連載小説「オボステルラ」 番外編3「お怒りのミリアさん」(7・終話)
番外編3「お怒りのミリアさん」(7・終話)
そのミリアの告白を聞き、ディルムッドは胸を打たれたような心地になる。ミリアは呟きを続けた。
「…でもね…。きっと、それは叶うはずはない…。根拠はないんだけど、卵の伝承が本当だったとしても、きっと、死んだ人が生き返るようなことはない、わたくしはそう感じているの。だって、お兄様のご遺体は墓地の奥深くの棺の中だし、キールやミリーの体は燃やされてしまって、お墓の中に骨の欠片しか残っていないのよ…?」
ア王国では基本的に、人が亡くなると荼毘に伏される。しかし王族やそれに連なる高貴な人々のみ、棺に収められ墓地に葬られる風習になっている。
ミリアはシロを両手で抱き上げて、その小さな体に頬を当てた。温かな体から、トクトクと小さな鼓動が感じられる。
「…サリーはハッキリとは口にしないけれど、卵を得られれば皆が生き返るって密かに信じていて、わたくしはそれは叶わないことだと思っている。でも、そのまま、サリーに家出のお手伝いをさせていたの。その方が、わたくしにとって都合が良いから。わたくし、サリーを騙しているのよ。卑怯でずるい王女だわ。わたくしは、そんな自分が嫌になってしまって…」
(……)
「…でも…。どうかしら…。人が生き返る…、そんなこと、あるのかしら…。…いえ、きっと…、あり得ないわ、やっぱり…」
そのまま、ミリアは肩を震わせ少し泣いていた。その間、ディルムッドも辛い面持ちで影に控えている。巨大鳥の偶然の来訪があったとはいえ、ミリアとサリーがこのような突飛な計画を立て行動に移した、その理由が少し紐解かれたようだった。毅然とした聡明な王女とその頼もしい影武者は、しかしいまだ15歳の少女に過ぎない。大切な人等の衝撃的な死は、小さな心を大きく揺り動かし続けているのだ。
(……なんとも、報われないことだ…)
ディルムッドの心はまた、アーロンとキールの命を奪った男への恨みにドロリと支配される。その念を感じたのだろうか、シロがニャッと鳴いてミリアの手から飛び降りた。はっと心を静めるディルムッド。ミリアは床に降りて自分を見るシロの姿を見つめる。
「…そうね、ミリー…、……いいえ、シロ。でも、このことは全部、ゴナンには関わりのないことだわ。わたくしは、ゴナンに謝らないと…」
そう口にしてミリアは立ち上がった。そして部屋へと戻ろうとすると、シロが足元を歩いて着いてくる。
「まあ、シロ。あなたはゴナンの部屋へ戻りなさい。あなたを可愛がっているのはゴナンよ?」
しかし、ニャアと鳴いて、ミリアの部屋の扉の前に着き、開けてくれと言わんばかりに爪で扉をガリガリする。
「…だめよ。わたくしの傍にいると、ミリーのように、あなたも病気にかかって死んでしまうかもしれない…。ゴナンを哀しませたくないの」
そう言うミリアだが、シロはその場を離れない。扉を開けるに開けられず、困ってしまうミリア。そこでディルムッドはすっと姿を現した。
「…おや、ミリア様、こんな時間にどうされたのですか? ああ、シロもいるな。ネコは本来は夜行性らしいですから、遊び相手を探しているのかな?」
「ディル。ええ…、この子とお話をしていたのだけど、自分の部屋に戻らないのよ」
「……」
ディルムッドは優しくシロを見て、そしてミリアの部屋の扉を少し開けた。部屋の中に飛び込んでいくシロ。
「…ディル?」
「シロにとっては、ゴナンの部屋だけが自分の部屋とは限らないでしょう。ネコというものは、思い思いの場所で気ままに時間を過ごすものです。ネコが人間の都合に振り回されることはありませんよ。人間は彼らに振り回されるばかりですが」
「……」
「ゴナンの部屋に行きたくなったら、自分で勝手に戻るでしょう。扉をこう、少しだけ開けておくと良い」
そう微笑むディルムッドに、ミリアは少し笑顔で頷いた。そして「おやすみなさい」と自室へと戻っていった。
そして不思議なことに、その夜、シロはミリアを慰めるかのように、一緒のベッドで寄り添って眠っていた。
* * *
「ゴナン」
翌朝。起床したミリアが身支度をしているうちに、シロはゴナンの元に戻っていた。ダイニングでシロの朝食をせっせと世話するゴナンに、ミリアは声をかける。大人達も思わず朝食準備の手を止め、成り行きを見守ってしまう。
「…ミリア? どうしたの? あ、俺、シロ、可愛がっているよ」
慌ててシロを両手で持ち上げてそう言うゴナンに、ミリアは頭を下げた。
