連載小説「オボステルラ」 【第五章 巨きなものの声】 13話「うごめく、何か」(1)
13話「うごめく、何か」(1)
エルダーリンドの街。今日もメインストリートは観光客であふれかえっている。
宿屋街に大きな馬車はつけられないため、貸馬庫に幌馬車を預けた。そして月のものの腹痛に苦しむミリアをブランケットで包んでディルムッドが抱え、エレーネと共に宿屋街へと向かっている。
と、ディルムッドはふと、正面から歩いてくる一団の顔ぶれに目を留め、エレーネに耳打ちをした。
「すまない、エレーネ。ミリア様に伊達メガネをかけてもらえるか?」
「……ええ、分かったわ」
ミリアの荷物から伊達メガネを取り出し、すぐにミリアの顔につける。さらに、顔を隠すようにハンカチをふわりとかけた。
「……助かる。ありがとう」
「……いえ…」
ディルムッドは少し顔を伏せながら、正面から歩いてくる貴族の一団とすれ違った。王城で見覚えのある伯爵だ。その娘が、ミリア(と影武者サリー)と何度か顔を合わせていた覚えがある。
(あのような比較的、高位の貴族方も、このように街道を歩き、見に来るとはな…)
身体が大きく目立つディルムッドだが、騎士時代とはあまりにも風貌が異なるため、伯爵には気付かれなかったようだ。むしろ、エレーネの美しさに目が釘付けになっていた。
「ディル。お知り合いがいたのかしら?」
ディルムッドの腕の中で、ミリアが尋ねてくる。

「ええ…。モウデーン伯爵でした。ご令嬢もご一緒です。少なくともご令嬢は、ミリア様おふたりの顔を覚えているかと思いますので」
「そうね…。サリーと一緒に、何度かお茶会にお誘いしたことがあるわ。気をつけないといけないわね」
そう答えて、ミリアはまた苦しそうに目を閉じる。影武者で王子王女を守るとはいえ、他者との交流を完全に断絶するわけにはいかない。異国の者と会うことはないが、国内では影武者も含めた形で、お茶会など「お友達作り」も行うのだ。
ミリアは痛み止めがなかなか効かないようだ。ディルムッドはさらに、周囲に気を巡らせながら歩みを進めた。
(……!)
「ディル。ひとまず、この宿でいいかしら?」
エレーネがディルムッドに声をかける。先日泊まったのとは違う宿屋を選ぶ。
「部屋が空いているか聞いてくるから、少し待ってて」
「ああ」
エレーネが1人、宿の中へ入っていく。ディルムッドはミリアを隠すように立ちながら、やはり周囲を警戒していた。
(……あちらと、こちらは、同じではないか、流石に……。いや……。それに、あっちにも…。しかし、この往来の激しい中を、堂々と……)
「ディル。空いていたわ。隣同士で2人部屋を2つ取ったわよ」
「そうか…」
エレーネの報告に、自らも宿の受付へと入っていく。が、エレーネに申し出た。
「……エレーネ、申し訳ないが、3人部屋1つに変更してもらえないだろうか?」
「……」
少し冷めた表情でディルムッドの顔を見るエレーネ。ディルムッドはハッとして取り繕う。
「……あ、いや、その、邪な思いを持ってのことではない。これは…」
「ふふっ。分かっているわよ。騎士様は鉄の自制心をお持ちでしょうから、大丈夫よ」
そう、からかうように笑うエレーネ。そして受付に変更を申し出る。夫婦とその娘を装って、念のため偽名で受付をしたようだ。まだ何も伝えていないのに、状況を把握している。例によって頼もしい女性である。
部屋に入り、ミリアをベッドに寝せる。
「ミリア。温かい飲み物を用意するから、待ってて。お腹を温めてね」
「ありがとう、エレーネ。ごめんなさい。今まで、こんなに重くなったことはないの」
「あなたを取り巻く環境がとても変わっているのだから、仕方が無いわよ。貧血も出るかもしれないから、あとで血になりそうな食べ物も見繕ってくるわね」
そう微笑むエレーネ。ディルムッドはそんな彼女に声をかけた。
「エレーネ。申し訳ないが、しばしミリア様をお願いして良いか?」
「ええ、それは構わないけど……」
エレーネは少し不安げな表情を浮かべる。
