連載小説「オボステルラ」 【第五章 巨きなものの声】 8話「巨大樹の沈黙」(5)
8話「巨大樹の沈黙」(5)
それからゴナンの熱が下がり始めるまでにもう2日かかった。その間、リカルドはたまに食べ物などの買い物には出かけるものの、あまり宿から外出しない。外に出ると、どうしても巨大樹の存在を感じてしまうからだろうか。
あんなに外食好きなのに食事も部屋で取るし、それ以外の時間は眠るゴナンの様子をじっと見たり、たまに目を覚ますゴナンと話したりしている。そしてその際も、巨大樹のことは一言も話題に出さなかった。
「…リカルド…。巨大樹、行ってみる?」
3日後の朝。ようやくある程度、熱が収まってきて、ベッドの上で身体を起こして果物を食べているゴナン。室内の椅子に座って、寝間着のままでボーッとしているリカルドにそう、尋ねた。
「……どうして?」
「……なんだか、リカルドがそんな風にしているのが、珍しいなって思って」
「えっ? そうかな?」
本を読むでもなく、買い物にいくでもなく、何かを考えている風でもない。やはりリカルドの挙動がおかしいように感じる。
「…でもゴナン、治りかけは危ないから」
「大丈夫だよ。まだ熱っぽいけど、多分、もう治っていく気がするから」
流石に何回も発熱を繰り返していると、自身の体調の加減が分かる様になってきたゴナン。
「それに、ユーの呪いに関係あるかもしれないから、この街に来たいって言ってたの、リカルドだよ。早く、知りたいんじゃない?」
「…うん、そうだね…」
しかしリカルドは乗り気ではなさそうで、そのまま黙ってしまう。ゴナンはベッドから立ち上がると、着替え始めた。そして、なんだかうだうだと準備を先延ばしにしようとしているリカルドを急がせる。
「ね、リカルド、行こう」
「でも、ゴナン、熱は…」
「俺は大丈夫だってば」
ゴナンは無理やりリカルドの寝巻きを脱がせ、着替えを引っ張り出す。ようやくダラダラと着替えを始めるリカルド。やはり、様子がおかしい。それでもめげずにゴナンはリカルドの手を引く。
「ゴナン、どうしたの。こんなに慌てて…」
巨大樹への道中、リカルドはゴナンに尋ねた。いつもならリカルドがゴナンを伴うように歩くが、今日はゴナンがリカルドを引き連れているような体だ。ゴナンはリカルドの方を振り返らないまま、ボソボソと答える。

「…だって、俺、リカルドの足手纏いには、なりたくないから…」
「……」
「俺が元気になったら、俺をウキの街に戻すって、言ってくるのかと、思って…」
リカルドはこの時まで、帝国軍人達に襲われて別れる寸前に、ゴナンと交わした会話のことをすっかり忘れていた。リカルドはバッとゴナンの正面に来て、ゴナンの両肩を掴んだ。
「ゴナン、ごめん。そのことはもう、忘れて。僕が心配しすぎて、なんだか変な風に、君が考えもしていないことを想像しすぎていたんだ。ナイフちゃんにも怒られたよ」
「……」
「君さえよければ、僕は君とずっと一緒に旅したいんだよ。君を見捨てようとか、足手纏いだとか、そういうことじゃないから、ね」
「…本当に…?」
ゴナンは泣きそうな顔でリカルドを見ている。リカルドは肩を握る手の力を強めた。
「本当だよ、信じてほしいな」
「…うん…」
ようやく頷くゴナンに、ホッとするリカルド。と、そんな2人に声をかけてくる人物がいた。
「お、ゴナン坊、まだこの街にいたのか? ここ数日、ウサギの納品がなかったから、もう旅立ったのかと思ってたぜ」
「あ…。いえ、すみません…。ちょっと体調を崩してて…」
声を掛けてきたのは、食材屋だった。ゴナンの横に立っているリカルドを見て、不思議そうな表情をする。
「…おや、お兄さん? お父さんにしては若いな…。お前さん、1人って言ってなかったか?」
