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連載小説「オボステルラ」 【第四章 狼煙の先に】  13話「子ども達の姿」(4)


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13話 「子ども達の姿」(4)


 夕食後、各々が入浴や寝支度など自分の時間を過ごしている。ジョージは書斎で調べ物をしていた。そこに小さな影が現れる。

「…ああ、ミリアさん。『あなユラ』の次の巻かい?」

「ええ、先生。もう18巻まで来てしまったわ。今出ているのは21巻まで…。しかもまだ、完結していないのよね。先が待ち遠しくなってしまうわ」

「まあ、まだ鋭意執筆中らしいから、楽しみに待つことだ」

そう微笑むジョージの正面に、ミリアはイスを持ってきてちょこんと座った。

「?」

「先生。わたくし、先生に聞いていただきたいことがあるの。先生の専門の分野のことではないのだけれど」



「…? 私が王女様に教示できることなんて、限られているがね、どうぞ?」

「ありがとう」

 そして、すっと背筋を伸ばすミリア。

「わたくし、我が国はいま、戦を抱えてはいないし、国民性は大らかな気質なのが魅力で、治安が良い国だと自負しているの」

「……? まあ、それは間違ってはいないと思うよ。だからこそあなた達も、こんなにゆっくり旅ができているのだろう? 外国人だってたくさん、旅をしにきている」

「…でも、それでも、普通に人攫いがいたり、人を奴隷のように働かせる場所があったり、強盗殺人鬼がいたり、ツマルタからウキに来る途中だって、いきなり盗賊が出てきて…。わたくし、市井はこんなに治安が悪いなんて、思っていなかったの」

「……」

 これまで国のことは多く学んでいても、それらは机上の知識に過ぎず、王城から一歩も出たことがないまま自国のイメージを創り上げていたミリア。そのギャップに日々、驚いているのだ。ジョージはふふ、と口元に笑みを浮かべた。

「王女様がそのことを素直に認めるってことが、まず立派だと思うよ、ミリアさん。人の営みって言うのは、何の統制もされていなければ、そもそもは泥臭くて汚くてずるいものなのだよ」

「ええ……」

「それを規律できれいな形にまとめ上げて、街になり国になっているから見えなくなりがちだが、その暗い部分も含めての国なんだ。こういう言い方をするとおかしいかもしれないが、犯罪者が一人もいない国なんてものがあったら、それはそれで、ちょっとどうかしていると思うぜ。もちろん、少ないにこしたことはないのだがね」

「……」

 ミリアはそう聞き、そして少し考える。聡明な光を宿す瞳が、まばたきでクルクルと瞬いた。

「人間、右にならえで全く同じなら、統治者は楽なんだろうがな。ア王国民にも良い奴もいれば悪い奴もいるし、良い奴の中にも心の悪い部分があれば、悪い奴でも良い面があったりする。それを押し並べて矯正しようなんて思ってしまったら、終わりだぜ」

「でも、どうすれば?」

 それはジョージにとっても、難しい問いだ。腕を組んで、少し悩む。

「その方法は帝王学の範疇だろうから、流石に私から具体的な何かは教えられないがね。ただ、私が自身の学びから言えることは、人はなぜ、このように人々が集まり、街をつくり、国をつくって生きているのかということを、考えていただきたいということだな」

「……」

 ジョージは腕を組み、眼鏡を外して少し考え、そしてまた話し始めた。

「…私は自然相手の学問を修めているから、時として自然の無慈悲さ、人の無力さが身に染みることがある。自然がちょっとした気まぐれで地震や嵐を起こすだけで、ちっぽけな人間は立ちゆかなくなってしまう。干ばつに遭っているというゴナンの故郷もそうだろう?」

「…ええ」

「そういう厳しい自然の中でされるがままでいると、弱い者から死んでいき、強い者だけが生き残っていく。生き物だってそうさ。弱肉強食で淘汰され、強い個体が残る。だがね。そんな中でもか弱き人間は皆『強く』生きることができている。なぜなら、人は集い、互いを律し合うことができるからだ」

「……」

「なぜ、人が街や国をつくり、治める者と治められる者が必要なのか。それは、弱い者も強い者も同じように、生きる権利を行使できるようにするためだと、私は思う。護り護られ、という単純な話ではない。互いを律し、統率の網で国なり集団なりを覆い、その中で一人一人が自らの生を全うする…。強い者も弱い者も。犯罪者には罰を持って正し、力なき者には力ある者が力を分け、 強い者は強さで孤立しないよう弱い者が包む…。獣の世界と人間の世界との大きな違いは、そこだろう?」 

