満たされない理由は、「外の正解」を追いかけていたから。【分離の苦しみ#65】
こんにちは。ピアノ講師、メンタルコーチの One Heart です。
外に幸せを求めるのは、悪いことじゃない。けれど・・・。
「これさえ手に入れば、きっと満たされる」
「ここまで頑張れば、やっと安心できる」
そんなふうに思って、何かを目指したり、手に入れたりしてきたことはありませんか?
わたしもあります。
たぶん、誰でも一度はあると思うんです。
昇進、収入アップ、理想の住まい、人気のカフェ、好きな人からのLINEの返信。
ひとつひとつは、日々のモチベーションになるし、そのときどきの喜びもたしかにある。
でも・・・。
その「うれしい」は、思ったより早く通り過ぎていきます。
気がつくと、また次の「何か」を探している。
次の目標、次の買い物、次の“評価”を。
それはまるで、目の前にニンジンをぶら下げられた馬のように、いつも“もうちょっと先”に幸せがある気がして、走り続けている感覚。
そして、ふと立ち止まったときに思うのです。
「あれ? 結局わたし、いつになったら満たされるんだろう」って。
どうして、あれほど嬉しかったのに、また満たされなくなるんだろう?
なぜわたしたちは、
「これがあれば幸せになれる」と思って手に入れたはずのものに、
いつの間にか“慣れて”しまうんだろうか?。
昇進しても、数ヶ月後には当たり前になる。
理想の部屋に引っ越しても、次に気になるのは家具や家電のグレード。
買ったときは大切にしていた服やバッグも、しばらくするとタンスの奥に眠っている。
そしてまた、「もっと◯◯だったら」と、“次”を探し始める。
こうしてわたしたちは、何かを「得る」ことで、内側の空白を埋めようとしているのかもしれません。
けれど、その空白は、外のもので完全には満たされない。
ほんの一瞬、手応えや快感があっても、それはすぐに過去のものになり、
「次は?」と脳が問いかけてくるのです。
でも、これは決して“あなたが欲張りだから”でも、“感謝が足りないから”でもありません。
そう設計されているのです、わたしたちの脳が・・・。
外のものは、心の平安まではくれない
こうした心の渇きについて、エックハルト・トールさんはとても本質的な言葉で語っています。
『外界のものに幸せを求めれば求めるほど、ますますそれらに惑わされてしまいます。
外界のものはどれも一時的、もしくは表面的にしか私達を満足させません。
しかし、人間というものは何度も幻滅を味わうまでは、この真実に気づかないものなのかもしれません。…(中略)…心の平安は何物にも依存せず、心の奥底から湧き上がってくるものだからです。』
引用:エックハルト・トール著「さとりをひらくと人生はシンプルで楽になる」より
この言葉を読んだとき、わたしはドキッとしました。
自分がこれまで何かを追い続けていた理由が、急に見えた気がしました。
昇進、収入、住む場所、SNSでの反応、人からの称賛・・・。
それらはどれも「嬉しい」し、「満たされたような気がする」。
でも、その喜びは時間とともにスッと消えていく。
そしてまた、次の何かを探してしまう。
その繰り返しに、うすうす気づいていながらも、止められなかった。
トールさんは、そのサイクルを「幻滅を味わうまでは気づけない」と表現しました。
たしかに、いくつかの“これさえあれば”を経験してみて、
「あれ・・・? これでもないの?」とがっかりする。
それを何度も繰り返してやっと、ようやく静かに気づき始めるのかもしれません。
“快楽は与えてくれるけれど、平安は与えてくれない”
この一文にも、深くうなずかされました。
快楽(ドキドキ・高揚感・達成感)は、強く心を動かします。
でも、それは波のように一時的で、外からの刺激に依存するもの。
一方、平安とは、波立たない静けさの中にあるもの。
嵐が過ぎたあとの湖のように、ただそこにある感覚。
そして・・・
さらにトールさんはこうも言います。
「心の平安は、がむしゃらに努力して得られるものではなく、私たちの“自然の状態”である」
つまり・・・本来のわたしたちはすでに平安であるのだと。
何かを達成したときに手に入るものではなく、
「探すのをやめたとき」に、ふと顔を出すものなのかもしれません。
“がんばらなくても、満たされている”という感覚に気づくには?
ここまで読んで「たしかに・・・」と感じたあなたへ。
ここからは、有料マガジン『ご自愛の哲学 〜“差取り”のすすめ〜』の中でお伝えします。
この先の内容を少しご紹介しますね。
トールさんの言う「心の平安」を、脳科学の視点からもわかりやすくひもときながら、「快楽」と「平安」の違いを、わたし自身の経験とともに具体的にお届けします。
さらに・・・!
一瞬の満足感に振り回されず、「わたしはもう大丈夫」と感じられる状態とは何か?
外に向かう心をやさしく内側へと戻す、自己対話のジャーナルワーク
・・・についても、やさしく深く、綴っていきます。
✨この先にある“差取りの気づき”
「もう何かにならなくてもいい」
「何かを手に入れなくても、無理に削ぎ落とさなくても、
今のわたしで“ある”んだ・・・そんな安心感に、ふと気づける瞬間が、きっとあなたにも訪れます。
その一歩となる続きを、差取りマガジンの有料パートでご覧いただけたらうれしいです。
°⌖꙳✧˖°
どうして「満たされた感覚」が長続きしないの?
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ご自愛の哲学 〜“差”取りのすすめ〜
ご自愛の哲学 〜“差”取りのすすめ〜 このマガジンは、「責めない・比べない・争わない」という“差取り”の視点を通して、 日々の中にある「ほ…
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