連載小説「オボステルラ」 【第五章 巨きなものの声】 9話「不自然な自然」(7)
9話「不自然な自然」(7)
巨大樹の洞は2種類あった。木の根と地面との間にできている洞と、樹を十数メートル上った場所にある樹洞だ。どちらも観光客が入れるよう整備されている場所が約10箇所ずつあり、ガイドが付いて案内してくれる。ゴナンが最初に訪れた時に柵の手前でいろいろ教えてくれた、年配の女性のガイドだ。ひとまずは木の根の隙間の洞に行く一行。
「ここは自然にできたものではなく、人間が掘っていた穴が広がって洞のようになっていったと言われています。それも、何百年も昔の話ですけど」
「こんなに何ヵ所も? ここに住んでいたのかしら?」
エレーネが興味を持って、ガイドにあれこれ質問をしている。
「というより、何かを掘りだそうとしていたような形跡だと、考古学の先生なんかは言ってますね」
「不思議ね。生きている樹木だから、化石木ということでもないでしょうし…。もともと、何かがあった場所に樹が生えて、その影響でここまで巨大になった、みたいなこともあり得るのかしら」
「それも一節として言われています。ここが巨大鳥の死骸が積み重なった地だったという説を言う学者も、少し前にいたようですね。巨大鳥の肉体は朽ちてなお大地に強大な力をもたらすから、その土を求めたとか、骨を掘り集めて何かに使おうとしていたとか」
「巨大鳥……?」
ガイドの言葉に、エレーネだけではなく皆が振り向く。その反応の大きさに驚くガイド。
「…ああ、でも眉唾ですよ。何せ、実在するかどうかもわからない巨大鳥ですから。ただ『巨大』繋がりってだけでこじつけられたような気がしますけどね、私は。学説と言うよりも、伝承や神話に近いお話でしょう」
そう吐き捨てるように言って、「でも、この説の存在を知っているのは、ガイドの中では私だけなんですよ。いろんな論文を読んでいるんです、私」と自慢してくる。勉強熱心なガイドのようで、エレーネはクスリ微笑むと、チップをガイドに渡した。
「興味深い話だわ、ありがとう。他にも『眉唾』な情報はないのかしら? 一般的に知られていないようなもの」
「ああ、それでは、上の樹洞の方に行きましょう」
ガイドは上機嫌で皆を案内する。普段はくだくだと説を述べても観光客はあまり耳を傾けないらしく、勉強の成果が活かせるのが嬉しいようだ。
巨大樹の幹の周りをぐるりと回って他の観光客がいない樹洞を選び、樹に設置されている階段を登る。ゴナン達が登った洞は、20メートルほどの高さにある。巨大樹自体の身長に比べればほんの足元だが、それでもちっぽけな人間にとっては中々の高さだ。
「わあ……」
洞に入って、ゴナンは感激の声を上げる。中はかなり広く、宿屋の部屋2部屋分はありそうだ。奥の方は、発光石の照明をつけないと暗い。先ほどまでと違ってテンションが上がっているゴナンに、ディルムッドが尋ねる。
「どうした、ゴナン? 何か見つけたか?」
「いや、ここ、住みやすそうだなって思って…。なんか、居心地が…」
そうキョロキョロ見て回るゴナン。「そうなんですよ!」とガイドが瞳を光らせる。
「根のほうの洞とちがって、この樹洞は大昔に人が住んでいた形跡が残っているそうなんです。巨大樹の民族とも、旧くに失われた宗教の聖地だったともいわれています」
「確か、今も彼方教の方が巡礼で訪れる場所よね、こちらは」
ミリアがそう、付け加える。ガイドは大仰に頷いた。
「お嬢さん、よく勉強してらっしゃいますね! そうです。今日ももうすぐ、洞で一夜を過ごす巡礼者がいらっしゃいますよ」
「彼方教……」
ゴナンがそう、首を傾げる。ディルムッドが小声で教えてくれた。
「ア王国にも信者がいる宗教の1つだ。宗教はわかるか?」
「うん…、なんとなく……」
「とはいえ、ア王国では信者はそんなに多くはないな。帝国よりもずっと西方の国の発祥だ。彼方星をご神体として、自然回帰的な教えを持っている。だからこそ、自然の偉大な力の象徴である巨大樹を聖地としてあがめるのだろう」
「へえ……」
知識として宗教のことは知っているが、信者や『教えを信じる』、ということがイマイチぴんとこないゴナン。
「今日も西方の国からはるばる、数ヵ月かけて巡礼に来られている一団がいます。熱心ですよね」
そう言って、エレーネに向かってニヤリと微笑むガイド。
「それでね、これも眉唾な学説なんですが、この巨大樹には、私達が到底登れないような高い位置にも広い樹洞がいくつもあるようなんですが、そこは巨大鳥の住み処だって言う説があるんですよ」
「……!」
(また、巨大鳥……!)
