連載小説「オボステルラ」 【第三章】17話「盃」(3)
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17話 「盃」(3)
夕方。
男性陣3人は、食堂に席を取っている。
「さあ、何でも好きなものを食べてよ、俺がおごるから!」
『フローラ』での給料と猟で稼いだお金が入った財布を握り、リカルドとディルムッドに張り切ってそう、宣言するゴナン。大人2人は、少し遠慮がちに顔を見合わせていた。ちなみにこの店も、リカルドがこっそり、値が張らない価格帯であることを確認して探した場所だ。
メニュー表をしばし吟味して、ディルムッドとリカルドがようやく、注文を口にする。
「……では、私は、パタ粉のパンを2個、いただこう」
「……僕は、ユリーネのソテーを」
「……」
そのまま、沈黙。
「…え、それだけ?」
不満げなゴナン。
「…私は、少食なんだ」
「こんなに体が大きいのに、そんな訳ない…」
「僕はこのユリーネが好物でね。火を通すとホクホクになる、太い植物の茎なんだよ」
「リカルド、いつも食べきれないくらいたくさん注文するのに…」
「……」
2人とも、ゴナンの持ち金を減らしてしまうことをとても心配しているのだ。しかし、ゴナンは憮然とした。
「……俺が勝手に注文するよ。今日はお礼をしたいのに、これじゃ意味がないから」
珍しくゴナンが、不満げな表情を露わにしている。リカルドとディルムッドは顔を見合わせて、苦笑いする。

「……頼むよ。任せる」
「うん」
そう答えて、ゴナンは少し嬉しそうな表情で、メニューを手に店員にいくつか注文する。肉系の料理が多そうだ。もちろん、自身の牛乳もしっかりオーダーしている。
「ああ、ゴナン、野菜もたくさん食べないとダメだよ。体を大きくしたいならね」
「うん」
「あとは、穀物も食べた方がいいよ。卵もね。バランスだよ、バランス」
「うん、わかった」
結局あれこれと世話を焼くリカルドと、それを受けるゴナンの様子を不思議そうに見るディルムッド。2人がどういう関係性なのか、未だ図りかねているようだ。しかし、その微笑ましい姿に、何かを尋ねるようなことはしない。
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「…それでね、俺を背負っているのに、敵を次々倒してさ。でも、命は奪わないようにしてるんだよ。動きもすごく速くて、ビックリした」
料理が卓上に並び、モリモリとご飯を食べながら、ゴナンはディルムッドの武勇伝をまるで我がことのように自慢気に話していた。すっかり食欲も戻っているし、なんだかいつもよりもおしゃべりだ。リカルドはゴナンの元気な様子が嬉しくて、うんうんとニコニコしながら聞いている。
「すごいね、流石、ショーン騎士だ」
「それにその前も、鎖に繋がれていたはずなのに、鎖を引きちぎって…」
「ゴナン、それは話を盛りすぎだ。鎖を岩から引き抜いただけだよ」
ディルムッドは少し照れくさそうにしている。鉱山での日々はゴナンにとって決して楽しいものではなかったはずだが、ディルムッドの存在のおかげで救われていたことを、リカルドは改めて感じている。
「…そういえば、結局、服に付いていた血は何だったんだろう? チビーの血って言ってたけど」
リカルドが、ディルムッドに剣を突きつけた時のことを思い出す。
「ああ…。ゴナンがチビーを捕まえてきてな。ただ、火を起こせない環境だったから、生肉のまま食べたのだ」
「生肉…。なんとも、本当に壮絶な現場だったんだね…」
「しかし、岩ばかりで何もない場所だったはずなのに、草むらを見つけたり、生き物を捕らえたり、石でチビーをさばいたりしたのには、私も驚いた。遠征に慣れている兵士でも、なかなか、ああは行かない」
「別に、普通だよ…。それより、俺、血を初めて飲んだよ。びっくりした」
「チビーの生き血を?」
「うん。栄養になるからって。ディルの大っきい手に、チビーの血を注いでさ。2人で分け合って。それで服に血が付いちゃって」
「へえ……」
リカルドは興味深げにその話を聞く。そしてクスッと笑った。ゴナンは首を傾げる。
「何?」
「いや、ゴナンは『ドズさん』をギャングの親玉だって思ってたんだろう? 盃で血を分け合うって、よくあるギャングの義兄弟の契りみたいだなあと思って、面白くなって…」
「義兄弟の契り?」
ゴナンは、その響きのかっこよさに身を乗り出して興味を持つ。
「ああ、意味はね。…何だろう、血の絆を結ぶっていうか、固い絆で結ばれた盟友になるというか…。まあ、実際は互いの血を混ぜて飲み合うらしいんだけどね」
「義兄弟…、契り…、盟友……」
ゴナンはキラキラした目でディルムッドを見る。15歳に響く魅力的なワードのようだ。ディルムッドも微笑む。
「ああ、そうだな。あの環境を共に乗り越えたんだ。我々はすでに盟友だよ」
「……うん…」
相変わらず表情には出ないが、少し誇らしげな光がゴナンの瞳に宿る。と、おもむろにゴナンは左腕をまくった。左の二の腕に糸が外れた後の傷が残っている。リカルドは顔をしかめた。
「…ああ、まだ痛そうだなあ。この左腕の傷はずっと残ってしまうかもしれないね」
「傷、残る?」
ゴナンはなぜか、嬉しそうな顔でリカルドを見る。予想外の反応に、ん?と首を傾げるリカルド。ゴナンは続けた。
「……ディルは体中に傷跡があった…!」
「……あ、ああ…、なるほど…」
合点がいくリカルド。このような『勲章』は、やはり15歳男子の心に響いている。
「でも、傷を受けるのは良いことじゃないよ。痛いし、危ないからね。命にも関わるよ」
「……うん。分かってる」
そう頷きながらも、嬉しそうな瞳が輝くゴナン。と、「トイレ!」とおもむろに席を立った。ふふっ、とまたリカルドは微笑んだ。
「…貴殿は妙に楽しそうだな」
「そうだね。ゴナンがあんな風に、年相応の反応を見せるとホッとするんだよ。あの子はもともと、あまり欲がなくて物わかりも良すぎるから、心配でね」
「そうか…」
ディルムッドは腕を組み、少し思案する。こんなにも温かく見守ってくれる人等がいるのに、なぜゴナンは焦っておいしい話に飛びつくような真似をしたのかが、少し不思議ではあった。
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