連載小説「オボステルラ」 【第五章 巨きなものの声】 1話「“大丈夫”」(6)
1話「“大丈夫”」(6)
(…ゴナン…。また、消えてしまった…)
どれだけ手を伸ばしても、ゴナンの背中が遠のいていく。白いモヤの中。必死に走っているのに、その姿はどんどん遠くなり、消える…。
(ゴナン…、ごめん。僕は君の気持ちが、全く分かってなかった…)
真っ白な空間の中で立ち尽くすリカルド。もう、どこへ追っていけばいいのか、わからない…。
(まだ、話さないといけないことが、たくさんあるのに…)
* * *
「…ゴナン…、ゴナン…!」
そう、うめき声を上げて、リカルドはハッと目を覚ました。
「…リカルド? 気がついた?」
ベッドサイドで看護をしていたナイフが声をかけた。
「…ナイフちゃん…。ここは…?」
「マリアーナ先生の治療室よ。ずっと昏倒していたのよ、あなた」
「ずっと…。ああ…、お腹空いたな…」
「え? 起きてすぐ、それ?」
少し記憶があやふやだ。リカルドは体を起こすが、胸に痛みが走り、思わずうめく。ナイフが慌てて体を支えた。
(そうだった、僕は、胸を刺されて…)
「…ずっと、…て、どのくらい?」
「3日」
「えっ?」
リカルドはナイフの支えで上半身を何とか起こしながら、驚いて彼女を見る。
「…そうか…。回復に、そんなに時間がかかるなんて…」
「そんなにって……。むしろ、まだ3日しか経っていないんだけど。あなた、心臓ぶっ刺されていたのよ。うっかり火葬されるところだったんだからね」
「えっ?」
「なんで死なないのか、ディルなんか、かなり不思議そうだったわよ」
「ああ…」
リカルドは上着をめくり、申し訳程度に巻かれている包帯をずらして、胸の傷を見る。まだ大きな傷は残って痛みもあるが、すでに傷口はしっかり塞がっている。
「あわてて、あなたの心臓は右だって嘘をついちゃったから、そういうことにしておいてね。それでもかなり、無理のある嘘だったけど」
「しておいてね、って。心臓の位置は動かせないのになあ…。でも、ありが
とう…」
「みんながあなたの様子を見に来たときも、傷が治って行っているのを気取られないように、布団で首元までがっしり隠していたから」
憔悴した表情ながら、ふっと笑うリカルド。しかし、すぐに落ち込んだ表情になる。
「…ゴナンは…、やっぱり、戻ってない…?」
「ええ…。念のため、ディルとエレーネがあの泉の付近を馬で回ってくれているんだけど、鳥の姿もゴナンも見かけてないって」
「そうか…」
リカルドはそう呟いて目を閉じる。ゴナンと離ればなれになる直前のことを思い出していた。ゴナンがリカルドとずっと旅をしたがっているということに気づき、謝って、そして一緒に居ようと話そうとした、そのときだった…。
「…巨大鳥と遭遇して襲われる直前に、ゴナンとね、話をしてたんだけど…」
「?」
「ゴナンに、この街の先生宅で暮らすように勧めたら、泣かれちゃった…」
「…当然でしょ? あの子はあんなにあなたを慕っているのに、どうしてわからないのかしら。拾った野良犬を育てられないから先生に泣きついたっていうのと、同じよ? ああ、そういえばこの前、子ネコで同じことをやってたわね…」
「僕がゴナンに、そんなことをするわけないじゃないか!」
突き放すようなナイフの言にそう、声を荒げるリカルド。しかし、すぐにぐっとうつむく。
「…いや…、でも、きっと、そう思われているな…、ゴナンには。…話の途中だったんだ…」
「……」
「…それで…、ゴナン、自分がもし巨大鳥の卵を得られたら、おじいさんになるまでリカルドと一緒に旅したいって願うつもりだって。そうすれば、僕の呪いも外れて長生きできるはずだから、2人の願いが同時に叶うって…」
ナイフは腕を組んで目を閉じ、ゴナンのそのささやかな願い事に胸を痛める。
「…僕は、何も分かってなかったんだな…」
「……」
「ゴナン、きっと、僕が見捨てたって思ってるままだ…。早く探し出して、謝らなきゃ…」
「…それはそうだけど、まずは体を治すことが先でしょ? 焦らない!」
ナイフは、今にも飛び出していきそうなリカルドを諫めた。
「…ツマルタでの行方不明の時とは状況は全く違うし、あなたなら行き先もある程度予測できる。それに、ゴナンは1人で生きる能力がとても高いでしょう? 箱入り令嬢の王女様でさえ、初めて出た外界なのに巨大鳥と3ヵ月も一緒に旅できたのだから、大丈夫よ。剣もナイフも弓も、着火棒も持ってるんなら、どんな場所に飛ばされたって、あの子は何ヵ月でも1人で生きて行けるわよ」
「……」
ナイフのその説得に、頷いて体をベッドに沈めるリカルド。ナイフは立ち上がった。
