。
そのため、内容の充実に応じて価格を改定する場合がありますが、
ご購入後の追加・更新・追記分はそのままお読みいただけます。


差取りマガジン『ご自愛の哲学〜“差”取りのすすめ〜』はこちら


「記事がたくさんあって、どこから読めばいいかわからない」という方は、
こちらのガイド記事から見ていただくのもおすすめです。

【差取り#00】あなたのモヤモヤはどこ? “差取り”8つのテーマ早わかり完全ガイド

気になるテーマからでも、今の自分に近いモヤモヤからでも大丈夫です。


観察からでも、書くことからでも。
そのときの自分に合う入口から、この探求に触れてもらえたらうれしく思います。


いつも読んでくださっているみなさん、ありがとうございます。
次回は、新作をお届けしますね。




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