連載小説「オボステルラ」 【第三章】17話「盃」(4)
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17話 「盃」(4)
と、リカルドがディルムッドに頭を下げる。
「?」
「……ディル…。本当に、君がいてくれたおかげで、ゴナンは救われた。改めて、礼を述べたい」
「あ…。いや……」
ディルムッドは困ったように表情を崩す。
「……救われたのは私の方だ。ゴナンが来てくれたおかげで、自分が成すべきことを取り戻せた。私は愚かにも、自分を罰するといいながら正義感を押し込め、身の回りの悪行に気付かぬふりをし、自分の中に閉じこもるだけの日々だったのだ。情けないものだ」
「……」
「…あの子は、攫われて出られないという絶望的な状況だったのに、それでも自らを鍛えようとしていたし、目の前の仕事を一生懸命やっていた。自分の仕事が何のためになっているのかも知ろうとしていた。あの、ひたむきさのおかげだ」
「…そうか…」
それを聞き、リカルドは目を伏せ、少し思案の壺に入る。無言の時間が流れた。
「……ああ、ここで一献、行きたいところだけど、ゴナンに酒代までは払わせられないなあ…」
「…一旦、お開きにして、ゴナンだけ家に帰せばよいのでは?」
「おや、なかなかイケそうな口だね」
ディルムッドも乗り気だ。リカルドはふふ、と微笑んで、「その作戦でいこう」と打ち合わせる。
「……それにしてもゴナンは遅いなあ…。まさか、また変な話に引っかかっているんじゃ…」
「…リカルド、少し心配が過ぎるのではないだろうか? 10歳の子どもでもトイレには一人で行けるぞ」
「それはそうなんだけど、ゴナンには前科があるから…。あ、ゴナン! 心配したよ」
ようやくゴナンが戻ってくる。
「ゴナン。随分時間がかかって…。大丈夫? 体調が悪くなったのではない? 変なおじさんに話しかけられていない? 知らない人に着いて行っちゃダメだよ」
「……」
リカルドが立ち上がって、あせあせとゴナンを心配する。ゴナンは少し答えづらそうだ。ディルムッドはオホン、と咳払いをする。
「……まあ、今日はたくさん食べているからな」
「…あ、ああ、そうか……」
少しだけむっととした表情のゴナンに、リカルドは苦笑いで「ごめんごめん」と謝罪した。
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ゴナンが誇らしげに店での会計を済ませ(リカルドはハラハラして、あとでこっそりと店の者に会計額を確認していた)、「ごちそうさま」という2人に少し嬉しそうな瞳の色を見せていた。このあ2人で飲みに行くと伝えたが、ゴナンは機嫌良く、先に拠点へと帰っていったようだ。

さて、飲み屋街。
リカルドはディルムッドを伴って、一軒のラウンジ兼バーへと向かった。以前、ポールと遭遇した際にナイフと訪れて、酔い潰れてしまったお店だ。そしてここは…。
「…あ、ナイフちゃん」
「やだ、2人して何?」
カウンター席では、すでにナイフが1人で呑んでいた。ちなみにエレーネは頭から被ってしまったケーキを洗うため、ミリアと共に宿に戻っている。そしてナイフの正面には、妙に色気のある少し年長のマスター。ナイフの元カレである。ディルムッドも何となく、雰囲気でそれを察する。
「いやあ、ゴナンがおごってくれたご飯がとても美味しくてね。このまま帰るのがもったいなく感じて。ディルとも親交を深めたいしね」
「だからって、わざわざこの店に来なくてもいいじゃない」
「他に馴染みの店もないし、先日、迷惑を掛けたお詫びにとも思ったんだけど。まあ、ナイフちゃんがいるような気もしていたから」
少し嫌そうな目で微笑のリカルドを見るナイフ。しかし、自分のグラスを持ってカウンター席から立ちあがった。
「……ま、私も親交を深めようかしらね。マスター。3人でラウンジのソファ席に行っていい?」
「ああ。構わないよ。女の子はつけるかい?」
マスターがニヒルに笑って、リカルドとディルムッドに尋ねる。二人は顔を見合わせるが、互いにすんとした顔のまま。
「……要らねえようだな。つまんねえ野郎共だ」
「…すみません」
「ま、ナイフちゃんがいるから、華には事欠かねえか。ごゆっくり」
そうしてソファ席へと移った3人。早速、勢いよく飲み始める。
「…ふう、酒は1年以上呑んでいなかったから、少し効くな…」
「……ディル…。瞬く間にキィ酒を1本空けた人の言葉ではないわよ」
大きな体の割にグラス1杯のお酒でベロベロ…、などのギャップを期待したが、見た目通りの酒豪のようである。リカルドも楽しそうに笑っている。ナイフはそんなリカルドの表情を不思議そうに見ていた。あんなに痩せ細り弱っていたのに、この数日であっという間に元に戻っている。
「…ん、何? ナイフちゃん」
「リカルド。故郷のこととか、ゴナンの件のあれこれで驚くほど憔悴していたように思うけど、ゴナンが無事となった途端、なんだかあなたの回復も速すぎない?」
「…そうだね。だからほら、僕は多少、無理しても大丈夫だからさ。僕のことは心配しないでいいって、いつも言ってるだろう?」
「……」
ジロリとリカルドを睨むナイフ。
「いくら命は大丈夫でもね、ケガして痛いとか嫌なことがあって胸が苦しいとかご飯を食べずに弱るとか、そういう辛さは普通の人と一緒なんでしょ? そういうのは『大丈夫』とはいわないのよ。あなたも、もっと自分を大切にしなさい。崖から飛び降りようなんて、冗談でも二度と考えないで」
少し呆気にとられた顔になるリカルド。自分は『今』はどうやったって死なないのだし、何をやったってすぐに治るのだが…。
「僕が、自分を大切に? そんなことをしても意味ない……」
「はあ?」
ナイフはさらに苛立たしい顔になる。その反応に、ナイフがただ単に、『普通に』心配してくれているのだと気づき、リカルドは頭をかき、微笑んだ。
「……ナイフちゃん、本当にいい女だよね」
「私に惚れても、あなたはお断りよ。いやな笑顔ね」
「……?」
「…ああ、ごめん、ディル。こっちの話」
会話の意味がよく分かっていないディルムッドに、微笑みながら謝るリカルド。
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