連載小説「オボステルラ」 【第四章 狼煙の先に】 11話「やはり」(3)
11話「やはり」(3)
ゴナンが宿を去り、残された3人。リカルドはアタフタと慌てている。
「ゴナン…。1人で大丈夫かな…」
「あの子を何歳だと思ってるの? お姫様でもないんだから大丈夫よ。たまには1人で考え事したいんでしょ。そういうお年頃よ」
ナイフが呆れたように答える。リカルドはすがりつくような勢いで、ナイフに尋ねた。
「…さっきの、どういう意味かな…? やっぱり、もう、巨大鳥探しなんてしたくないのかな? この街に住みたいって、ゴナンは考えてるのかな…?」
「知らないわよ。本人に聞きなさいよ」
「エドワードくんと仲直りしたくないのかな…? このままでいいと思ってるのかな…? 僕がエドワードくんと話した方がいいかな?」
「知らないわよ。本人に聞きなさいよ」
「1人で帰りたがるなんて、今までなかったのに…。僕と一緒にいたくないのかな?」
「だから、知らないわよ。本人に聞きなさいってば」
苛ついた様子のナイフを意に介さず、今度はエレーネに尋ねるリカルド。
「ねえ、エレーネはどう思う?」
「そうね…」
先ほどのゴナンの様子を振り返り、少し思案するエレーネ。
「…辺境の何もない村しか知らなかったゴナンが、干ばつで飢えて一番弱っているときに偶然出会った、外からやって来たうさん臭い男性に『巨大鳥の卵を手に入れると願いが叶うよ』ってそそのかされて、村を出て追いかけてきたけど、村の外の世界は想像以上に広くて、ウキでは勉強も鍛錬も好きなだけできて、しかも綿が水を吸うようにいろんなことを吸収していって、そうこうしているうちに、やりたいことがもっとたくさんできて、巨大鳥なんて真偽不明なものに人生をかけることが馬鹿らしくなって、もっといろんな経験をしながら地に足着けて生きていきたい、巨大鳥なんかにとらわれている大人に人生縛られるなんてまっぴらだ、と思うようになったのではないかしら…」
「……!」
エレーネが淡々と語る状況分析に、泣きそうな顔になるリカルド。ナイフはほくそ笑む。
「…まあ、私だったらそう思うかしら、っていう程度の分析よ。気にしないで」
「気にしないでって…。エレーネ、それにしてはあまりにも…」
「でも、エレーネが言ったようなことを想像していたんでしょ?」
ナイフの言に、ぐっと口ごもるリカルド。
「それに、その方がゴナンのためになるんじゃないかって、あなたは思ってるんでしょ?」
「…そうだけど…、でも…」
リカルドはそう言って、唇を噛む。ゴナンのためにいいと分かっていても、自分は離れたくない、その思いを、表情があまりにも雄弁に語っている。
「…だから、直接ゴナンの気持ちを聞いて、そして『でも自分は一緒にいたい』って伝えればいいのよ。それでどう考えるかは、ゴナン次第でしょ」
ナイフはそう言ってふう、とまたため息をついた。
* * *
結局その日、街中で卵男に出会うことはなかった。ついでに言えば、その日以降、卵男はウキの街に現れなくなったようだ。卵で「釣れる」人がここにはいないと判断したのかもしれない。
屋敷に戻ると、ゴナンは一人、書斎で考え事をしている様子だった。リカルドはゴナンに答えを聞くのを恐れて、肝心なことを尋ねられずにいる。夕方には雨が上がり、雲の隙間から僅かばかりの斜陽がこぼれていた。そして夜になる。
夜中、ナイフとディルムッドの部屋をノックする音がした。2人とも寝支度をしようとしていた頃合い。ナイフが扉をあけると、ゴナンが立っていた。
「あら、どうしたの? もう寝たのかと思ってた」
いつも早朝から鍛錬をしているゴナンは、寝る時間も早い。それに今日は、リカルドも早くに寝に行った様子だったが…。