 真っすぐにミリアを見て話すジョージ。ミリアも視線を外さない。

「それを成し遂げられる国こそが、成熟した国だと私は思う。だからこそ為政者は、国の在り方を政争権力争いのゲームにしてほしくはないと、個人的には思っている。言うは易し、だがな。しかしね…」

「…?」

「…ミリア殿下、あなたがそのよわいで市井に出て、このような現実をその目で見て何かを考え、私の様な者に尋ねているということは、大きな意味があると思う。本当ならば、お城の中で蝶よ花よと愛でられて、お年頃になったらどこか高位な貴族の家へお嫁にいって…、というお立場だろうからな」

「ええ…」

「あなたがその目で見たことを、国王陛下や王太子殿下にもしっかり伝えると良い。それで変わることや、より良くなることが、きっとある」

 王太子の死を、そしてミリアが今は次期女王の立場であることを、まだ市井の者は知らない。ミリアは少し目を伏せて頷く。

「…先生、もう一つ、尋ねたいのだけれど」

「ああ、何でも聞いてくれ」

「…先生は、自らの私財をなげうって、この街で学校を開いてらっしゃるわ。農業に従事する者にも、学問は必要だからって」

「私財をなげうって、というほど、立派なものではないがね」

 ジョージは少しむずがゆそうに笑う。

「…職業を卑下するわけではないのだけれど、わたくし、農業をする方が文字を読めなくったって、その代わりに美味しい作物を作る術をもっているのだから、困ることもなければ学ぶ必要もないのだと思っていたの。でも、そうではないということを、ここに来て知ったわ。誰もが文字を知り、計算を知ることができれば、もっと、いろんな可能性が拓く…」

「ああ、そうだな。例えば、その美味しい作物を作る術だって、口伝ではなく文字で残せば、もっと広まったり、よりよい方法が研究できるんだぜ。それに、誰だって恋愛小説や冒険小説を読んで、まだ知らない世界に心を旅立たせることだってできる。これも文字が読めてこそだ」

「ええ。わたくしも、この街の子達と『あなユラ』の話をするのが、とても楽しい…」

少し微笑んで目を伏せ、しかしまた顔を上げるミリア。

「…だから、王女としての命令で、この街に学校を作る、という行いは、正しいかしら?」

「……」

 その王女の真っすぐな問いかけに、ジョージは少しだけ思案する。

「…正しいか正しくないか、への答えは難しいな。学校ができるにこしたことはないし、つくってもらえるというのなら、ありがたい。ただ、もし、今あなたがその身分を明かしてそのように命じ、国のお金を使って実行するとすれば、おそらく私か、もしくはこの街を治める領主殿なんかは、何かの権力との癒着を疑われ責められたりするだろうね。それか、世間知らずの王女様の気まぐれだと笑われるのがオチだ」

「……」

 ミリアは少し不満げな感情を瞳に乗せる。ジョージは肩をすくめた。

「…物事は、順序というものが大事だ。もしこの田舎街に王女として学問を届けたいと願うなら、国全体の田舎街の、あらゆる子ども達も平たく同じように学べる体勢の構築まで考える必要がある。そしてそれは少なからず、国の仕組みを変えることにもなる。お金もかかる、教育者を育てる必要もある」

「…ええ…」

「でもまあ、ア王国の子ども達がみんな学校に通えるなんてことが実現するなら、私にとっては夢のような話だよ。私は自分ちのこのちっぽけな庭と書斎でせっせとやるしかないが、あなたは、それを叶えることができる力を持っている」

「……簡単なことではないけれど…」

「…ただ、先ほどの話にもつながるが、国民の誰もが『賢くなる』ということは、統治者にとっては必ずしも喜ばしいことではないかもしれないよ」

「……でも、それは、国を治める者として、あまりにも狭量だわ」

「ああ、そう思っていただきたいところだな」

 ジョージの言葉を受けて、ミリアは少しだけ考えた。そして深緑の瞳をキラリとジョージに向けた。

「…分かったわ、先生。ありがとう」

「? そうか? 今のが何かの答えになったのなら幸いだよ」

 ミリアはそう言って立ち上がり、ア王国の礼法の教科書にも載せたくなるほどの美しいお辞儀をして、とことこと書斎を出て行った。…が、慌てて一度戻ってきて、『あなユラ』の18巻を手にして、またお辞儀をして帰って行く。そのようすを微笑ましく眺めていたジョージ。王女が一介の隠居した学者に教えを請う、その健気な姿勢に、驚きの気持ちも抱いていた。


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