連載小説「オボステルラ」 【第五章 巨きなものの声】 8話「巨大樹の沈黙」(1)
8話「巨大樹の沈黙」(1)
巨大樹の街、エルダーリンド。
ゲオルクが取った宿屋の客室で療養するゴナンの熱は、翌日も下がっていない。
昨日はいろいろと話もできたので快方に向かっているかと思いきや、今日はまた熱が上がり、体調が悪化していた。どうやら症状に波があるようだ。
(この高熱が自分の体質のようなことを言っていたが、あのようにか弱いのなら、旅をし続けることは彼の命を縮めることになりやしないか……? もし、これから一緒に旅することになるとしたら、その辺りは少し気をつけねばな……)
自分が看病しすぎるとゴナンが気を遣ってくるため、ゆっくり休めるようにとゲオルクは外出している。とはいえ、メインストリート沿いの店はあらかた見てしまったし、その商売っ気の強さに少し辟易としているし、巨大樹も一応、有料ゾーンにまで足を運んで樹に触れたり洞に入ったりもしてみたが、それも一度で十分で、再訪しようという気にもならなかった。
(さて、今日もどこかカフェテリアにでも入って、人間観察でもするか……)
この街は、巨大樹の観光のためにいろんな身分・階級・国・地域の人々が同じ場所に集まり行き交う、珍しい場所だ。そんな通りの人々の様子を眺めて人間観察をし、あれこれ考察するのが、ゲオルクにとっては何よりも楽しい時間だった。
が、結局ゲオルクはこの日、カフェテリアに行くことはなかった。入れる店を探していると、見覚えのある人物が目の前を歩いていることに気付いたからだ。
その人物は不自然にソワソワとストリートを蛇行して歩き回っていた。この通りを歩く者のほとんどが、巨大樹へ行くか、もしくは巨大樹から帰って来るか、お土産を物色するかのいずれかなのに、その人物はまるで巨大樹が見えていないかのような振る舞いで、道行く人の顔を見ては、金髪の男性に声をかけたりしている。
(……おやおや…、あんなに取り乱して…?)
以前会った時は、いけ好かない、うさん臭い男だと思っていたその黒髪の人物。様子があまりにも違うので、ゲオルクはニヤニヤしながら少しその挙動を見守っている。
(しかし、ゴナンくんが『ここにリカルドが来る』と言っていたのは、本当だったのだな…)
その男、リカルドは、やがてお土産屋に行って店員に「バンダナを巻いた金髪の少年を見かけなかったか? 背はこのくらいで……」などと尋ねている。知らないと告げられると、また次のお店へ。しかし、リカルドが何も買う様子がないのを察して、どのお店の店員も冷たくあしらうだけだ。実はゴナンは「働かせてほしい」とこの辺りの店もしつこく回っていたので、ゴナンのことを覚えている人間もいるにはいたのだが…。

平時なら、何かお店の高額な商品を買って情報を引き出すくらいのアイデアはすぐに思いつくリカルドだが、そんな余裕もないほどに、落ち着きなく追われるようにゴナン探しを続けていた。
そんなリカルドの不思議な挙動をひととき堪能したのち、ゲオルクはリカルドに声をかけた。
「やあ、偶然だな、リカルド殿」
「あっ、ゲオルク…、さん?」
リカルドは振り返り、驚きの表情を見せる。しかし、再会の挨拶もそこそこに、ものすごい勢いで尋ねてきた。
「ゲオルクさん…! この街でゴナンを見かけなかったか? この街に来ているような気がするんだ…!」
「おいおい、落ち着き給えよ、リカルド殿」
その勢いに圧倒され、ひとまずリカルドを制止するゲオルク。「…失礼……」とリカルドは下を向く。
* * *
なぜ、シャールメールを目指していたはずのリカルドが、ここエルダーリンドにいるのかというと…。
エルダーリンドはシャールメールへの通り道にある。リカルドはこの街に目もくれず通り過ぎようとしていたのだが、急に馬が足を止めた。馬の体力が尽きたのかと、いったん降りるリカルド。フースーの村での反省から、非常時に愛想を尽かされ逃げられないよう、なるべく馬を労り可愛がるように努めていた。
と、リカルドは遠くに『あれ』の気配を感じる。そして、意識が散漫になりはじめた。
(……そうだ…、ここは、エルダーリンドだ…。『あれ』がある、場所……。ゴナンに、ここに来たいという話を、した…)
一行へ残してきた手紙にも、この街の名を記してはいた。しかし、どうしてもリカルドの脳が巨大樹の情報を拒もうとするため、この地を候補地として思い浮かべることができなかったのだ。ただ、シャールメールに向かっていた自分が通りかかったということは、行商隊だって通りかかって、そしてゴナンがここで降りている可能性だって十分、あり得る。
馬はやはり疲れているのか、歩みを進めたがらない。よし…、とリカルドは意を決する。
(……ゴナンを探してみて、どうにも居なさそうだったら、先に進めばいいんだ…。念のため……)
そうして、馬と荷物を観光客用の貸し馬庫に預けて、中心街の方にやって来たのだが、巨大樹の気配を感じてどうにも気持ちが平静にならない。それでも、この街を去りたい気持ちをなんとか踏みとどまらせて、手当たり次第ゴナンを探し回って、今に至るのである。
* * *
「……申し訳ない…。どうしてもゴナンが心配で…」
リカルドは泣きそうな表情になりながら、ゲオルクにそう、訴える。ゲオルクは腕を組んで、「うーむ」と少し仰々しく唸った。
「……残念ながら、ゴナンくんは見かけてないな……」
「……そう、か……」
リカルドはがっくりとうなだれて、「では、他を探すので、失礼……」とその場を立ち去ろうとする。
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