連載小説「オボステルラ」 【第五章 巨きなものの声】 7話「鋭い男」(4)
7話「鋭い男」(4)
「……」
リカルドは目を覚ました。周囲は真っ暗闇。夜中のようだ。
「……はあ…、今回は長かったな……」
リカルドはそう口にして身体を起こす。言葉を発せないほどの痛みに襲われながらも、時間がどのくらい経ったかをなんとか把握していた。夜を3回、迎えた記憶がある。
「三日三晩だなんて…、流石に、しんどい…」
リカルドは辺りを見回す。落馬したのは山の中、自分で背負っていた荷物もいくつか落としていた。そのうちの一つに、あの日、女性からもらったパンが入っている袋があった。少し日にちは経っているが、焼いてあるものだから大丈夫だろうか。
水筒も運良く落ちており、手探りで水を飲んでパンを食べ、ふう、と落ち着く。普段から発作の後はひどく空腹になる上に、三日間飲まず食わずだ。あの女性につれなくしてしまったが、パンはありがたかった。
「……?」
ここでリカルドは、全身にわたって残っていたはずの傷の痛みが全くないことに気がついた。荷物の中から発光石の照明を取り出して、上衣を脱ぎ傷の具合を見てみると、傷跡もキレイになくなっている。
(……発作で、傷が完全に治った……?)
身体を蝕むはずの発作によって、治療されている。初めての事象だ。リカルドはこれがどういうことか少しだけ考えるが、流石に眠気が襲ってくる。
(……まあ、痛みがないにこしたことはない、か…)
その場にゴロンと横になる、が、ビュンと寒さを感じた。もう冬が近づいて来ている。慌てて落ちた荷物を探ると、幸い自分の寝袋があった。寝袋にくるまり、木の幹に身を委ねて空を見上げる。
(落ちたのは僕の荷物だけだ。ゴナン、ごめん……。アドルフさんのへそくりも、ゴナンの財布も、寝袋も、失くしてしまった)
大事にしすぎて馬にしっかりと結びつけていたのが災いしてしまった。胸の中でゴナンに謝罪しながら、リカルドはしばしの休眠に落ちていった。

* * *
翌日から徒歩で移動を始めたリカルド。ひとまず山を下って平地へと降り、次のエリアである南東を目指す必要があるが、当然、馬と人歩ではスピードがまるで違う。
(……この盆地の中に、フースーの村がある。ひとまずそこで馬を買えれば……)
しかし、フースーの村への距離はかなりあるうえに、リカルドの足を止める障害があった。毎朝、この盆地を覆い尽くす朝霧だ。冬が近づくと昼夜の寒暖差が大きくなり、午前中の出発を鈍らせる。真っ白な霧に囲まれると、方向がまるで分からなくなるので、うかつに動けない。ひどいときだと、午前中いっぱい霧に包まれる日すらあった。
その上、歩いている内にあと2度、発作が起こった。いずれも2〜3日と長時間に渡った。
盆地を歩む間も、空を見て巨大鳥の姿を探してはいたものの、リカルドはあまり考え事をしなかった。ただ無心で歩みを進め続けた。誰か旅人に遭遇できれば、馬や馬車に乗せてもらうこともできたのだが、どういうわけか誰とも会わない。そうしてそのまま歩みを進み続け、1ヵ月になろうかという頃、ようやくフースーの村が見えてきた。
(……馬を買えるだろうか……)
村に入って雰囲気を見てみる。リカルドは初めて訪れる村だったが、朝霧が名物のちょっとした観光地であるため、宿屋やお店がわりとあるようだ。この分なら、少なくとも貸し馬屋はありそうだ。
村の中をフラフラと歩いていると、人が集まって何かを話し合っている場所に行き当たった。
「……どうする…、この子は放せば主のところに戻るだろうか?」
「可愛がっている馬ならそういうこともあるかもしれないが、どうだろう……」
「あさってな方向に捜索隊を出しても非効率だ。どの方向を探すかを決めるか…」
どうやら、誰かの捜索隊を組もうとしているようだ。何事だろうと様子を伺ってみると、その輪の中心には、リカルドを置いて逃げてしまった馬がいた。ゴナンの荷物も乗せたままだ。
「…あっ、馬…!」
思わず男達を押し退け、フラフラと駆け寄るリカルド。そして、馬の背中に強固にくくりつけているゴナンの荷物に寄りすがった。
「……よかった…。なくしてしまったかと……。ゴナン…」
その様子を見て、取り囲んでいた男性たちがおお、と歓声を上げる。
「よかった。この子の飼い主か! いや、今朝、この馬が村にやって来たんだが、鞍付きで明らかに旅の荷物を積んだままやってきたから、この馬に乗っていた人に何かあったんじゃないかって、今から皆で探そうとしていたんだ」
「……!」
その言葉にリカルドは驚き、そして頭を下げる。
「ご心配をおかけして申し訳ありません。ちょっとしたトラブルで落馬してしまい、そのままこの馬が逃げてしまって」
「そうか、しかし飼い主と同じ村に辿り着くとは、賢い馬だな。名前は何というのか?」
「……名前…」
当然、名前はつけていない(幌馬車には名付けていたが)。
リカルドはじっと馬を見る。こき使ってくる飼い主の元を離れて1ヵ月もの間、思い思いに野原を駆け回りのびのび過ごしていたのか、なんだか元気があるように感じる。この長期間、鞍や荷物を振り落とさず居てくれたのはありがたかったが、荷物の袋はかなり汚れている。落とそうとしても落ちなかっただけかもしれない。そしてこの馬が、自分との再会を嫌がっているように感じるリカルド。
「…しかし、どこの誰とも分からない人間に対して、捜索隊まで組もうとしていただいたなんて…」
「こういうときはお互い様だろう。俺たちも、このまま放置したって後味が悪いしな」
「……」
なるべく他人に対して貸し借りをしない人生を歩んできたリカルドにとって、村人のその言葉はとても重く響いた。いつもなら「赤の他人に不要な借りを作ることにならずに済んだ」と安堵するところなのだが、なんだか、もっとモゾモゾとした気持ちが胸の奥でうごめいている。
「……ありがとう…。あなた方のお手を煩わせずにすんで、よかったです……」
頭を下げながら、言葉を搾り出すリカルド。そして顔を上げたとき、空に一つのシルエットを見つけた。
(……あれは…、巨大鳥……?)
遠いので、もしかしたら普通のサイズの鳥かもしれないが、これまで幾たびかその飛翔する姿を見かけてきたリカルドの勘が、あれは巨大鳥だと知らせてくる。リカルドは慌てて、再会したばかりの馬に乗り込む。
「……えっ? おい、もう出発するのか……?」
「あの……、後ほど戻ってきます、ちょっと、急ぎで……!」
驚く村人達になんとかそう、伝えて、リカルドは手綱を操作した。馬は2、3度ブルルンと頭を振って嫌がる素振りを見せたが、仕方なく歩みを進め、駆け始める。
↓次の話↓
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