連載小説「オボステルラ」 【第三章】11話「その男の正体」(6)
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11話 その男の正体(6)
さて、リカルドの拠点。
「さ、ゴナン。ひとまずこの長椅子にゆっくり座って。そして寝間着に着替えよう。ああ、ずいぶん汚れているから、シャワーを浴びて清潔にした方がいいけど、高熱だと障りになるかな…」
傷だらけで高熱のゴナンを心配しながらも、嬉しそうに世話を焼くリカルド。ようやくゴナンが見つかったのに、いろんなあれこれが起こってしまったため、やっとゴナンのケアに集中できる。しかし、ゴナンはクッションが施されたその長椅子に座るのを躊躇っている。
「……椅子を汚してしまう…」
「椅子なんて洗えばキレイになるから。さあ」
そう言って椅子にゴナンを押しつけるリカルド。リクライニングが効いており、ゆったりくつろげる、リカルド自慢の長椅子だ。
「そうだ、僕が体を拭いてあげるから、そのままゆっくりしていて。眠ってもいいから」
「……じ、自分で拭けるよ。ていうか、シャワーくらい浴びられるから…。ゴホッ、ゴホッ…」
「でも、シャワーを浴びている最中に倒れたら…」
ゴナンはリカルドのしつこいお世話を何とか遠慮して、熱でグラグラする頭を抱えながらもシャワーを浴びる。
(半月ぶり…。気持ちいい……)
全身に残っている小さな切り傷や、鎖で擦れた跡にお湯がしみる。あの場所にはなかった石けんの良い香りを感じて、「戻ってきた」実感を得るゴナン。もう何ヵ月もあの場所にいた気持ちだったが、実際は半月ほどだったという。そして皆、このツマルタの街でゴナンを待っていてくれた。
(…ドズさんがいて、よかった…。ドズさんが居なかったら、俺は、また、もっとダメだった…。死んでた、かも……)
ディルムッドが体を張って、ゴナンを救い出してくれた。あの超人的な強さを持つ男がいなかったら、きっとゴナンは人知れずあの鉱山で力尽き埋められていたか、そうでなくとも、いつまでも搾取され続けたに違いない。
シャワーから上がると、リカルドは簡易厨房で何かを作っている。ゴナンに気付くと、すぐにゴナンを椅子に座らせて毛布を上から掛ける。そしてタオルでゴナンの髪の毛をワシャワシャと拭き始めた。
「早く髪を乾かさないと、体に障るからね」
「自分で拭けるよ…。ゴホッ、ゴホッ……」
「咳が出るね。この前は熱だけだったけど……。お医者さんを呼ばないと。…ああ、そろそろできたかな」
リカルドは慌ただしく、厨房の方へ行って火の始末をし、器にスープをよそって持ってくる。
「本当はカーユを作りたかったんだけど、この街では穀物のファイアグラムが手に入らなくて。ストネまで買いに戻りたかったけど、さすがにね。ウィンドリーフは買ってあったから、そのスープだよ。食欲はないんだろう? 穀物の代わりに、パンを浸して柔らかくするとどうだろう」
「うん…」
「後から果物も買っておこう。ああ、頭は僕が拭くよ。スープを飲んで、冷めないうちに」
とにかく、リカルドの過保護が止まらない。ゴナンはされるがままになりつつ、スープを口にする。おいしい。じっくりと胃に染みていく。
「……」
一方でリカルドは、髪を拭きながら、また以前のように骨が浮き出てきている細い頸や肩を見て、辛い気持ちになった。鉱山でゴナンがどのような扱いを受けていたかは、別れ際にディルムッドが教えてくれていた。ディルムッドがもし居なかったら、そしてゴナンが彼に懐いていなかったらと考えると、ぞっとする。
と、ゴナンが「あ、そうだ」と、着替えた服の中の方へ行って、ゴソゴソと何かを取り出した。
「ねえ、リカルド。これ、何の石かわかる? …ゴホッ、ゴホッ…。あの鉱山で、掘ってたものなんだけど…」
そう言って差し出したのは、茶色と黒の2つの石の欠片。あの鉱山で掘っていたものを、密かに持ってきていたのだ。リカルドはゴナンの髪を拭く手を止めて、2つの石を手にしてじっと見る。
