連載小説「オボステルラ」 【第四章 狼煙の先に】 4話「遺跡のリカルド」(1)
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4話 「遺跡のリカルド」(1)
今日はナイフとエレーネが厨房を借りて、夕ご飯の準備をしている。出来上がるまでの間、ゴナンはリカルドと書斎へと足を運んでいた。時間を持て余したミリアとディルムッドもついてくる。
「おう、来たな、ゴナン。何でも好きな本を読んでいいぜ」
デスクで調べ物をしていたらしいジョージは、ニカッと笑って招き入れた。ペコリと頭を下げるゴナン。
「わあ…」
ゴナンは目を輝かせて部屋を見る。何列も本棚が並び、それぞれにギッシリと本が詰まっている。こんなにもたくさんの本が一つの部屋にあるのを、初めて見るのだ。ゴナンはソワソワと本棚の間を行き来した。
「…たくさんありすぎて、どれを読んでいいのかわからない…」
「ふふ、まあ、そうだよな」
そう微笑んでジョージは立ち上がり、「だったら…」と何冊かを手に取った。
「これなんかどうだ? さっき尋ねてきただろう? 分かりやすく書いてある書物だ」
「…あ…」
ゴナンの瞳が一層、輝く。リカルドはその本を覗き込んだ。
「へえ、何の本?」
「…雨が降る、仕組み…」
「…!」

1年以上雨が降らず、干ばつの災害に遭っている北の村。巨大鳥の呪いだと村では言われているし、リカルドですら何となくその様な気になっていたが、本来はなにか原因があって然るべき事態だ。リカルドは、そのゴナンの健気さにふっと微笑み、頭をなでる。
「そうだね。まずは基本を知っておかないとね。きっといろんなことが少しずつ分かるよ。ゆっくり読みなよ」
「うん…」
ゴナンは早速、部屋の角にある椅子に座って、サイドの発光石の照明を付けて本を読み始めた。リカルドはその様子を微笑ましく眺めた後、ジョージに尋ねる。
「彼の故郷は1年以上、雨が降っていないんです。先生に、そのこともお聞きしたかったんですが…」
「ああ、ストネより随分北部にある村らしいな。さっきゴナンに大体のことは聞いたよ。あの地域には荒れ地しかないと思っていたが…。年に1ヵ月間だけ雨季があって、それ以外の時期はそんなに雨が多くはない立地ではあるが、全く降らないというのは、やはりおかしい。呪いのせいだと言われても納得してしまいそうなくらい、不思議な状況だ」
「…そうですか…」
「とはいえ、自然のことは我々には不可解なことばかりだからな。まあ、過去の文献で、似たような事例が起こってないか調べてみるよ。現地に行ってみたいものだが、とんでもなく僻地にあるようだからなあ…。ああ、そういえば…」
ジョージはふと、思い出し、読書に熱中するゴナンに声を掛ける。
「ゴナン、お前の死んだ親父さんは学者だったらしいな。名は何という? この国の学者なら、もしかしたら知ってる奴かもしれない」
「…あ、そうか!」
リカルドもはっとする。長兄のオズワルドが28歳といっていたから、年代的にはゴナンの父はジョージと近いだろう。王都の王立大学で校長や管理職にも就いていたジョージの顔の広さを考えれば、あり得ないことではない。いや、もしかしたらリカルドも大学ですれ違うくらいしていた可能性も…。ゴナンの父がどういう人なのか、リカルドも知りたかった。
「父さんの名前…」
しかし、訊かれたゴナンは、キョトンとした顔をする。横で会話を聞いていたディルムッドが不思議そうに声をかける。
「どうした、ゴナン。父の名だぞ。そんな、分からないような表情をして」
「…うん…。名前、何だったかなと思って」
「…?」
リカルドはディルムッドと顔を見合わせた。幼少期に亡くなったとはいえ、父の名を知らないということがあるだろうか?
「ゴナン。お父さんが亡くなったのは5歳の頃っていってたもんね。お父さんをお父さんとしか呼んでなかったのかな? アドルフさんにも教えてもらっていない?」
「……」
「…君の村では、お墓には、字を書ける者が名前を刻んで石を置く習慣があると聞いたよ。墓石に何と書いてあったか覚えていないかな?」
「お墓は、父さんが死んだ場所に作ってて、遠い山の中だから、俺はあんまりお参りにいってなくて…」
「……」
「あ、でも、そういえば…。母さんがうなされるとき、よく言ってた名前…。ええと…。クリ…フ…、いやクリス…? ク…は付いたと思うんだけど…」
「……」
「クリス…、トフ…? だった気がする」
「名字は?」
「…俺たちの村には、名字がある人はいないから…。…わからない」
「そうか…」
ジョージはデスク周りの棚の一角を探り,名簿のような書類の束をいくつかバサバサと見ている。
「王立大学と、シャールメールの第二大学の研究者一覧がある。古い記録もまとめてあるものだ。何の研究者だったのかは分かるか?」
「お兄さん達の話では、珍しい生き物なんかを追っていたという話でしたが…。あと、ゴナンの金髪と瞳の色はお父さん譲りだと聞きました。他のお兄さん達も皆金髪です。そして、ちょっと変わり者だと…」
「珍しい生き物を探す、金髪の、子だくさんな、変わり者のクリストフ…」
ジョージはそう呟きながら、書類をさらにめくる。
「…うーん…。1人、それっぽい名前があるな…。クリストフ・フィッシャー。随分昔、王立第二大学の生物学の研究室に所属していたようだが…」
「…!」
「…生きていれば、50歳代後半の年齢のようだが、私は面識はないな…。金髪かどうかは、これだけじゃ分からないか。変わり者かどうかもな」
リカルドはジョージが持つ資料を見る。そこには、研究室に所属していた古い記録と名前しか記されていない。ゴナンの父かどうか判断するには、情報が乏しいようだ。
「このフィッシャー氏以外に、クリストフという名は見当たらないな。ここにある資料に限ればだが」
「この人がゴナンのお父さんなのかあ…。この資料には、研究室を出た後の記録はないようだね。放浪をするような学者だったということだから、それも不思議ではないけど。何か論文や著書を出したりしていないか探してみようかな。それかシャールメールに行くことがあれば…」
「……」
「ねえ、ゴナン。今度、アドルフさんに手紙を出すときに、お父さんのことを尋ねてみていいかな? アドルフさんからの返事を受け取れるかはわからないけど、もしかしたら伝書鳩がうまくいっているかもしれないから」
「うん」
リカルドは興味深げにその名前や所属していた研究室名をメモしたりしているが、ゴナン自身は父親の素性に全く関心がなさそうである。あっさりと返事をすると、すぐにまた読書へと集中し始めた。
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