「…ゴナン、ごめんなさい。わたくしはあなたに、嫌な態度を取ってしまっていたわ。でも、あなたに悪気がなかったというのは、よくわかっているの」
その謝罪に、ゴナンもばっと頭を下げる。
「……いや…。俺も、ネコのこと、知らなくて…。勉強不足で…。怖がらせて、ごめん…」
「…ゴナン…」
「…ミリア、白いネコに、お兄さんとの大事な思い出があるって聞いて…。俺は本当に、何も知らなくて…」
そう言って、ゴナンはきっと顔を上げる。
「…俺、もう、絶対、ネコを食べようなんてしないから…!」
「……!」
「…あっ。いぬも…。犬も覚えたから。犬も、食べない…。ペットは、食べない…!」
「……ふふっ」
あまりにも真剣にそう、宣言するゴナンに、ミリアは思わず吹き出してしまった。空気が和らぎ、密かに見守る大人達も安堵する。笑い続けるミリアに、ゴナンは戸惑いの表情だ。しかし、ミリアはすっと笑うのをやめ、そしてゴナンを目を真っすぐに見た。
「…ありがとう、ゴナン。でもね、それは時と場合によると思うの。例えば、あなたの故郷のような状態になったりとか、本当に食べ物がない状況に陥ったら、躊躇わずネコも犬も食べるべきだと思うわ。自分の命を、繋ぐ必要があるときには。ネコや犬には、かわいそうなことにはなるけど…」
「…ネコを食べる…」
「そもそも、わたくしも、ウサギが捕れたことは喜んでいたのにネコはかわいそうと思うなんて、態度に一貫性がなかったと思っているの。でも、それは…」
ミリアはまだ自分の思いを語り続けているが、ゴナンは「ネコは、どうやってさばけばいいんだろう」と思いながら、自身の手の中にいるシロをチラリと見る。すると何かを感じ取ったのか、シロはさあっと手をすり抜けて逃げ出してしまった。
「…あ、待て! シロ。まだ、ご飯、残ってるよ」

慌ててシロを追いかけるゴナン。ミリアは引き留める。
「ゴナン、まだお話の続きがあるのだけど…」
「…あ、うん、あの、ちょっと待ってて、後で…」
そう言ってシロを追いかけ、ダイニングを出て行くゴナン。残されたミリアは、少しふくれっ面になっている。ナイフがおかしそうに声を掛けた。
「まあ、影武者の普通のミリアさん。ゴナンが自分よりシロを優先させたから、怒っているのかしら?」
「…そんなことは、ないけれど…」
そう言いながらも憮然とした表情を隠しもしない。その様子に、皆は一様にクスクスと笑った。
…が、すぐにゴナンが1人でダイニングに戻ってきた。少し困ったような顔をしている。リカルドは尋ねた。
「どうしたの? ゴナン」
「あの…、シロが、シロが…」
「…?」
ゴナンは、玄関の方へと急ぐ。一行も着いていくと、シロは玄関の外に出ていた。そしてその横には、数匹の色柄違いの子ネコと、そしてシロと同じ白い毛並みの大人ネコの姿があった。ジョージがゴナンの肩に手を置く。
「ああ、あれが母ネコだな。それとシロのきょうだいたちだろう。迎えに来たのかな?」
「……」
ゴナンは寂しそうな表情になる。ジョージは慰めるように、ゴナンの肩をさすった。
「…ふふ。母親がいるのなら、返してあげないとな。せっかく、仲良くなったところだが…」
「うん…。家族だから…、仕方が無いよね…」
そう言いながらも、がっくりと肩を落とすゴナン。シロは一瞬だけ皆の方を振り返ったが、ニャアと鳴きながら母やきょうだいたちと一緒に茂みに消えていった。首輪の鈴の音がリンリンと響き、次第に遠ざかっていく。
「…首輪も付けたままだし、あいつらの寝床は多分、この屋敷の付近にある。もしかしたらうちの庭のどこかかもしれない。お別れじゃねえよ。きっと気まぐれに、顔を見せてくれるさ。エサもトイレも、用意しておいてあげよう、な」
「うん…」
ジョージの言葉にゴナンは頷いた。「さあ、人間様のご飯の時間だぜ」とジョージが皆をダイニングへと導く。リカルドは、ゴナンのその寂しそうな後ろ姿を、少し微笑みながら見守っていた。
* * *
ちなみに、ジョージの予想通り、その後シロは気まぐれに屋敷で過ごしたり家族の下に帰ったり、ときにはきょうだいたちを引き連れて屋敷に居座ったりと頻繁に顔を出すようになり、ゴナンを喜ばせるることになった。シロが現れる度に、何よりも優先してシロをちやほやするゴナンの姿に、なぜかミリアが少し不満そうな表情をしていたとかいないとか。
[お怒りのミリアさん・了]
↓次の話↓
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