「…うん…、寝てたんだけど…。リカルドが…」
「……!」
まさか、また発作が?とナイフが急ぎ部屋を出ようとする。しかし、ゴナンは首を横に振った。
「あ! 違うよ。大丈夫なんだけど、そうじゃなくて、リカルドが…」
「……?」
「…リカルドが、いつもは俺が寝てるベッドに入ってくるのに、今日は隣のベッドで寝てて…。それで心配になって…」
ずる、とこけそうになるナイフ。
「…え、いいじゃないの? たまにはゆっくり、ベッドで1人で寝たいでしょ?」
「俺はどっちでもいいんだけど、でも、リカルドが何か具合が悪いのかなって心配になって…。それか、今日、俺が先に帰っちゃったから、怒ってるのかなって…。帰ってきてからもあまり話してないし…」
「……」
ナイフは少し微笑みながら、ディルムッドと目を合わせる。ディルムッドは少し肩をすくめたが、リカルドの独り寝の件はどうでもよさそうだ。
「…心配しなくても大丈夫よ、ゴナン。シングルサイズのベッドに1人で寝るっていうのが普通なんだから。ちゃんと普通にしようって、リカルドが思ったんじゃないかしら?」
「うん…」
「もし、あなたが独り寝が落ち着かないというのなら、リカルドのベッドに潜り込めばいいのよ。きっと喜ぶわよ」
「そう…?」
そう答えるゴナンの表情は冴えない。ナイフは優しく微笑んで、ゴナンを中に招く。
「眠くなるまでお話でもする?」
「うん…」
ゴナンは椅子に座った。何か落ち着かないような表情だ。
「確かに今日、1人で先に帰ってきていたな。何かあったのか?」
ディルムッドも心配そうに尋ねた。
「うん…。この街の人って、巨大鳥とか卵のこと、全然信じていないから、ちょっとモヤモヤしちゃって…」
「……」
「…俺には、それしかないのに…」
「……」
ナイフはゴナンの正面の椅子に座って、じっと琥珀色の瞳を見る。
「うさんくさい学者にそそのかされたなって、後悔してる?」
「えっ? 違うよ」
「自分が目指しているものが、実は影も形もない幻想だったらって思うと、怖い?」
「……」
ゴナンはうつむく。是の沈黙だ。
「それを言われると、巨大鳥にも卵にも興味がないのに、うさんくさい学者に引っ張り出された私なんてもっとかわいそうなんだけれど」
そう自嘲気味に微笑むナイフ。ディルムッドはかがんでゴナンと目線を合わせた。
「…その、巨大鳥や卵のことが嘘か誠かは分からないというのは、承知の上だろう。それでもきっと、巨大鳥を追い求める過程は、ゴナンの人生にとって意味がある」
「過程…、意味…?」
尋ねるゴナンに、ディルムッドは頷く。

「事実、ゴナンが村を出たおかげで、私も自分のやるべきことを取り戻してここにいる。ゴナン自身だって、できることも増えてるだろうし、力だってついていて、読書で次々と新しい知識も増やしているじゃないか。剣の腕前もちゃんと上がっているぞ」
ディルムッドに褒められて、少し嬉しそうにするゴナン。
「でも…、俺が何かできるようになったって、巨大鳥のこととは関係ないよ」
「関係ないと思ってしまえば、そこで関係なくなってしまう」
「?」
「どう捉えるかは、ゴナンの心次第だ。確かにこの街の人々は価値観が少し違うようだが、ゴナンが信じるものを否定する理由にはならないよ。土地も人も環境が違えば、信じるものが違うのも当たり前なんだから」
「うん…」
「自分が行う行動に意味があるかどうか、それを決めるのは、ゴナン自身だ」
そのディルムッドの言葉に頷くゴナン。少しだけ表情が晴れたようだ。
(リカルドも、こうやって素直にゴナンと話せばいいのに…)
ナイフはそう思いながら、2人としばし、 おしゃべりを楽しんだ。
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