「……外で気になる輩の存在に気付いたのだが、押し入ってくるような、急な危険が迫っているわけではない。少し私が離れても大丈夫だろう」
「そう? それならいいけど……」
「この宿からはそれほど離れないはずだ。頼む」
そう言い残して、ディルムッドは宿を出た。
(……まずは…、あちらの方だな……)
ディルムッドは、先ほど見かけた見覚えのある一団の方へ行く。
「……おい…」
宿屋街の路地で、ディルムッドは声をかけた。そこには6人の男性がいた。身体に包帯を巻いている者もいる。
「……? ひぃっ!」
声をかけられた男達は、自らの傷を負わせた大男の顔を確認するや、一斉に怯えた顔になった。逃げようとしているが、逃げ場のない路地のため動きようがない様子だ。
「…お前等にまんまと逃げられてガッカリしていたんだ。こんなところでまた、会えるとは」
「……!」
その一団は、件の帝国軍人達であった。あの事件からおよそ2ヵ月が経つが、ディルムッドに斬られた傷がまだ完全には癒えていないらしく、足に添え木をしたり杖をついている者もいる。
「…お、お前こそ、まさか我らの、後を追って……?」
「まさか。ただの偶然だ。巨大樹を見に来ているのだ。貴様等こそ、しつこく追ってきたのか?」
「我らが追うのは、あの卵だけだ」
嘯くディルムッドに、男達が答える。相変わらずすぐに情報を漏らしてくれるな、と思いつつ、ディルムッドはギロリと男達を睨んだ。
「……お前等が斬り殺したあの黒髪の男、リカルドの供養に訪れた。すると運良く、リカルドの仇を取れる機会に恵まれたと言うことだ」
「……!」
一様に怯えた表情を見せる軍人達。しかし、すでに力量の差は分かっているはずだが、何人かは剣の柄に手をかけ、抵抗しようとしている。
「満身創痍でも立ち向かうとは。『シュートリト』の軍人は多少は骨があるものなのだな」
「………!」
あえてディルムッドが口にしたその地名に、男達は戦慄する。
「……なぜ、その名を…」
「……ツマルタで捕らえている、お前らの仲間が吐いたそうだ。どのような方法で聞き出したかは知らぬがな」
本当はナイフの店のスタッフが教えてくれたのだが、そう嘘をつくディルムッド。男達の1人が、ぼそりとディルムッドに尋ねた。
「……それは…、シュナイダー卿も知るところか…?」
「……?」
リカルドがゲオルク・シュナイダーとこの街で話したらしいが、そのときはまだ、リカルドにはシュートリトの地名は伝わっていなかった。ディルムッドはどう答えるべきか少し思案する。
「……ゲオルクは本国に便りを出すと言っていた。当然であろう。貴殿等は我が国内で罪を犯している。帝国による示威行為どころではない、国家間の重要な問題になりかねないのだからな。なのにのうのうと、巨大樹観光か?」
質問にハッキリとは答えず、リカルドに聞いた話を伝える。気まずそうな表情をする6人。
(……彼らが帝国人であることは隠さず、むしろ見せつけている様相なのに、所属地がゲオルクに知られるとマズイ、そのような反応だな…。何か、対立をしていたり、そのような立場なのだろうか)
「……下手に『銃』などを持ち込まれても困るしな」
「……じゅう?」
ついでにカマをかけてみたディルムッド。しかし、帝国軍人達はキョトンとしている。
(……こいつらは、銃は、知らない……)
と、ディルムッドの背後に、複数の人間が現れた。
「…通報いただいた連中は、こちらですか?」
「ああ、早速来てくれて感謝する。あとは頼む」
来たのは20人ほどの駐屯兵だった。ディルムッドが先に声をかけていたのだ。貴族の観光が増えた関係で、この街の駐屯地も急造され大きな組織となっていた。
「後で、ツマルタからの引き継ぎ事項を伝える。まずはこいつらを」
「は! ありがとうございます! よし、捕らえろ!」
彼らにはディルムッド・ショーンであることは知らせているが、名を伏せていると伝えている。軍人達に後の処理を任せ、ディルムッドはその場所を離れた。
↓次の話↓
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