連載小説「オボステルラ」 【第五章 巨きなものの声】 7話「鋭い男」(8)
7話「鋭い男」(8)
「ありがとうございます。僕もシャールメールを目指してみます」
そう言って家を出ようとしたリカルドを、「おい、待て」とラギオンが引き留めた。
「…そこの棚の隅っこにある黒い石、それを、そのゴナンとやらにあげてくれ」
「?」
「ここに来る度に、興味深くその石を見ていたんだ。俺の器なんかよりも熱心にな。随分お気に入りのようだった」
言われてその石を手にとるリカルド。手のひらサイズで、艶のある真っ黒の中に、真っ赤な欠片が1つ埋まっており、その美しさにほうっと見惚れる。しかし、地質学を修めているリカルドも見たことのない石だ。
「……彼方星のようだな…」
「……ゴナンとやらも、同じことを言っていたよ。俺はもう、その石の色は覚えた。邪魔だから、持っていってあの寂しがり坊にあげてくれ」
「……」
こちらに顔も向けずにそう言い捨てるラギオンに、リカルドは少し微笑む。ただの偏屈爺ではなさそうだ。
が、ここでリカルドは、『フローラ』やツマルタの床屋でのことを思い出し、ハッとする。
「……まさか、ゴナンを自分の後継ぎにしたい、なんて気持ちになっていたり…、とか?」
「はあ……?」
聞いてラギオンは、呆れたような声を返す。そしてしばし、何かを振り返るかのように考えた。
「…あいつは、下働きや制作の助手としてなら、まあ、使えるだろうが、精神が『まとも』すぎる。ああいう『まとも』なやつに、俺のような作品が作れるはずはねえ。見込み違いだ」
「ああ、なるほど……」
胸の内でホッとするリカルド。
「ありがとうございます、石は、確かに、渡します」
「……ああ、それと……」
ラギオンはリカルドの方を向いて、付け加える。
「……お前さんは、あの子がただブルブルと震えながら、藁にもすがる思いで煙を上げて助けを待っていたとでも思っているようだが、あいつが住んでいた場所を見て行くといい」
「……?」
「いいか、絶対見ろよ。さあ、用が済んだなら、出ていけ!」
最後はやはりガッと叫んで、リカルドは追い出されてしまった。肩をすくめながら馬の方に向かうリカルド。
(なかなか、愉快な御仁のようだな……。しかし、まさか実物のラギオンに会えるとは…)
齢85歳にしていまだ意気軒昂、創作意欲も衰えを知らない希代の陶芸家・ラギオン。
黒地に赤のポイントが施された無骨な表情が彼の作品の特徴だったが、あるときから真っ赤なシリーズが登場する。その作風の変化の意味を多くの人が尋ねたが、ラギオンは「泉の妖精が赤の石を大量に持ってきやがったんだ。それを使い切らないといけねえだろう」としか答えなかった。それが何かの隠喩か、何を象徴した言葉なのかと、愛好家達の間でひとしきり議論のテーマになったという。この時から晩年までのラギオンの作品は新たな展開を迎え、死後「ラギオンの赤の時代」と語られることになるが、それはまだ先の話である。
* * *
ラギオンに聞いた道を辿り馬を走らせ、すぐに小さな泉へと着いたリカルド。
「……!」
そこには、ゴナンの生活の跡がまだ色濃く残っていた。
枝と葉とツルで器用に組み上げたテントは、かなり丈夫に作られているようで、住む者が居なくなって数日ではまだ壊れる様子はない。中の居心地もよさそうだ。
その脇には、地面から浮いた位置に何かを置けるような棚が作ってある。先ほどラギオンが干し肉と言っていた。恐らく、保存用に作った食糧を置いていたのだろう。風で消えにくいように防風策を講じた焚き火の竈もある。横の石組み、これは、どうやら燻製をつくる仕掛けのようだ。そういえば、クラウスマン邸で熱心に野営の本を読んでいた。
そして、たくさんのボーカイの葉と、砕いて粉にしたらしいビクリ石の粉が集めてある場所もある。狼煙玉を何個も試作した形跡も残っていた。

先ほどのラギオンの言葉を思い出すリカルド。
(……そうだね…。君はただ、震えて助けを待つだけのか弱い少年ではないね。ここでしっかり生きて、そして前を向いて、少しでも良い状況になるために、日々を過ごしていたんだね…)
この空間の隅々にまで行き渡った、ゴナンの底知れぬたくましさを感じるリカルド。小屋の中に入りゴロンと横になって物思いにふける。やはりとても居心地がよい。急がなくてはいけないが、少しだけ昼寝でもしていこうか。
リカルドは目を閉じながら、自分の庇護の羽の中にいたゴナンが、一歩、その足を外に出したような、そんな頼もしさと少しの切なさを感じていた。
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