「これは、鉄鉱石だね。茶色の方は一般的な鉄鉱石に見えるけど、黒い方は…、重量も重いな。この黒さ…。もしかしてこれは、鎧黒鉱か…。いや、でもそうだとすると…」
「鎧黒鉱?」
「うん、とても堅い鎧鉄の原料だね。ただ、希少な鉱石で、採れるのは北方の国にある僅かな鉱山だけなんだ。この国では滅多にお目にかかれないものだから、ただ似ているだけかもしれないけど。いずれにしろ、普通の鉄よりも頑丈な金属ができる石だと思うよ」
「へえ…」
ゴナンは石をじっと見つめる。やっぱりリカルドは何でも知っていて、すぐに教えてくれる。その普段通りのやりとりが、とても嬉しかった。ゴナンはようやく疑問が解消できて、満足げにその石をテーブルに置く。
「……ねえ、ゴナン…。あの……」
すると今度はリカルドが、ゴナンの髪を拭きながら、神妙に尋ねてきた。
「?」
「…あの…、君が、出ていった日……」
「……うん」
「……僕が買ってあげたものを全部置いて出ていったのは、僕が施しを与えているように感じて、嫌な気分だったから……?」
「え? 違うよ?」
恐る恐る尋ねるリカルドに、ゴナンはキョトンとする。
「…力仕事だって聞いてたから、汚したり無くしたりしたくなかったから。せっかくリカルドにもらったものだし…。それに、身軽にして来いって言われてて」
「……」
一瞬、ゴナンの髪を拭く手が止まる。
「……そっか…」
「?」
「……僕に何も言わずに出ていったのは、僕に愛想を尽かしたからじゃないの?」
「えっ?」
また、驚いた顔になるゴナン。
「違うよ。…本当は、話そうとも思ったけど、あの日、俺、リカルドの背中が気持ちよくて寝ちゃったし。夜中が集合時間って言われてて、リカルドを起こしたくなかったから…」
「……」
「仕事が終わって帰ってこれるつもりだったから、その後、話そうと思ってたんだけど…」
リカルドは、そのまま黙って優しく髪を拭き続ける。
「……さあ、乾いたかな。薬を飲んで、ゆっくり眠って」
「うん…。ゴホッ、ゴホッ…」
ゴナンはベッドに入る。また隅っこに寝ようとするのを、リカルドは笑って止めた。
「ゴナン。真ん中に寝なよ。僕はここで看ているから」
「うん、でも……」
ゴナンはじっとリカルドの顔を見た。随分痩せて、顔色も悪い。努めて元気に振る舞っているが…。
(…俺のせいだ…。ミリアが言ってた。また、負担をかけてしまった…)
ゴナンは、リカルドに嘆願する。
「…ねえ、リカルドも寝ようよ。きつそうだよ」
「え? 僕は大丈夫だよ。まだ昼間だし、お医者さんも呼んでこないといけない。それに知ってるだろう? 僕は多少、無理しても…」
「…リカルド、お願い。一緒に、寝てほしい」
「……」
このようにゴナンがワガママを言ってくるのは珍しい。その必死な瞳を見て、リカルドは承諾した。
「……分かったよ。そうだね。僕も、ちょっとだけ疲れているから」
「うん…」
そう嬉しそうな顔をして、ゴナンはまたベッドの隅っこへと体をずらす。リカルドはクスッと笑って自分もベッドに入ると、ゴナンの体を自分の方に寄せて、額に濡れタオルを乗せた。
そうしてゴナンは、ふう、と枕に頭を沈める。久しぶりのベッド。とても柔らかい。地べたで寝るのも藁の上で寝るのも慣れっこだが、やっぱり、心地いい。そして隣にリカルドの温もり。
(…帰って来れた…。リカルドが、居るところに)
そう感じた途端、ゴナンの両目からは涙があふれ出した。拭っても拭っても止まらない。栓の壊れた蛇口のように、ポロポロと涙がこぼれる。リカルドに悟られまいと体を逆側に向けるが、次第にしゃくり上げて、泣き始める。
「…ゴナン…?」
「……うっ、うっ……」
「……」
リカルドは、肩をふるわせて泣きじゃくるゴナンをそっと抱き寄せた。リカルドの胸にすがりつくゴナン。そのまま、しばらく泣き続けた。
「ゴナン、お帰り。頑張ったね……。無事で良かった、本当に……」
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