連載小説「オボステルラ」 【第四章 狼煙の先に】 5話「凪の日に想う」(3)
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5話 「凪の日に想う」(3)
クラウスマン邸に戻ってきたゴナン。玄関から中に入ると、ゴナンとリカルドの客室の前でクラウスマン夫妻が深刻そうな表情で何かを話している。
「?」
「…あ、ゴナンさん。おかえりなさい。楽しかった?」
ゴナンに気付いて、マリアーナが優しく出迎える。
「ただいま…、戻りました…。はい…」
「あらあら、また少しゼイゼイ言っているわね。薬を持って来るから、少し待ってて」
そう言って、屋敷の奥へと駆けて行くマリアーナ。ゴナンは「ありがとうございます」と礼を述べて客室に入ろうとしたが、「あっ…」とジョージが止める。
「?」
「先生、ゴナンは発作のことも知ってるから、大丈夫よ」
と、部屋の中からナイフが出てきて、小声で伝えた。他のメンバーには、リカルドに発作が起こっていることを伏せているのだ。
「発作? 発作って、まさか…」
「ゴナンが遊びに行ったすぐ後に、出ちゃってね」
ゴナンは慌てて部屋の中に入る。そこでは、ベッドの中でリカルドが痛みにうめいていた。リカルドの定められた寿命に帳尻を合わせるかのように、彼の体を蝕む発作。痛み止めなどの薬も何も効かない症状だ。
「う…、うぅ…」
「リカルド…!」
ベッドサイドに立つも、ゴナンにできることは何もない。ただ、彷徨うように出ているリカルドの手を、ギュッと握るだけだった。

「…俺が出かけてすぐって、もう何時間も…?」
「ええ…。そろそろ終わっても良い頃合いだけどね…。でも、たまに何日間か続くときもあるそうだから」
と、リカルドがぐっとゴナンの手を握る。
「…う、…ゴナン…、ゴナン…。行かないで…」
「…! リカルド。俺、ここにいるよ」
「うう…、ゴナン…」
苦しむリカルドが、ゴナンが傍にいることに気付いているのかはわからない。ゴナンの背後でジョージがため息をつく。
「ずっとお前さんの名前を呼んでいるんだよ」
「…前回、発作が起こったのが、ツマルタでゴナンが行方不明になった夜だったから…」
「……」
ゴナンはナイフをじっと見る。言葉にはしないが、リカルドが自分を呼んでいるのになぜ、呼びに来てくれなかったのか、そんな思いがこもった目線だった。それを感じ取り、ナイフは肩をすくめる。
「…ゴメンナサイね、ゴナン。でも、あなたが傍にいてもできることは何もないし、苦しむリカルドを見るだけであなたも辛い思いをするから」
「……うん、分かってる…。でも…」
ずっとリカルドが苦しんでいる間、自分は呑気にただ走り回って、それを楽しんでいたことを思い返すと、どうしようもなく申し訳ない気持ちに襲われた。ナイフはゴナンの肩にポンと手を添える。
「…あなたが楽しい時間を過ごせたのなら、リカルドもそれが嬉しいはずよ。リカルドのこれは本当に、どうしようもないんだから」
「……」
「……少しだけ、リカルドを見ていてくれる? 治まったらすぐ、お腹を空かせると思うから、食べるものを準備してくるわ」
「うん…」
リカルドの手を両手でギュッと握りそう返事したゴナンを残して、ナイフはジョージと部屋を出る。ふう、と目を伏せ息をつくナイフに、ジョージが尋ねた。
「…結局、ゴナンは氷っ子の何なんだ? あの発作の最中にすら誰かに執着するなんて、私はこれまで見たことがない」
「そうね、本当にここ最近のことだけど…」
キッチンに向かいながら、ゴナンとリカルドの出会いからのいきさつを、自分が知る範囲で簡単にジョージに教えるナイフ。なるほどなあ、と腕を組むジョージ。
「普通、人間ってのは、親が恋しい、きょうだいが大事、友達が大切、恋人が愛しい、そんな感じで、何かを愛おしく思う経験やそんな自分の欲に対する振る舞い方を1つ1つ積み上げていくものだが、あいつはこれまでそれが全くなかった人生だからな。その全てが一緒くたになって、一気にゴナン1人に向かっているんだろうなあ…。本人も、そんな自分の気持ちをどう扱って良いのか、持て余しているんだろう」
「…そうね…。さすが、先生ね。腑に落ちたわ」
「ゴナンの重荷にならなければいいがな。あの子はどうなんだ?」
「ああ、それは、心配なさそうなんだけど…」
いつも、リカルドの重苦しくしつこい愛をあっさり受け止めているゴナンの様子を思い出して、クスッと笑うナイフ。
「あの子はああ見えて、相当に懐が深い子なのよね。いつも至極フラットというか。図らずも、とても相性のいいコンビになったと思うわよ」
「そうかい…。それならいいがな。氷っ子にとって、幸運なことだったな」
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「…!」
もう、夜の帳も落ちきった刻。ふっとリカルドが目を覚ました。ようやく発作が治まったようだ。
「…リカルド…」
「ああ…、ごめんね、ゴナン。また心配をかけたね」
ゴナンが自分の手をギュッと握っているのを見て、ふふっと微笑むリカルド。
「…俺、ゴメン…。呑気に遊んでて…。リカルド、ずっと俺を呼んでいたのに…」
「僕が? 発作中に?」
こくんと頷き、辛そうな表情になるゴナン。リカルドは体を起こすと、ううん、と背伸びをする。
「だからって、僕のことは放っておいて大丈夫なのに…。ゴナン、楽しかった? 友達と遊ぶの」
ゴナンは申し訳なさそうな表情で、しかし、こくりと頷く。
「……うん。ただ走り回ったり、追いかけっこしたりしただけだけど…」
「ははっ。いいじゃないか。…君に、遊ぶことに負い目を感じてほしくはないのになあ…。本当に間が悪い発作だ」
「……」
「…今まで君はそういうことをしたこと、なかったんだろう?」
「うん…」
「…『ただ、遊ぶ』って、たぶん、とても大事なことなんだよ。まあ、かくいう僕も勉強ばかりで、そんなには経験はないけど。君は今のうちに、できるだけたくさん遊んだ方がいい。同じ年代の子達とね。エドワードくんと、たくさん話はできた?」
「…うん…。今度、街で祭があるって、教えてもらった」
「ああ、収穫祭の季節か。そうだね、祭まで滞在するのもいいかもね」
そう言ってゴナンの頭をくしゃっとなでて、「お腹空いたな」とベッドから出るリカルド。と、ナイフが準備しているサンドイッチに気付く。
「ナイフちゃんだね、流石。先生達にも発作を見られたよね」
「うん…」
「また、心配掛けちゃったなあ。本当にこれは厄介だ。でももう、治まってしまえばまったく元気だから、ね」
先ほどまでの苦しそうな様子が微塵も残っていない、爽やかな笑顔をゴナンに向けた。
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