連載小説「オボステルラ」 【第四章 狼煙の先に】 13話「子ども達の姿」(5)
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13話 「子ども達の姿」(5)
と、入れ替わるように、今度は大きな影が書斎に入ってきた。
「…なんだ、氷っ子。ゴナンがいなくて寂しいのか?」
少しニヒルに笑いながら、からかうようにジョージはリカルドに声をかける。
「…ええ…、なんだか、手持ち無沙汰で。眠くもないので、何か本でも読もうかと」
「随分とさみしがり屋になったものだ」

そう言うジョージの言葉に、リカルドは少し情けなさそうに笑う。と、リカルドが開けたままの扉の向こうから、キャッキャとおしゃべりしながら廊下を歩くマリアーナとナイフの声が聞こえた。
「…あら、大きなお坊ちゃま。こんな時間にこんな場所でどうしたの? ゴナンがいなくて人恋しい?」
書斎にいるリカルドを見て、やはりからかうナイフ。
「ナイフちゃんまで、ひどいなあ」
「ふふ、リカルドさんも随分、人間らしくなったものね」
マリアーナもニコリと笑い、2人も書斎に入ってきた。
「人間らしく、って…。2人は何を盛り上がっていたんですか?」
「エレーネがね、例のあれを試してみたのだけど…」
ナイフは少し思い出し笑いをする。
「例のあれ?」
「ええ、リム草。もしかしたら自分の体質には合うのではないか、脱毛に使えないかって。マリアーナ先生に処方してもらってね」
「ああ…」
女性が使うと肌がひどく荒れてしまい、男性だけに使えるという脱毛用の薬草、リム草。美意識が高いエレーネにとって、どうしても試してみたい代物だったようだ。
「腕の内側の皮膚で肌に合うかテストしてみたのだけど、やっぱり肌が荒れちゃって。とてもガッカリしていたわ。どうにも、男性の体にしか使えない薬草のようね」
「へえ、エレーネのガッカリした顔なんて珍しいな。僕も見てみたかったよ」
いつも悠然と構えて、頼もしい心根をしているエレーネ。若い女性らしい一面が見えるのも珍しく感じる。
「薬草で体の性別を見分ける性能なんて、一体どのような仕組みになっているのかしら、結局、どう調べてもよく分からないのよね。…リム草も、確かユーの呪いで生まれたモノだって言ってたわね」
マリアーナが、ジョージの横にイスを持ってきて座りながら、リカルドにそう問いかける。
「…『ユーの祝福』ですよ、マリアーナ先生」
「…いいえ、呪いよ。人の死と引き換えにしか生まれない素材だなんて、どんなに便利な物でも、この世に不要なものだわ」
「そんなことを言われると、僕の立場がなくなってしまうな。それにそうなると、この世界の夜を明るく照らしている発光石だって、あり得ないんですよ?」
そう自嘲気味に笑うリカルド。マリアーナは、少しの怒りと大きな悲しみを瞳にたたえて、リカルドを見つめる。
「…こんな呪いにとらわれていなければ、あなたみたいな才気に溢れる人、もっと、いろんなことができたでしょうに…」
「…先生。勉強も、旅も、僕はいろんなことができているし、それに最近は、ちょっと、少しだけ、いろいろ楽しいんです」
リカルドはそう、微笑む。
「…あの子がいるから?」
「ええ。ゴナンのおかげで、僕は救われているんです」
「そう…」
マリアーナはじっとリカルドの顔を見る。リカルドの笑みは普段の冷笑よりも幾分か温かいが、それでも何かの諦めがまだ、貼り付いているように見える。
「…卵の言い伝えが、本当ならいいがな…」
ジョージが、学者らしからぬ言葉を発した。
「しかしお前さんは、巨大鳥を追いながらも、自分の人生の仕舞い方を考えているようにも見えるぞ」
「それは、そうでしょう…。卵のことが叶うとは、限らないんですから。いや、叶わない確率の方が高い。きちんと、考えておかないと」
そう言って目を伏せるリカルド。その沈んだ様子に、ナイフはたまらず声を掛けた。
「…とはいっても、まだあと4年近くあるのよ。諦めるのは早すぎるのではない?」
「…!」
その言葉に、ナイフ以外の3人がピクリと固まった。一様にナイフの方を見る。
「…ナイフちゃん…」
困ったように薄く笑い、肩をすくめるリカルド。その反応で、ナイフは自らが大きな失言をしてしまったことに気付いた。
「…あ…。ご…、ごめんなさい」
「…4年…?」
夫妻はそう、確かめるように口にする。ナイフは気まずい表情に変わった。
「……もしかして先生達は、リカルドの寿命まではご存じなかった…、の…?」
「ナイフちゃんにしては、珍しい失態だね」
リカルドは薄く微笑んだ。ジョージとマリアーナは顔を見合わせ、何を言って良いのか分からないような表情をしている。
「…まあ、でも、そろそろ先生達には、僕がいつ死ぬか伝えておかないといけないと思っていたから、ちょうど良かったよ、ナイフちゃん」
「仲間を引き連れて旅をしているくらいだから、まだまだ先なのかと安心していたのだが。…4年…。そうか、あと、4年か…」
「ええ…。僕は今29歳ですが、33歳の、最後の1ヵ月のどこか、です」
ジョージは大きくため息をついた。
「…まあ、私もこの年齢だ。4年も先なら、どっちが先にくたばるかは、わからないな」
「…先生はまだまだお若いですよ。僕が死んだ後も、元気でいてもらわなきゃ」
ゴナンを養子として迎えてもらうかもしれない、そんな思いを秘めているリカルドは、そのような言い方をする。
「じじいがやたらに長生きしたって、仕方がねえよ。…ああ、私ならあと4年生きられれば十分なのだが。私が引き受けてあげられればなあ。お前さんの呪いを、彼方星まで持ち去ってあげたいよ」
「…ありがとうございます…。その言葉だけで、嬉しいです」
少しだけ口元を緩ませ、目を伏せるリカルド。すぐに、いつもの薄い微笑みを浮かべる。
「…まあ、でも、これがどうにかならないかと、今あがいているので…」
「そうよ。私がなんで、お店をほったらかして引っ張り出されていると思っているのよ」
ナイフも腕組みをしてそう、付け加える。
「…4年なんて、まだまだ先の話よ…」
「そうだね、ふふ。ありがとう、ナイフちゃん」
「……」
ジョージは窓の外に見える、宵闇の中の彼方星を見上げて、ふう、と大きく息をついた。
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