連載小説「オボステルラ」 【第四章 狼煙の先に】 3話「子ども達」(6)
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3話 「子ども達」(6)
夕方になるまで、その青空教室は続いた。
文字や計算を学んでいる段階の子ども達には、マリアーナが黒板で一斉授業をしている。それより大きい子どもや、専門的に学んでいる分野がある子達の所にはジョージが回って、個別でそれぞれ教えている。なんとも手厚い私塾だ。
「氷っ子、あの子はなかなかなもんだな」
結局、ゴナンの体調が心配で、また父兄参観よろしく授業の様子を見守っているリカルド。途中でジョージが話しかけてきた。
「そうでしょう、ゴナンは学ぶ意欲がある子だと思うんです」
「ああ、それもそうだけどな。ちっさい子達と同レベルだなんて自分では言っていたけど、うちの街の同世代の子達と比べても遜色ない学力だぜ。まあ、世の常識に疎い部分はあるようだが、それも学べば解決に時間はかからないだろう」
そのジョージの言に、リカルドはさらに嬉しそうな笑顔を浮かべる。
「それは、彼のお兄さんがいろいろ教えていたからだと思います。それに、幼少期にお父さんが亡くなっているそうなんですが、学者だったそうなので…」
「なるほどな、血は争えないってことだな。あとで、私の書斎に入れてあげるといい。本も好きそうだ」
そう言って、また授業へと戻るジョージ。入れ違いにディルムッドがリカルドに話しかけてきた。
「ゴナンは、体を鍛えたり剣術を極めたがっているが、実は学問の方が向いているのかもしれないな」
「そうだね。まあ、何事もやってみないとわからないよ。ゴナンの体調が治まったら、剣の鍛錬の方もよろしく」
ディルムッドは笑顔で応じる。なぜ彼がまだここにいるのかというと、ミリアもこの青空教室に参加しているからだ。城では王族として高等な教育を受けているミリアにここでの学びは必要ないように思えるが、成人するまで城から出られないしきたりから、ミリアは「学校」というものに通ったことがない。
「わたくし、学校に憧れていたの」
そう瞳を輝かせて、自身も参加したいとジョージに頼み込み、子ども達の輪の中に入っているのだ。
「ミリアは勉強を楽しんでいるというよりは、あの場にいることが楽しそうだね、ふふっ」
「ああ、そうだな。本当に、楽しそうにされている…」
少し遠い目で答えるディルムッド。リカルドは、少し不安げに尋ねた。
「…その、あまり良くないかな? 王女様がこんな野天で庶民と肩を並べて勉強なんて」
「…ん? いや、そんなことはない。むしろ、将来、女王になられることを考えれば、貴重な経験となられるはずだ。本来、王族はもっと早い年齢のうちから世の中に触れるべきなのだと、アーロン殿下がしきりにおっしゃっていたのを、思い出していたのだ…」
「へえ…」
授業を聞くと言うよりも、周りの子ども達の様子をワクワク顔で見て、たまに話しかけたりしているミリアの様子を見ながら、リカルドはフッと微笑んだ。そういえば、国王も影武者の習わしに反対の姿勢だったと、ミリアから教えてもらっていた。
「図らずも、王子殿下の理想が叶っているということだね。ここに至るまでのあれこれはとんでもない経緯だけど」
「…ああ、このことはきっと、この国にとっても良いように働くはずだ…」
そう口にするディルムッドだが、その表情はやはり、少し物憂げだった。
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日が傾き始め、授業が終わった。子ども達は挨拶をして方々に帰っていく。
「…なあ、お前、今日、初めて見る顔だな。引っ越してきたのか?」
と、1人の少年がゴナンに話しかけてきた。クルクルの赤茶色の巻き毛が印象的な、くりっとした瞳の少年だ。ゴナンより少し背は高い。
「…違うよ。クラウスマン先生のところに、泊めてもらってる」
「そっか。他所から引っ越してくる人はほとんどいないから、まさかと思ったんだ。俺、エドワード。よろしく! お前は?」
「…ゴナン。よろしく、お願いします…」
「15歳だって聞いたよ。同い年だから、敬語はやめろよ。なあ、泊めてもらってるってどういうこと?」
「…俺達、旅をしてて、それで…」
「旅? ずっと? 俺、旅行なんて一回も行ったことないぜ。どうやって? あ、馬舎に馬がたくさんいるな。馬車でか? 外に寝たりもするの?」
「…うん、野営したり、幌馬車で…」
「すげえなあ。俺と同じ年齢なのに。俺はもう、家の畑を手伝っているから、街の外で遊ぶこともできないんだ。でも勉強にくる間は畑仕事をしなくていいから、楽しいんだよ。なあ、まだこの街にいるんなら、今度、一緒に遊ぼうぜ」
「遊ぶ…? うん…」
「じゃあな、ゴナン!」
まくしたてるようにしゃべって、エドワードは手を振り去って行った。随分人懐っこく、そしてよくしゃべる少年だ。ゴナンは鉱山のおしゃべり男のことを思い出し、少しいやな気分になってしまった。
「ふふっ、早速友達ができた かな? ゴナン」
リカルドが声を掛けてくる。
「授業はどうだった?」
「楽しかった、けど…」
「けど?」
ゴナンが目を伏せたので、リカルドは少し不安になって顔を覗き込む。ゴナンが学ぶのが好きそうだと勝手に思い込んで、押しつけてしまっただろうか。
「…なんか、あっという間で…。もっと勉強したかった…」
「…!」
リカルドは微笑んで、ゴナンの頭をくしゃっとなでた。
「先生が書斎に入っていいって言ってたよ」
「書斎?」
「うん。書斎といっても、先生の研究に関係ない本もたくさんあってね。図書室として村の人に開放している部屋なんだ。好きな本を読んでいいって」
「…!」
ゴナンの瞳がキラリと輝く。本当に、本も好きなようだ。と、ミリアも子ども達の輪の中からこちらへと戻ってきた。すでに何人かの女の子達と仲良くなったのか、きゃっきゃとしゃべっている。
「じゃあ、またね、普通のミリアちゃん」
「ばいばい、普通のミリアちゃん」
「ええ、皆さん、ごきげんよう」
(普通のミリアちゃん…)

ミリアがうっかりボロを出していないかが甚だ心配だが、せめて呼び名に「影武者」の方が採用されていなくてよかったのかもしれない。
「ばいばい! お姫様の実は影武者の普通のミリアちゃん!」
(……! いや、若干ボロは出ている!)
リカルドは慌てて、最後に声を掛けていった子どもに「お姫様じゃない」と否定しようとしたが、やめた。恐らく、子どもの戯れ言扱いだ。大人が不要に騒ぎ立てると逆効果になる。
「…ああ、楽しかった。学校って、素敵ね」
「普通の学校に比べると、随分、野ざらしだけどね」
「まあ、そんなの関係ないわ。どんな場所でもできることは一緒よ、きっと」
そうミリアも、深緑色の瞳を輝かせる。いつもは凛とした佇まいを崩さないミリアだが、そういえば、たくさんの子ども達と話している間は、年相応かそれよりも幼い少女に見えた。
2人の様子を見て、リカルドは少し複雑な想いを抱いていた。
(…王女であるミリアは仕方が無かったにしても、本当は2人ともこういう場所で、年齢に応じた過ごし方をするべきなんだよね…。それが自然であるし、健やかなことなんだ。鳥を追って旅をして回るなんて、きっと不自然だ。このままゴナンを連れて回ることは、正しいんだろうか…)
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