「…皆も心配しているから、あなたが目を覚ましたって伝えに行こうと思うけど…。一つ、確認していい?」
「?」
首を傾げるリカルドに、ナイフはふうと息をついて続ける。
「…その、ユーの民のあれこれを、皆に明かすつもりはないの? 一緒に旅をし続ける以上、今回みたいにごまかすのに無理がある状況が、今後も出てくると思うんだけど…。というか、今回だって、正直、ごまかしきれているとは思ってはいないんだけど…」
「…!」
リカルドは、そのナイフの言葉に、ぐっと唇を噛みしめる。
「……それは…、いやだ…」
「……みんなは、ユーの民のことが分かったって、それで態度を変えてくるような人物ではないと思うけど?」
「…そんなの、わからないよ…。僕は、変わってしまう皆を、見たくないんだ…」
「……」
頑ななリカルドの表情のその言葉を少し意外に思いつつも、嘆息するナイフ。そして、バッとリカルドの病衣を脱がせ始めた。
「…えっ? ナイフちゃん?」
「……だったら、あなたは皆の前ではもっとぐったりしていなさい。胸を貫かれてたった3日でそんなに元気にしゃべっているのは、『普通』ではありえないんだからね。ほら、アザを完全に隠せるよう、包帯をもっとぐるぐるにして、首まで巻くから」
「……」

そう苛立たしく話しながら、手荒く包帯を首に巻き付けるナイフ。リカルドはされるがままだったが、ふふっと口元に笑みを浮かべた。
「…つくづく、ナイフちゃんには気苦労をかけるなあ…」
「…気付いているのなら、少しは愚かな振る舞いを自重してほしいところなのだけど」
* * *
「リカルド…!」
リカルドが目を覚ましたのは、夕方の時間帯だったようだった。ナイフからの報を受け、邸宅にいたミリアとエレーネ、ディルムッドが治療室へとやって来る。
「リカルド、本当によかった…。わたくし、わたくし…」
「ミリア。大丈夫だって言っただろう?」
「でも、だって、あんなひどい傷で…」
そう、泣きそうな表情でベッドにすがりつくミリア。エレーネとディルムッドもホッとした表情だが、しかし、やはり不思議そうな表情をしている。そのことに気づき、少し具合悪そうな雰囲気を強くするリカルド。
「ああ、痛いなあ、傷が痛いなあ…」
そのわざとらしい台詞に、ナイフは眉をひそめる。ミリアは心配そうにリカルドを見つめる。
「まあ、でも…、僕は運が良かったんだよ…。本当に、運良く、たまたま、傷がいろんな大事な場所を避けていたみたいだから。でも、もっと剣術も鍛錬しておかないとなあ…」
「私はずっと、そう言っていたのだけど? いくらゴナンを守りたいからって、敵の剣を防具も着けていない腕や胸で受けるなんて、バカじゃないの?」
怒り気味のナイフの台詞に、リカルドは苦笑いだ。その脇で、ディルムッドがグッと俯きがちに報告する。
「…あの日、自警団と一緒に奴らを回収に行ったのだが、逃げられてしまっていた。申し訳ない…」
「武器は回収していたけど、放した馬が戻ってしまったのかもね。あの状況じゃ仕方なかったわよ。あの傷で逃げおおせるなんて、腐っても軍人というところね」
「いや、いっそ、私があの場で奴等を皆…。リカルドをこんな目に遭わせたのだ…、相応の報いを…」
ナイフの慰めにも、歯を食いしばるディルムッド。リカルドにすがりついていたミリアがさっと背筋を伸ばして諌める。
「ダメよ、ディル。ここは戦場ではないのよ。あなたがどういう理由で、今のような身になっているのかを忘れたの?」
「……!」
言われてディルムッドはピッと固まり、そして「失礼しました」と謝罪する。こういうときでさえ、王女はあくまで王女なのだ。リカルドはふふ、と微笑んだ。
「ともかく助かったよ、ありがとう、ディル。さて、早速だけど、早くゴナンを見つけるために、巨大鳥の行き先の検討を…」
「…リカルド」
そわそわと会議を始めたい様子のリカルドを、ナイフはジロリと一瞥する。それに気づき、リカルドはうう…、と辛そうな素振りを少し大げさにする。
「あ、ああ…、早く検討したいけど、今日はきついなあ、辛いなあ…、うん…」
「……」
そんなリカルドの挙動を不思議そうに見る、ナイフ以外の3人。ナイフはリカルドを睨みながら提案した。
「…ひとまず、リカルドの声を聞けて、皆安心したでしょ? もう少し回復したら、今後の動きを話し合いましょ」
「ああ、そうだな。リカルド、ゆっくり養生してくれ。くれぐれも、無理はせず…」
「ああ、ありがとう…」
部屋を出て行く4人に、リカルドは努めて辛そうな表情を作った。
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