「1人だったんですが、合流できたんです…。それで、宿に泊まることができて…」
「なんだ、そうだったのか、よかったな。てことは、もうお金を稼がなくていいってことか? お前さんのウサギが、新鮮で処理がキレイだって好評で、次はいつ入荷かって問い合わせが来てるくらいなんだが、残念だな…」
食材屋はそう、惜しそうな表情になる。ゴナンは少し嬉しそうな光を瞳に宿して、元気よく答えた。
「あっ、今日、午後に猟に出てみます。捕まえられたら、届けるので…」
「おお、そうかい、助かるよ。楽しみしてるぜ」
そう言って、リカルドに軽く会釈をして去っていく食材屋。リカルドはそんな2人のやり取りを見ながら、優しく微笑んでいた。
(…僕はずっと一緒にいたいけど、でも、きっと君の方から僕の元を飛び立つ日が来るんだろうな。もしかしたら、僕が死ぬよりもずっと早くに……。でも、その時は、僕は絶対、君の邪魔はしないから…)
* * *
巨大樹への街道を歩き続ける2人。ゴナンは説明する。
「巨大樹を眺められる場所へは普通に行けるんだけど、柵があって、それより近くに入ろうと思うとお金が要るんだ。でも、樹に触ったりできるんだって。リカルドの呪いの解明に必要だったら、お金、払うよ」
「ふふっ。お金は僕が払うよ。でも、やっぱり観光地だなあ。樹に近づくだけでお金を取るなんて、ちゃっかりしている」
フースーの村で、観光名所であるはずの朝霧の見晴らし塔には無料で登れたことを思い出すリカルド。
「ガイドのおばさんが、巨大樹は枯れかけてきてるらしいって言ってた。俺も樹を見たとき、なんか元気ないなあって思ったんだけど」
「へえ…」
ゴナンの口数が多い。この街でいろんな経験をしたんだろう。知っていることをいろいろ教えてくれる。リカルドはそれをニコニコして聞きながら、ゴナンに尋ねた。
「ゴナン、僕と再会するまで、大変じゃなかった? どんな感じでここに辿り着いて、ゲオルクさんに会ったの? ラギオンさんのお孫さんの行商隊にお世話になったんだよね?」
「ラギオンさん?」
「あの、陶器を焼いているおじいさんだよ。彼の住み処付近から赤と白の狼煙が上がってるって近くの村の人から聞いて、訪ねんだ。それで行商隊と一緒に旅立ったって聞いて、ここでゴナンに追いつくことができたんだよ」
「…そうだったんだ……」
その言葉を聞いて、ゴナンはぐっと胸を詰まらせる。頑張って上げ続けたあの狼煙は、無駄ではなかったのだ。
「でも、おじいさんの名前、初めて知った…」
ゴナンは、あの老人にラギオンという名があることを不思議に感じていた。あの場所では老人とゴナンの2人しかいなかったから、互いの名も必要としていなかった。
「…さっきの食材屋さんとの話だと、この街でも宿に泊まれていなかったんだよね? ゲオルクさんに会うまで、いったいどういう感じで……」
「……」
ゴナンは一瞬だけ、目線を下げたが、すぐに答える。
「…うん…。行商隊のイライザさんに、干し肉を買い取ってもらって、でもお金を節約しようとしていただけ。さっきの食材屋さんも、俺が獲ったウサギを褒めてくれて。大丈夫だったよ」
「……」
そう簡潔に答えて、歩みを進めるゴナン。その反応にリカルドはピンとくる。
(これは…、アドルフさんへの手紙の時と同じ、強がりモードだな…)
心配かけまいと良いことしか伝えてこない、そんなゴナンの様子に感付いたリカルド。ということは、きっと辛いことや大変なことがあったのだろう。
(まあ、ナイフちゃんと合流できたら、後でゆっくり聞き出してもらおう…)
そう微笑みながら歩みを進めていた、が…。
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