皆が同じことを考え、そしてガイドに注目する。真剣に話を聞いてもらえて嬉しそうにしているガイド。
「まあ、あんなに高い場所を飛ばれては、私達の目では普通の鳥と巨大な鳥との区別はつきませんけどね。昔、研究のために樹を上ろうとした学者もいたそうですが、流石にてっぺんまでは無理だったようです。空でも飛べれば、たどり着けるんでしょうけど」
まあ、眉唾ですよ、と笑うガイド。しかし一同はみな、顔見知りの空飛ぶ青年のことを思い出す。
「ご説明できるのはこんなところです。どうぞ、満足ゆくまで見学されてください」
そう笑顔で頭を下げるガイドに、エレーネがまたチップをはずんでいる。彼女にとっても興味深い内容が多かったようだ。ゴナンはワクワクと洞を歩き回り、そしてある場所で横になってみる。
(あ……、彼方星……っぽい)
ちょうど見上げた天井に、木目だろうか、赤く見える一点がある。そういえば、あの老人がゴナンにと、彼方星のような石をリカルドに預けてくれていたのだった。あの石を見ていてもそうだし、この模様を見ても、ゴナンの心はどこか落ち着く。
ガイドが先に洞から降りたのを見て、ナイフが切り出した。
「エレーネ。この樹が今でも巨大鳥の巣という可能性は、あるのかしら?」
「そうね…。そうだとしたら、もっとア王国で巨大鳥の目撃情報が多くて然るべきのような気がするわね…。どうかしら……」
「あっ……」
ゴナンはふと思い出して起き上がり、エレーネに何かを言おうとしたが、ぐっと言葉を詰まらせうつむく。いつもの緊張モードだ。ミリアはそんなゴナンの様子を不思議そうに見ている。
「どうしたの? ゴナン」
エレーネが優しく尋ねる。

「……あ、あの…。俺が乗ってるときに、巨大鳥が辿り着いた場所に、おじいさんが住んでた……、んですけど…。前に、30年前に、巨大鳥を見た、って……。そしてその前、さらに30年前にも…、同じ場所で、見たって……」
「そうなの…?」
「それで、巨大鳥を見かける度に、一緒に鳥を見た奥さんと、息子さんが、亡くなったって……」
「……そう…」
エレーネは腕を組み考える。
「……巨大鳥の伝承は世界中にあるけど、もしかしたら鳥が回る周期のようなものが各地にあるのかしら…。もしそうだとしたら、この樹が巨大鳥の巣だというのは、考えにくいかもしれないわね。少なくとも、現代では」
「そうなのね…。ま、ルチカに飛んでもらえば1発だけど、そう都合よくも行かないかしら」
ナイフはそう呟くと、木の洞から下を見下ろす。
「あ、ほら。ちょうどその巡礼者の集団が歩いているわよ」
そう言われて、ゴナンもナイフの隣に行き彼らを見た。揃いの白装束に身を包んだ15名ほどの集団がぞろぞろと歩いている。ガイドにお金を払い、洞へと入っていっている。泊まるのは地面の洞の方らしい。
「……自然回帰って、自然な暮らしに戻りたいとか、自然って凄いとかってことだよね…」
ゴナンがぼそりと、ナイフに尋ねる。
「え、ええ。まあ、そんな感じね」
「……」
自然への回帰を望む人々が、自然の中で一夜を過ごしその信仰を高めるために、観光ガイドに安くはないお金を払って、祈りの場所に行く。彼らの周りには、物見遊山で訪れている大勢の観光客が、やはり大金を落としている。さらにその周りには、彼らからお金をいただいて生業としている者たちがいる。そんな様子にどこか歪みを感じて、ゴナンは不思議そうに彼らの様子を見下ろしていた。
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